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【特集】

CX×ブランディング

企業が競争優位性を高める上で欠かせない要素となったCX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験価値)。CX向上には、ユーザーのブランド体験を実現し、エンゲージメントを高める戦略の設計が必要となる。CXという視点を、商品やプロモーションといった「部分」に取り入れるのではなく、全体戦略の根幹に組み込み、CX向上を自社のブランディングにつなげるメソッドを紹介する。
メソッド2022.09.01

良質な「体験」の提供が生き残りと成長の鍵:井上 裕介

 

 

高まる「良質な体験」の付加価値

 

2000年代以前、パソコンは今ほど普及しておらず、スマートフォンはまだ存在すらしていなかった。人々の情報ソースは主にテレビで、それに付随するメディアとして新聞・雑誌が存在するという、いわゆるアナログの時代であった。また、情報の発信元はほぼ国内に限られ、海外の情報はテレビや新聞から断片的に伝わってくるだけだった。

 

この時代の消費の特徴は、限られたメディアが発信する情報を発端にした大ブームが起こることであった。特に、食やモノの消費においては、同じ商品を多くの人が求めて大行列を起こすようなブームが生じていた。この時代の消費は「嗜好の画一性」が強かったのである。

 

かたや、現代は1人1台以上のスマホを保有し、インターネットで世界中の情報を容易に得ることができる。ネット通販でワンクリック購入・翌日配送される購買インフラがあり、SNSで消費者から情報発信されることによる商品・サービスの評価(口コミ・バズる)が当たり前になっている。いわゆる「DtoC(Direct to Consumer)の時代」と言える。

 

それによりもたらされたのは「嗜好の多様化」である。情報ソースが限られていた時代のように画一的な消費ではなく、情報ネットワーク・インフラから企業・消費者が多くの情報を相互発信することにより、同時多発的にさまざまな消費嗜好トレンドが生じている。

 

一見ニッチでも、その嗜好を求める消費者に同時に届けることで、ある程度のマーケットを確立することができるのである。情報網の発達がもたらした社会の変容と言えるだろう。

 

社会にデジタルデバイスとSNSが浸透し、マーケットが成熟した今、顧客は品質や性能、価格以上の付加価値として、感動や共感といった「体験」を求めるようになっている。消費者が企業の情報発信者とダイレクトにつながることができるようになった結果、品質・性能・価格だけでなく、さらなる付加価値を求めるようになってきたのである。

 

音楽配信サービスやカーシェアリングといったサブスクリプション型ビジネスモデルの台頭は、CDアルバムや自動車といった「モノ」よりも、音楽を聴くことや自動車に乗ることで得られる「体験」を、顧客が重視している傾向の表れと言える。

 

このような時代においては、モノではなく良質な体験を提供することが、企業の生き残りと成長の鍵を握っている。顧客は商品・サービスを、どのような目的で、どう利用したいのか。顧客が求める体験を深く理解して支援し、継続的な利用を促す「カスタマーサクセス」の考え方が、ますます重要性を増していく。

 

これまでも顧客満足度(CS)調査などを利用して顧客のロイヤルティーを高める施策はあったが、「S(満足度)」ではなく「X(体験)」という切り口で、商品・サービスの価値が見直されている。いわゆる「CX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験価値)」の提供が、経営戦略上の重要な要素となったのである。

 

 

CX最大化の方程式

 

CXは、ある製品・サービスについて、購入前から購入後、廃棄に至るまでの全プロセスで顧客が感じる体験価値である(製品・サービスの利用体験価値は「UX(ユーザーエクスペリエンス)」と呼ばれる)。

 

CXの対象は「製品・サービス」と「マーケティングシステム」に大別できる。製品・サービスの体験価値を高める目的は、その付加価値の向上である。顧客に提供する製品・サービスを変化させる観点としては、「どれだけその付加価値を高めることになるか」を見極めていただきたい。言い換えると、その変化によってどれだけ業績向上の期待値が得られるかということである。

 

他方、マーケティングシステムの体験価値を高める目的は、LTV(顧客生涯価値)を最大化することにある。顧客に提供するマーケティングシステムを変化させる観点としては、「顧客から生涯にわたって得られる利益をどれだけ最大化できるか」。言い換えると、その顧客のリピート率を高めることができるかということである。

 

CXの構成要素は、【図表1】のように分解することができる。

 

 

【図表1】CX(顧客体験価値)の構成要素

出所:タナベ経営作成

 

 

この考え方から言えることは、CX=顧客価値単価×ロイヤルカスタマー数×リピート率で表されること。そしてCXの最大化は、単に製品・サービスに対する好感を得るという定性的な改善にとどまらず、各項目の向上により改革的な業績インパクトをもたらすということである。

 

 

 

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Profile
井上 裕介Yusuke Inoue
タナベ経営 ストラテジー&ドメイン東京本部 本部長代理。大型リゾート・旅館にてホテル・スキー場・飲食店舗を運営し、新規企画開発・人材育成・業務改善・収益改革などに従事後、タナベ経営へ入社。現場経験を生かした戦略設計や中期ビジョン策定、新規事業戦略策定、SDGs策定支援など幅広く活躍している。
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