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【特集】

経営者人材育成

後継者不在率が過去最低の 53.9%、内部昇格による事業承継が初のトップ(35.5%)となった今、「経営者人材」の確保・育成に不安を抱える企業は多い。 戦略的な意思決定に基づいて時代に即した事業を展開できる、経営視点を持った人材の育成メソッドを提言する。
メソッド2024.04.01

経営者人材育成概論:森田 裕介

ミドルレイヤーの育成

 

先述の通り、日本特有の昇進構造の影響もあり、多くの日本企業では40歳前後から管理職となり、マネジメント経験を徐々に積み始める。一方、欧米をはじめとする諸外国は、20歳代や30歳代の段階から実務を通じてマネジメント経験を積み重ねる。その結果、日本と諸外国を同年齢で比較した際、培ってきた経験に圧倒的な差が生じている。

 

また、先進的なグローバル企業では、経営者人材候補を早期に選抜し、その候補を対象にシャドーキャビネット(経営の疑似体験)の実施や経営リテラシーを教育している。日本企業の一部においても人材の早期選抜は行われているものの、スピード感や大胆さは国際的なレベルで必ずしも十分とは言えない。

 

【図表2】に示す通り、経営者人材の候補対象は部長クラスが88.2%、課長クラスが58.8%で、本部長職・役員の約44%を上回る。したがって、日本企業においては30歳代半ば~50歳代前半までの「ミドルレイヤー」への早期の人材投資と育成実行が経営者人材を輩出することに直結すると言える。

 

【図表2】「経営人材候補育成」の対象となる現在の職位
「経営人材候補育成」の対象となる現在の職位
出所:経済産業省「『経営人材育成』に関する調査 結果報告書」よりタナベコンサルティング作成

 

 

経営者人材が獲得すべきスキル

 

では、経営者人材に必要な育成とは何かを考えたい。【図表3】は経営テーマ(タナベコンサルティングが提唱する経営のバックボーンシステム)の上流である戦略から中流である戦術に対して必要なスキルを定義付け、担うべき経営テーマおよび身に付けるべき必要スキルに対する対象レイヤーを明示したものである。

 

【図表3】経営テーマから見た経営者人材が獲得すべき必要スキル
経営テーマから見た経営者人材が獲得すべき必要スキル
出所 : タナベコンサルティング作成
※ 経営テーマから見た必要なスキルを明示したものであり、身に付けるべきスキル全てではない

 

単年度経営計画からPDCAにおける必要スキルである部門マネジメント、計画策定、業務改善、PDCAマネジメント、人材マネジメントは日常業務を通じて徐々に身に付けることができ、教育や研修によってそのスキルを一層高めることが可能である。

 

一方、経営理念・ミッションの策定、長期ビジョンの構築から中期経営計画の策定に必要なスキルであるビジョン構築や戦略構築、ガバナンスなどは、日常業務で身に付くものではなく、教育においても理論を学ぶことはできるものの実践できる保証はない。

 

したがって、トップマネジメントレイヤーに求められるスキルは、過去に獲得してきたスキルとは全く異なる高次元のスキルなのである。経営者人材に必須のこうした能力を3点に集約、定義したい。

 

❶ 未来思考
長期的な環境変化に対する洞察力があり、未来の視点から現在のとるべき最善策を導くことができる
❷ 戦略的意思決定
事業変革や再編、新規事業への参入、組織変革、買収、統合など、経営における最高次の事項に関する意思決定ができる
❸ 影響力
自らの言動が周囲、社内外に影響を与え、他者を強く突き動かすことができる

 

 

ビジョンの実施と事業創造

 

先述の能力を獲得し発揮するための最良の育成は、「長期ビジョン構築」「中長期経営計画策定」「新規事業開発」の3つであると筆者は提唱している。3つの共通項は、幅広い知見を生かした膨大な量の情報の取り扱い、調査の領域と深さ、現在から未来という時間軸、意思決定の難度である。

 

いずれも分析フェーズ→仮説設計フェーズ→戦略具体化フェーズ→実践フェーズという工程をたどり、経済環境、業界動向、顧客動向、ライバル動向、自社状況といった幅広い情報を扱いながら、スピードをもって意思決定し続けていくことが必要となる。

 

さらに、実践フェーズでは、組織やプロジェクトを成功に導くための類まれなるリーダーシップが求められる。未来視点で全社レベル、事業レベルの意思決定ができる経験は、これら3つ以外ないと言っても過言ではない。経営者人材候補であるミドルレイヤーに、早期に経験させることが望ましい。いくら素晴らしい教育コンテンツや研修プログラムがあったとしても、実践に勝るものはないのである。

 

大手企業を中心に、経営者人材育成のみにフォーカスを当てた育成機関を設置する企業が増加基調にある。以降に代表的な企業例を整理した。いずれも経営者・人事・育成機関が三位一体となっていることが特徴だ。

 

ファーストリテイリング:FR-MIC(Fast Retailing Management and Innovation Center)

経営トップ直轄の教育機関として「経営者の育成」「全社改革の推進」「グローバルワンの実践」をミッションに、経営・人事・FR-MICが一体となり、選抜人材に対する育成を遂行。経営トップとのセッション、各国経営者との経営課題のディスカッション、世界的なトップコンサルタントや経営学者とのワークショップなど、錚々たる経営者や専門家が情熱と多大な時間を注いで、多角的な人材育成を行っている。

 

三菱UFJフィナンシャル・グループ:MUFG University

2コースを設け、グループ一体で年間約200名が受講。「次世代リーダーコース」では、部店長クラスを対象に、外部の経営者や学識者との双方向型の講義による研修プログラムなどを重層的に実施。「マネジメントコース」では、副部店長・次長クラスを対象に、経営者人材に求められる人間力や大局観を養うリベラルアーツ研修などを実施し、経営者人材プールの着実な拡充に努めている。

 

ハウス食品グループ:ハウス経営塾

経営トップを塾長として、単なる経営スキル、知識の学習だけではなく、経営者としての精神的軸(胆力)の養成を行っている。経営理念、環境理解、リーダーの精神的軸、経営戦略と戦略思考、意思決定、組織・人材マネジメント、財務会計、ゲスト経営者の講話と対話、リーダー研究、事業計画提案会(個人発表)、経営者としての所信表明(個人発表)と多彩である。

 

資生堂:Shiseido Future University

国内外グループ会社から選抜された次世代の経営リーダーとなる人財を中心に、価値創造とイノベーションを創出するための美への感性や心の豊かさ、最先端のグローバルレベルのビジネス知見を合わせもった経営者人材の育成に向けたオリジナルのリーダーシッププログラムを実施。

 

今後、日本企業における人事制度が成果型・職務型へ移行することにより、世界各国から優秀な人材を獲得できる可能性は高まり、早期の経営者人材の選抜と育成が実現され、経営者人材の量と質が高まることが想定される。

 

しかし、当面は自社のビジョンと経営計画を自ら策定し、自ら推進できる経営者人材を自社で育成、輩出していくことが求められる。長期スパンで見れば、経営者人材の育成に取り組んだ企業と取り組まなかった企業との差は歴然となっているだろう。持続的成長に必要なビジョンの構築・推進は、経営者人材の質と量で決まるのである。

 

 

※1 リクルートワークス研究所「五カ国マネジャー調査」(2015年)
※2、3 経済産業省「未来人材ビジョン」(2022年5月)
※4 厚生労働省「平成30年版労働経済の分析」(2018年、89ページ)
※5 パーソル総合研究所「グローバル就業実態・成長意識調査」(2022年、14ページ)

 

経営者・人事部門のためのHR情報サイト タナベコンサルティング

 

 

 

経営者人材育成概論:森田 裕介

 

 

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Profile
森田 裕介Yusuke Morita
タナベコンサルティング ストラテジー&ドメイン エグゼクティブパートナー
大手アパレルSPA企業を経てタナベコンサルティングへ入社。ライフスタイル産業の発展を使命とし、アパレル分野をはじめとする対消費者ビジネスの事業戦略構築、新規事業開発を得意とする。理論だけでなく、現場の意見に基づく戦略構築から実行まで、クライアントと一体となった実践的なコンサルティングにより、成果に導くとともに経営者人材を創生していくことを信条とする。
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