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【特集】

シン・バリューチェーン

顧客の創造を目的として従来のバリューチェーンを再設計し、数多くの顧客に、数多くの価値を届けていく「シン・バリューチェーン戦略」。タナベコンサルティングが提言するこの戦略を深掘りする「トップマネジメントカンファレンス2023」の第1~3回講話より、変化する経営環境の中で競争力を維持するための「自己変革能力」を学ぶ。
メソッド2023.11.01

パーパスを起点に新たな価値を創造するバリューチェーンの革新とは?:高島 健二

シン・バリューチェーンに投資し、その一貫性をデザインする

 

タナベコンサルティンググループ(TCG)では、「無形資産に対する投資が企業の競争力を高める」と提言している。すなわち、「シン・バリューチェーン」へ投資し、新たな価値の創造に取り組まねばならない。

 

バリューチェーンは文字通り「価値の連鎖」であり、シン・バリューチェーン戦略とは「価格転嫁を超える『価値転嫁』を実現し、新たな価値を創り、新しくつなぐ戦略」である。

 

シン・バリューチェーン戦略には、パーパスを起点に、事業戦略(ビジネスモデル)、組織、経営システム、人的資本を貫く一貫性をデザインすることが求められる(【図表1】)。なお、シン・バリューチェーン戦略の構築においては、企業規模・業種・業界にかかわらず、自社の原点からバリューチェーンの価値を明確にする必要がある。

 

【図表1】パーパスから始まるシン・バリューチェーン戦略
パーパスから始まるシン・バリューチェーン戦略
出所 : タナベコンサルティング作成

 

TCGでは、パーパスを企業の「貢献価値」と捉えている。「マネジメントの父」と呼ばれる経営学者ピーター・ドラッカーは会社の「存在価値」の重要性を説いたが、もはや存在価値が明確なだけでは顧客の支持を得られなくなってきた。存在価値に加え、明確な貢献価値が必要なのである。

 

シン・バリューチェーンの3つのモデル

 

シン・バリューチェーン戦略には次の3つのモデルがある。(【図表2】)

 

【図表2】シン・バリューチェーン戦略の3つのモデル
シン・バリューチェーン戦略の3つのモデル
出所 : タナベコンサルティング作成

 

❶ 変化させる(イノベーション)
顧客の価値観や環境の変化に合わせてバリューチェーンを変化させる戦略。「既存のバリューチェーンの価値を組み替える(追加する)」、あるいは「他社との共創によるクロスバリューチェーンを構築する」ことで実現する。

 

❷ 増やす(マルチ)
顧客へ数多くの価値を届けるためにバリューチェーンを深める戦略。「バリューチェーンの水平展開・垂直展開(事業セグメント・エリア・ターゲットを深める)」「コアバリューを軸としたバリューチェーンでの異業種参入」が必要となる。

 

❸ 組み替える(トランスフォーメーション)
顧客へ今までにない価値を届けるためにバリューチェーンを新しくする戦略。「バリューチェーンの変革による新たなビジネスモデル開発」「機能分解による新たなバリューチェーンの再設計」によって実現する。

 

このようなバリューチェーンの“デザインコンセプト”に相当するのがパーパスだ。パーパスとは、貢献価値であるとともに、社会と顧客の共感を呼び起こすメッセージなのである。

 

 

事例1 キーエンス:バリューチェーンイノベーション

 

各モデルの事例を紹介する。まず、❶の事例としてキーエンス(大阪府大阪市)を挙げる。同社は1974年に設立された、ファクトリーオートメーション(FA=生産工程の自動化システム)の総合メーカーである。販売拠点を世界46カ国(230拠点)に展開し、約30万社のユーザーを持つ。同社の商品は半導体、液晶、電気、自動車、食品、医薬品、バイオ医療、金属・鉄鋼、物流や小売業界まで幅広い業界で採用され、特定の産業にとらわれないことが強みである。

 

同社のパーパスは、「持続的な企業価値創造に向けて」「変化を支え、進化を加速させる」「付加価値の創造により、社会に貢献する」「顧客の欲しいというモノは創らない」だ。それに基づいて「世界初・業界初の企画開発力とスピード」「ファブレス生産体制」「グローバルダイレクトセールス(直販営業体制)」を推進した結果、売上高9224億円、粗利益率(売上高総利益率)81.8%、売上高営業利益率54.1%(連結、2023年3月期)、社員の平均年収2279万円(2023年3月現在)という驚異的な数値を達成している。

 

ちなみに製造業の平均値は粗利益率21.6%、売上高営業利益率5.2%(いずれも2021年度、財務省「法人企業統計調査」)であり、同社の利益率がいかに群を抜いて高いかが分かる。

 

この付加価値の源泉こそが、同社の卓越したバリューチェーンである(【図表3】)。1つの圧倒的な強みを発揮するということではなく、直販体制による顧客ニーズの早期発見に基づいた企画力や、製品開発から製造へとスピーディーに結び付ける実行力など、バリューチェーンが相互に正の影響を与え合う仕組みを確立しているのである。

 

【図表3】キーエンスのバリューチェーンイノベーション
キーエンスのバリューチェーンイノベーション
出所 : キーエンスWebサイト、IR資料を基にタナベコンサルティング作成

 

同社は「顧客の欲しいというモノは創らない」ことを開発ポリシーとする。顧客自身も気付いていない潜在ニーズを把握し、「こんな商品が欲しかった」と思われるような商品を企画するのである。そのため、同社の新商品の約7 割は「世界初」「業界初」だという。

 

一方で、同社は自社工場を持たず、全国の協力工場に生産を委託している(設計と部材調達は同社が行う)。商品の特性に合わせて最適な設備や技術を持つ工場を選択することにより、設備投資やランニングコストを抑えつつ、新商品の大量生産が可能な生産体制を構築している。

 

また、深い専門知識を持った営業担当者が、代理店を介さず直接顧客を担当する直販体制(グローバルダイレクトセールス)をとっている。これにより、顧客が抱えている課題やニーズを把握し、的確・迅速な課題解決の提案が可能である。さらに、きめ細かいアフターフォローを通じ、次の開発ニーズの発掘も行う。

 

同社の特徴として、開発担当者が何度も営業担当者と同行して顧客の現場まで足を運ぶことが指摘されている。現場に足を運ぶこと自体に意味があるのではない。価値を生み出そうとしたら、おのずと顧客の現場に行かざるを得ないという発想である。このように、同社では徹底的に「価値(Value)」を生み出すという点にこだわっている。

 

また、DXに対する投資も大きく、同社のホームページはマーケティングサイトとしての機能もずば抜けており、バリューチェーンを強力に支えている。

 

バリューチェーンのどこに力点を置き、相乗効果を生み出しながら、どこを思い切って捨てるのか。キーエンスの戦略の優位性は、まさにこうした卓越したバリューチェーンの構築に如実に表れている。

 

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Profile
高島 健二Kenji Takashima
タナベコンサルティング 上席執行役員
成長戦略におけるビジネスモデルの再構築、事業戦略・経営戦略まで幅広い知見を有するトップコンサルタント。ドメイン(事業領域)とファンクション(機能)を融合させて課題解決を支援する、企業変革のプロフェッショナルとして高い評価を得ている。マーケティングDX・SDGs・新規事業開発の領域など、多岐にわたるクライアントのプロジェクトを手掛ける。
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