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【研究リポート】

FCC FORUM 2022

物理的な価値による差別化が難しくなった今、感情や経験の価値が重視されている。この「体験価値」は、自社の競争優位を形成する重要な価値となった。ステークホルダーの心理的な価値をどう考慮し、いかに「体験価値」をデザインするか。「ファーストコールカンパニーフォーラム2022」の講演内容をまとめた。
研究リポート2022.10.03

「体験価値戦略」実現のメソッド:井上裕介

体験価値実装フェーズI
現状分析

 

こうした経営環境を踏まえ、自社の「真の体験価値」を提供するための手順を【図表3】に示す。

 

 

【図表3】体験価値実装の3フェーズ

出所:タナベコンサルティング作成

 

 

まずは、体験価値戦略を策定するに当たり、現状分析を行う。体験価値戦略は全社戦略であるため、経営計画の策定と同様に、自社の状況を把握するための外部・内部環境の分析が必要である。

 

加えて、現在提供している体験価値を定量的に評価できる指標を定め、その分析を行うべきだ。自社の体験価値を客観的に評価すると同時に、戦略を実行した際に正しく体験価値が改善されているかを確認できる。

 

(1)外部環境分析

 

自社が置かれている外部環境を分析し、顧客・市場・社会が求める体験価値の要素やトレンド、自社にとって影響の大きい外的要因を明確にする。手順としては、「PEST分析」を中心にマクロ環境の条件を洗い出した上で、ミクロ環境として自社の市場や業界の状況・影響要因を明確にする。PESTとは、Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の頭文字を取ったものである。

 

また、自社のライバルがどのような体験価値を顧客に提供しているのかを明確にしたい。加えて、自社が目指す体験価値と同じ要素を提供している異業種のベンチマーク企業が、どのようにそれを実現しているのかも分析すると、大きなヒントになる。

 

(2)内部環境分析

 

自社がどのような経営機能によって今の体験価値を生み出しているかという内部環境分析も必要である。「価値判断基準は何か」「価値判断基準を全社員が正しく認識しているか」「それを行動に落とし込んで日々の業務に反映しているか」の確認が重要だ。

 

体験価値を正しく提供できない企業の多くは、これらがほとんどできていない。経営理念などが形骸化しているために、理念に基づく体験価値が提供できていない状態となっている。自社のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)が正しく定められ、社員に浸透しているかどうかを分析しなければならない。

 

その上で、自社の収益構造・バリューチェーン・組織人事機能・組織構造などの経営機能をそれぞれ点検し、体験価値を高める上でのボトルネック(全体に影響を及ぼすレベルの問題・要因)が何かを明確にしていく。

 

(3)体験価値評価分析

 

体験価値は、業種・業界別に一般的な評価指標があることが多い。その指標に基づき、自社の体験価値がどの程度顧客に評価されているかを定量的に評価し、なぜそのような評価になっているかの主な影響要因を明確にするべきである。

 

多くの業種・業界で用いられている代表的な指標としては、CS(顧客満足度)がある。この値を顧客アンケートなどによって継続的に評価することにより、自社の体験価値がどの程度の状況であるかが分かる。

 

体験価値の評価指標は、ライバル企業などとの相対評価や、業界平均値との絶対評価である必要はなく、自社の状況のみが認識できれば良い。そのため、自社オリジナルの指標を設定する場合もある。ビール醸造メーカーのヤッホーブルーイングのように、顧客の「熱狂度」をKGIとして設定し、自社の体験価値の状況を分析している例もある。

 

体験価値の構成要素を明確にするには、「カスタマージャーニーマップ」分析も有効である。顧客が自社の製品・サービスを利用する際のフローを、認知・購入・利用・評価などのプロセスごとに可視化する手法だ。

 

プロセスにおける顧客の感情変化やインサイト(深層心理)の仮説も明確にすることで、体験価値を向上(または悪化)させている要素について共通認識を持つことができる。この点を明確にすることが、体験価値を大きく変容させる重要なポイントである。

 

 

体験価値実装フェーズII
戦略策定

 

フェーズIの現状分析を踏まえ、自社が実現すべき体験価値戦略を検討する。タナベコンサルティングが提唱している「体験価値の方程式」には複数の体験価値要素があるが、まず検討すべき戦略は「CX戦略」である。

 

自社が提供してきた体験価値を顧客視点で再定義することにより、従来とは大きく異なる体験価値を実現できる。CX戦略を定めることにより、目指すべきCXを実現するための事業戦略・経営戦略面での課題が明確になる。これを他の体験価値要素(デザイン・DX・EX・SX)の戦略により解決することを検討していく。

 

(1)CX戦略策定

 

CX戦略を考えることは、言い換えれば「顧客価値の再定義を行う」ことである。現状分析で明らかになった体験価値の課題を、目指すべき顧客価値として再定義し、その解決を図る。

 

この際に重要となるのが、自社の不変の価値判断基準である経営理念やMVVである。経営理念とMVVを基軸に置き、外部環境要因を踏まえ、自社の目指すべき顧客価値を再定義する。これを行った上で、現状分析から明確になった現状のカスタマージャーニーマップを再設計し、新たな顧客価値を提供する顧客とのタッチポイントと価値提供方法を設計する。

 

(2)デザイン戦略策定

 

体験価値戦略におけるデザインは、前述した通り意匠ではなく、自社全体のデザイン、すなわち体験価値を実現するための企業全体の再設計を行うことである。

 

初めに、CX戦略で定義した顧客価値を実現するビジネスモデルを設計する。既存事業を洗練させることで実現できる場合もあるが、新規事業を立ち上げる必要がある場合も多い。それらの事業戦略と経営目標を策定し、新たな体験価値を提供する収益モデルを明確にしていく。これにより、体験価値の実現に投資できる経営資源のキャパシティー(ヒト・モノ・カネ・時間)を明らかにできる。

 

その上で、経営システムデザイン戦略設計を行い、経営資源の再配分計画を策定する。このプロセスは、CXの実現に向けた経営機能の最適化である。CXを起点とした新たな体験価値の実現に必要な経営機能を見定め、ゼロベースで再検討を行うことで、目指すべき体験価値が実現できる。

 

最後に、新たな体験価値を理解・体感しやすくするためのVI戦略を設計する。VI戦略は、アウターブランディング(社外へのブランド訴求)やインナーブランディング(社内へのブランド訴求)という観点のもと、どのようなVIを設ければ新たな体験価値を象徴的に表現できるかが重要となる。体験価値を表現するため、経営理念・MVV以外の社内に存在する全ての要素を再設計するのである。

 

(3)DX戦略策定

 

前述の通り、DX戦略における重要な観点は「DXによる対象の体験の変化(アウトプットの最大化)」と、「DXによる生産性の劇的向上(インプットの最小化)」である。

 

DXによる対象の体験の変化(アウトプットの最大化)とは、再設計されたカスタマージャーニーマップに基づき、対象との接点(体験価値とのタッチポイント)をデジタルへ変化させることである。日々進化するデジタル技術のトレンドをつかみ、自社に取り入れることにより、従来は行えなかった体験価値を実現することができる。

 

ただし、人間が行っていたプロセスをデジタル化すると、表現方法の多様化や場所・時間的拘束条件から開放されるなどのメリットがある一方で、人の手を介するからこそ提供が可能だった細やかなサービスや、リアルのコミュニケーションで得られていた顧客情報を取得できなくなるデメリットも存在する。したがって、タッチポイントのデジタル化においては、顧客情報の取得やサービス対応がスピーディーに行える顧客ネットワークの構築を進める必要がある。

 

一方、DXによる生産性の劇的向上(インプットの最小化)の主目的は、生産性改革にある。体験価値提供プロセスにおけるムダ・ムラ・ムリを減らすことで、生産性を劇的に向上させ、体験価値に投下する経営リソースを確保することが重要である。その際に持つべき考え方は、「体験価値最大化のための選択と集中」だ。

 

体験価値を最大化するには、主たるプロセスへ経営資源を集中させることが重要となる。そしてデジタル・リアル両面での付加価値向上という観点で、DX化を検討すべきである。それ以外の間接的プロセスにおいては、主たるプロセスにリソースを集中させることを前提に、既存の業務フローを厳格に見直して劇的な生産性向上を図る。その際に、どの程度までリソースの効率化を行えば良いかという基準は、前述した体験価値KPIツリーにおけるCX価値を十分に維持できるかどうかを基に考えるべきである。

 

この2つの視点によりDX戦略を策定した上で、推進における具体的内容や時系列手順などのDX推進戦略を策定する必要がある。

 

(4)EX戦略策定

 

「組織は戦略に従う」という考え方のもと、体験価値を最大化するための基盤としてEX戦略を検討する。ES(社員満足度)の高い企業が生み出す製品・サービスはCS(顧客満足度)も高いという相関性がある。ESが高まることによる体験価値の最大化を目指したEX戦略を検討すべきだ。入社前の採用段階から入社後研修(オンボーディング)、日常業務、人事考課、退職など、自社人材の「エンプロイージャーニー」に沿ってさまざまな施策を設計し、組織や属性ごとに働きがい・働きやすさを「見える化」する。

 

重要なことは、画一的なキャリアパスを押し付けるのではなく、多様な働き方を認め、社員の自律的なキャリア形成、スキルアップ・スキルシフトを後押しすることだ。企業は多様な人材と価値観を受け入れ、可能な限りそれらを具現化できる環境を用意し、EX向上を図る必要がある。また、体験価値を高める活動が社員の評価につながるという正のスパイラルを生み出すためにも、人事制度の設計が重要である。

 

(5)SX戦略策定

 

SDGsなどサステナビリティ(持続可能性)の考え方は、現代において企業が重点的に考えなければならない条件となっている。自社の利益のみに執着し、地球環境に配慮しない企業は社会的信用を失い、淘汰されていくだろう。

 

体験価値を実現するプロセスにおいて、自社がどのような社会的価値・社会的貢献活動ができるかを検討することは、体験価値を最大化するという点においても、欠かしてはならない重要な課題である。

 

 

体験価値実装フェーズIII
アクションプラン設計

 

フェーズIIで設計した体験価値戦略を、具体的なアクションプランに落とし込む段階がフェーズIIIとなる。

 

ここで重要なプロセスは、経営戦略領域における「①体験価値(顧客評価分析に基づく意思決定構造)設計」である。従来、体験価値基準で経営が行えていない企業においては、基本的に体験価値の評価に基づき状況判断・改善の意思決定を行うPDCAサイクルプロセスが存在しないことが多い。この機能を実装した上で体験価値戦略を実施することにより、体験価値は日々上昇し、目指すべき体験価値の実現を行うことができる。

 

また、情報・メディアの多様化により、コミュニケーション戦略も重要な要素になっている。自社の行っている体験価値実現活動を社外へ適切に伝えていくアウターコミュニケーション戦略と、体験価値の実現のベクトルを社内で統一していくインナーコミュニケーション戦略は企業にとって欠かせない。だからこそ、自社の目指す体験価値に応じた経営機能を実装すべきなのである。

 

以上が、体験価値を実装するためのメソッドである。3つのフェーズを着実に踏まえることにより、新たな体験価値の提供を実現していただきたい。

 

 

 

 

「体験価値戦略」実現のメソッドを語る井上裕介

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Profile
井上 裕介Yusuke Inoue
タナベコンサルティング ストラテジー&ドメイン東京本部 本部長代理。大型リゾート・旅館にてホテル・スキー場・飲食店舗を運営し、新規企画開発・人材育成・業務改善・収益改革などに従事後、タナベ経営(現タナベコンサルティング)へ入社。現場経験を生かした戦略設計や中期ビジョン策定、新規事業戦略策定、SDGs策定支援など幅広く活躍している。
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