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【特集】

建設業の「働き方改革」

人材不足の中、 時間外労働の上限規制の適用開始が 2024年4月1日に迫る建設業。 労働環境の改善や生産性の向上など、 抜本的な「働き方改革」が待ったなしの状況だ。 業界全体の喫緊の課題に向き合う 実践経営のヒントを提言する。
メソッド2023.12.01

建設業の「働き方」を改革するポイントと事例:石丸 隆太

建設業の働き方改革実現に向けたブレークスルー

 

建設業はデジタルへの投資によって数々の改革を進め、従来のやり方から脱皮し始めていると言えるだろう。改善をさらに進めるため、タナベコンサルティングは次のように提言したい。

 

❶ 捨てる

「捨てる」とは、割に合わない要求をする企業との取引関係を見直すことである。極端に言えば、取引条件に合わない先との取引をやめるということだ。減少してはいるものの、今でも適正ではない価格での取引や無理な工期を要求してくる元請先や発注者が多いのが実態である。

 

無理に仕事を受けたものの、人を増やせば赤字になる。また、無理な工期を間に合わせるために現場監督や作業員に負担をかけるケースも生じる。もちろん、対外的な信用を得られる、最先端技術の中で作業ができるなど、無理な要求をされても相手が大手であれば取引するメリットはあるだろうが、結果として従業員が疲弊してしまうと、離職につながる。持続的な成長にはつながらず、ましてや労務面での問題が発生すると社会的な信用も失う。

 

現在、人件費や材料費の高騰の中で、デベロッパーからの値下げ圧力が高まっているが、業績をつくりつつ、働き方改革を実践している企業も数多くある。決して無理な話ではなく、経営者が「取引条件を見直す、場合によっては取引をやめる」ことを選択しているのである。

 

また、ある建設業では、組織における働き方改革を実践したら作業員が退職するという事例が発生した。「長時間働けないと、給与が下がる」という理由だ。長時間働かなくても給与が今までと同じ水準でもらえる。こんな取引条件を与えてくれる顧客こそが、自社の真の顧客ではないか。

 

❷ 改める

「改める」とは、今までの常識的な考え方を改めるということである。「建設業では1から10まで覚えて一人前」と聞いたことがある人も多いのではないだろうか。日中は現場を回り、日々忙しく過ごす中、「修行」「自己啓発」と称し、図面を書いたり読んだりして、気付けば終電まで仕事をしていた経験のある方もいると思う。しかも、「修行」「自己啓発」だから残業代もつかない。しかし、そんな働き方が常態化していれば、他の産業との採用競争の中で選ばれるはずがない。

 

一通り自分で覚えた後で、やっと現場で活躍できるということではなく、どこかの部分で活躍させる、いわゆる「オールラウンダー」ではなく「スペシャリスト化」を図っていくべきである。例えば、安全書類(グリーンファイル)や図面の作成などは、現場ではなく事務担当者が担うといった分業もその1つである。現場でチェックをしっかりと行えれば、仕事は回るはずである。

 

新入社員には、まずは部分的な仕事を任せるようにし、ジョブローテーションの中で全体の業務を覚えさせるという育成の仕組みをつくっていくことで、今までのやり方も大幅に変わるはずだ。実際、大手建設会社は分業体制で業務を進め、業務サポートの部隊を組織化し、効率化を図り、働き方改革につなげている。

 

また、従業員全体へ組織の働き方改革の重要性を根気強く周知する教育も必要である。長く業界で活動をしてきた者ほど、長く働くことへの耐性が付いてくるので、「こんなことをやっても人は育たない」という考え方を持つ人が一定数、存在する。

 

そのため、結局は現場ごとに自己流の管理ややり方で通し、全体での働き方改革への取り組みが浸透しない建設会社も多い。この場合は定期的に研修などを開催し、ゼロから必要性を伝え、理解するまで根気よく説明することが大切だ。

 

❸ 加える

「加える」のは、デジタル発想だ。デジタル化の事例は前述の通りだが、まだ足りないのが実態である。今の業務を削減するためには、どの業務にどんな投資が必要かについて、自社の業務フローに合わせて目標を決め全体のデジタル投資戦略を組み立てなければならない。

 

同時に、自社の経営課題に対して組織的にアプローチする手法も併せて考えていく。「自分たちの業務をITでどのように変えていくのか?」という構想が必要である。「自社の社員のITリテラシーが低いから」「何から変えれば良いのか分からない」といった話も聞くが、そうであるならば、教育したり、外部の知見を頼って前へ進めたりすることが解決の糸口である。できない言い訳を先にしてやらないのは、単なる逃げである。

 

ただし、IT投資を進めすぎて、誰が何を使ってやっているのか分からない管理不在の状態にしてしまうのは危険であるため、役割を明示するよう留意していただきたい。だからこそ、組織を機能させるために全体を踏まえたIT投資戦略が必要なのである。

 

これからの建設業の事業戦略は、人材採用の上に成り立つと言っても過言ではない。人を採用し、育成し、定着させなければ、事業で実現したいことも不可能となる。

 

人材が自社の未来を決めるのであれば、建設業のライバルは建設業ではなく、全業種である。他産業との採用競争に打ち勝ち、選ばれなければならない。異業種の働き方や制度などにも視野を広げ、検討してもらいたい。そうすることで、他にはない働き方改革を実現している魅力的な建設業に生まれ変わろう。

 


※1 厚生労働省「毎月勤労統計調査」、日本建設業連合会「建設業デジタルハンドブック」
※2 レベル(水平)測量。地表の高低差を測定して水平線を確立する、土木工事の基本技術

 

建設業の「働き方」を改革するポイントと事例:石丸 隆太

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Profile
石丸 隆太Ryuta Ishimaru
タナベコンサルティング 執行役員

金融機関にて10年超の営業経験を経てタナベコンサルティングへ入社。クライアントの成長に向け、将来のマーケットシナリオ変化を踏まえたビジョン・中期経営計画・事業戦略の構築で、「今後の成長の道筋をつくる」ことを得意とする。また現場においては、決めたことをやり切る自立・自律した強い企業づくり、社員づくりを推進し、クライアントの成長を数多く支援している。
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