TCG REVIEW logo

100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【特集】

ESG経営

企業の長期的な存続を評価するための指標「環境(Environment)」「社会(Social)」「企業統治(Governance)」が、新たな投資判断基準として急速に広がっている。環境や社会への配慮、健全な管理体制の構築などによって、社会と自社の持続的成長を目指す企業の取り組みを紹介する。
メソッド2023.04.03

産学連携によるESG経営の推進:名倉 克明

 

学校法人も取り組むESG経営

 

企業だけでなく、学校法人においても、SDGsへの対応の一環としてESGに関する取り組みが加速している。2020年4月に「私立学校法」が改正され、その改正の狙いの1つにガバナンス強化が明示されていることも、学校法人のESG対応を後押しする要因になっている。

 

例えば、環境(Environment)では、太陽光発電システムの導入による温室効果ガス(GHG)排出量の削減やごみのリサイクル活動などを進めている。社会(Social)では、ワークライフバランスへの取り組みや個人情報保護対応の推進。ガバナンス(Governance)については、積極的に法人情報を開示したり、「大学法人版ガバナンス・コード」の策定を進めたりする学校法人もある。(【図表】)

 

 

【図表】「大学法人版ガバナンス・コード」の一例

出所:国立大学協会「国立大学法人ガバナンス・コード」(2022年4月改訂)、日本私立大学連盟「私立大学ガバナンス・コード【第1版】」(2019年6月)、日本私立大学協会「日本私立大学協会憲章 私立大学版ガバナンス・コード<第1版>」(2019年3月)を基にタナベコンサルティング作成

 

 

学校法人のESG経営に関する取り組み事例を1つ紹介する。東京大学は、2020年10月に「第1回国立大学法人東京大学債券」(ソーシャルボンド※1の一種)を発行、翌21年12月には2回目となる債券を発行した。続くように、大阪大学も「大阪大学 生きがいを育む社会創造債」を2022年4月に発行している。

 

東京大学が発行する債券の趣旨に賛同し、投資した企業は50社を超えている。つまり、学校法人によるESG経営の広がりと同時に、企業のESG経営に関する投資先として、教育機関は大きな選択肢になりつつあるということだ。

 

 

ESG経営を通じた学校法人との連携強化

 

企業におけるESG投資の考え方は、学校法人の資産運用を行う際の検討要素になり得る。

 

学校法人が持つ資金の運用方法にはさまざまな手段があるが、近年では投資先企業を選定するための基準として、「ESG経営に取り組んでいるかどうか」を基準とする学校法人は少なくない。

 

学校法人は経常費補助金などの税金を収入源の大部分として運営していることから、ESG投資銘柄(ESGを考慮して銘柄を選定する投資手法)への投資を積極的に進める学校法人もある。

 

例えば、千葉商科大学は、「自然エネルギー100%大学」の実現に向けた取り組みや、エシカル消費(環境・社会・人に優しい消費)の普及啓発、学部を横断しての特別講義など、学長の強いリーダーシップの下、「豊かさを追求しながら地球を守る」というSDGsの方針に沿った取り組みを展開している。

 

運用方針においては、SDGsに関する取り組みの一環としてESG投資を推進し、「持続可能な社会づくりに貢献しながら教育研究環境を拡充したい」と意思表明している。

 

今後も学校法人では、産学連携による研究や、社会課題の解決に向けた取り組みの増加が予測される。「学校法人のSDGsに向けた取り組みが重視され、企業のESG経営に良い影響を与えていることの表れ」とも言える。

 

かんぽ生命保険(東京都千代田区)と慶應義塾大学の連携によるESG投資事例を紹介したい。慶應義塾大学は、「すべての人の健康で幸福な人生の達成に寄与する」という理念のもと活動しており、医療分野におけるデータサイエンスなどの知識や技術の高度化に貢献している。

 

この取り組みに着目したかんぽ生命保険は、自社のウェルビーイング向上と大学を核とした資金循環の促進を行うために、慶應義塾大学との連携・協力体制を構築した。「ともに社会課題解決とイノベーション創出の実現を目指す」と発表している。

 

 

基本理念に基づいてESG経営を推進する

 

もう1つ事例を紹介したい。上智学院は、「学問研究及び社会貢献を通じて、『人間の尊厳(human dignity)』を脅かす課題 -貧困、環境、教育、倫理- の解決に貢献する」という基本理念に基づいて資産運用を行うESG経営に取り組んでいる。

 

国連グローバル・コンパクト※2や国連責任投資原則(PRI)※3に基づき、社会的・投資リターンの両立を目指したESG投資を推進すると同時に、資産運用を通じて地球規模の環境・社会課題解決を目指している。同院は、PRIによる2020年の年次評価において、3年連続で最高評価「A+」を獲得している。同院のサステナビリティに関する主な取り組みは、次の2つである。

 

❶DBJグリーンビルディング認証※4の不動産私募ファンドへの投資

 

持続可能な社会の実現に向けた取り組みとともに、中長期的な観点から安定的な収益の確保と着実な運用資産の成長を目指すことが目的である。事業を通じてGHG排出量の削減や3R(Reduce:ごみの発生抑制、Reuse:再利用、Recycle:再資源化)の推進、生物の多様性の保全、次世代への環境教育などを掲げている。

 

❷再生可能エネルギー発電施設への投資

 

アジア・アフリカ・中米・ラテンアメリカなどの新興国における再生可能エネルギー発電施設の建設・運営プロジェクトへ出資。官民共同で将来的な電力需要の増加を見据えた再生可能エネルギー事業の開発を後押しすることを目指し、投資先プロジェクトから創出される社会的インパクトの定量的な計測を実施している。

 

「誰一人取り残さない」を掲げるSDGsの達成は、企業活動だけでは難しい。学校法人としてのESG経営と、そうした理念に基づく教育を行って広めることが、未来の人材を育成する教育機関である学校法人に求められている。

 

 

※1…社会課題の解決に向けたプロジェクトの資金調達のために発行される債券
※2…企業・団体が連携し健全なグローバル社会を築くためのサステナビリティに関する組織
※3…国連が提唱する行動原則。ESGに関する課題を投資の意思決定プロセスに組み込むことなどが示されている
※4…環境・社会に配慮された不動産に関する認証制度

 

 

 

 

Profile
名倉 克明Katsuaki Nagura
タナベコンサルティング ストラテジー&ドメイン大阪本部 部長代理
教育業界で統括業務、事業戦略の立案・推進担当役員を経て、タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社。中長期経営ビジョンの策定、組織開発、人材育成領域を強みとし、経営計画立案と推進を支援する。
ESG経営一覧へメソッド一覧へ特集一覧へ

関連記事Related article

TCG REVIEW logo