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ブランドビジョン

変容した社会の価値観に対し、自社の存在価値(パーパス)を再定義する企業が増えている。ブランドにおいても、そのビジョンを明確化し、戦略から実践まで落とし込んで成果を上げている事例から、非価格競争を実現し、ブランド力を研ぎ澄ます要諦を学ぶ。
2023.07.10

こだわりが信頼を育み、温故知新でつかんだヒット:井原水産


井原水産の数の子は屋号である「ヤマニ」の愛称で親しまれている
新感覚のおつまみとして人気を博す

 

最高級の数の子は、味はもちろん、形、色が均一なものを厳選しており、見た目が美しくなるよう化粧箱に並べる。井原水産の数の子に対するこだわりは、多くの高級すし店などから長年高い評価を得ている。信頼される「ヤマニ」ブランドを壊さないために妥協は許さない。そんな姿勢が、2016年にスタートしたカズチーの開発にも受け継がれた。

 

「カズチーは燻製の数の子とチーズを組み合わせたおつまみです。数の子とチーズの相性が良いことは以前から分かっていたのですが、掛け合わせるバランスにこだわりました。

 

食通で知られる北大路魯山人が『数の子は音を食うもの』と評しているように、パリパリとした歯ごたえの良さが数の子の命です。しかし、数の子に熱を加えて燻製にすると、歯ごたえがなくなりゴムのような食感になってしまうのです。数の子の食感を損なわないおつまみにするために試行錯誤を繰り返しました。

 

同じように、チーズも加工のしやすさ、ほどよい硬さやくちどけ感などを出すために、さまざまな種類を試しながら開発していきました」(勝田氏)

 

また、形状については「食べやすさ」に、価格は「ワンコインで収まる」ようにこだわり、原料や加工方法を検討した。そして、2年後の2018年秋にようやく発売へこぎ着けた。いくつものハードルを乗り越え、数の子特有の歯ごたえを残しつつ燻製とチーズの絶妙な風味を持ち合わせたカズチーが生まれたのだ。

 

販路にもこだわり、新たに開拓した。これまで同社の数の子は関西地方で主に流通していたが、カズチーは全国区の商品として流通させたいという思いがあった。しかし、その一方で「どこでも手に入る商品」にはしたくなかった。

 

「限定感のある商品として世に送り出したかったので、ターゲットを絞り込み、縁のあった成城石井とカルディで取り引きさせていただきました。両社のコンセプトは異なりますが、どちらも優れた商品を取り扱う店として消費者から支持されています。おかげさまで、大々的に広告を打ったわけでもないのに、商品をお買い求めいただいたお客さまのSNSによる口コミで一気に火が付きました。30~40歳代の女性を中心に、ワインなどのおつまみに最適だと評判になり、店舗から商品がなくなって、生産が追い付かないほどでした」(勝田氏)

 

カズチーには、従来の数の子関連の商品に表示していた井原水産の「ヤマニ」のロゴを使用していない。数の子を連想させるクリーム色をベースにした商品パッケージは、なるべく文字を使わずにシンプルで洗練されたデザインを採用。こうしたデザインも女性消費者の心を捉えた。

 

2020年以降はコロナ禍の影響で「家飲み」需要が増えたのもヒットの要因の1つになった。わずかな期間で、カズチーは同社の売り上げの3分の1を占めるまで成長。数の子に続く大きな支柱となったのだ。

 

商品づくりと同じように人やパートナーづくりにも注力

 

2021年、カズチーは第32回全国水産加工品総合品質審査会の農林水産大臣賞を受賞。2022年には第61回農林水産祭において最高の栄誉となる天皇杯を受賞した。

 

カズチーで大ヒットを納めた井原水産は、その後、カズチーを水平展開した新商品を次々と発売。同じように水産物とチーズを組み合わせたおつまみシリーズとして、海老を使った「エビチー」、ホタテの干し貝柱を使った「ホタチー」。さらに、数の子とチーズのペーストをバケットなどに塗って食べられる「ぬるチー」や、プレッツェルにカズチーを練り込んだ「カズチープレッツェル」も開発して売り出した。

 

こうした複数の商品開発を全て社内で行うことは難しい。数の子を知り尽くしていても、チーズやつまみ、菓子などは未知の世界である。課題に対しては、食品加工会社とコラボすることで解決を図った。

 

「当社は2027年までの中期経営計画をすでにスタートさせていますが、その中で『創る』というテーマを掲げています。商品だけでなく、食の価値づくり、人づくり、そしてパートナーづくりも含まれています。打ち出した方向性に沿って、今後もさらにさまざまなノウハウを持つ外部との連携を深めていきたいと考えています。

 

また、社内の人づくりも重視しています。カズチーが1人の営業担当者のアイデアからスタートしたように、社員の発想や新しいことに挑戦する姿勢から当社の新しい価値は生まれます。そうした社員の発想や意欲を形にするために、各部門の社員が兼務する企画部を立ち上げて活動を開始しました。かつての『数の子屋』ではなく『健康に寄与する食品メーカー』として、今後もチャレンジしていきたいと考えています」(勝田氏)

 

井原水産の変化は、地域にも少なからず影響を与えている。同社は以前からCSRに力を注ぎ、環境を育てる「法人の森林制度」への参加や地域の清掃活動などを行ってきたが、カズチーの成功以降は雇用でも地域に貢献している。カズチーという通年商品が生まれたことで生産現場は1年を通して稼働するようになり、新しい雇用機会を創出しているのだ。

 

近年、留萌には明るい兆しがある。かつて留萌の栄華を支えていたニシンが、また海に戻ってきているのだ。

 

「北海道ニシンを使った『おつまみニシン』などの加工品を生産することで地域創生を図っていきたい」と勝田氏が語るように、カズチーから加速した井原水産のチャレンジは今後も続いていく。

 

井原水産 代表取締役社長 勝田 恵介氏

 

 

 

PROFILE

  • 井原水産(株)
  • 所在地 : 北海道留萌市船場町1-24
  • 創業 : 1954年
  • 代表者 : 代表取締役会長 井原 慶児
    代表取締役社長 勝田 恵介
  • 売上高 : 32億円(2023年3月期)
  • 従業員数 : 220名(パート・アルバイト含む、2023年3月現在)

 

 

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