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【特集】

ブランドビジョン

変容した社会の価値観に対し、自社の存在価値(パーパス)を再定義する企業が増えている。ブランドにおいても、そのビジョンを明確化し、戦略から実践まで落とし込んで成果を上げている事例から、非価格競争を実現し、ブランド力を研ぎ澄ます要諦を学ぶ。
2023.07.10

こだわりが信頼を育み、温故知新でつかんだヒット:井原水産

ヒット商品「カズチー」。燻製した数の子とチーズの風味が人気

数の子を主体とした商品を生産してきた井原水産は、数の子とチーズを融合させた新商品「カズチー®」を開発し、大ヒットさせた。新ブランドを生み出し、数の子屋から健康食品メーカーへと華麗に転身した軌跡を追う。

 

 

経営理念と企業文化がヒット商品を生む

 

かつてニシン漁で栄えた北海道留萌市。この地で鮮魚出荷問屋として井原水産が創業したのは1954年のことである。その後、1958年には株式会社に改組し、数の子の生産を主体にした水産加工食品メーカーとして発展してきた。

 

それから約60年が経過した2018年、同社は「カズチー®」というひと口サイズのおつまみを世に送り出した。高級スーパーマーケットの成城石井や、食品のセレクトショップであるカルディコーヒーファーム(以降、カルディ)で取り扱われ始めると、瞬く間に人気商品となり売り切れが続出。数の子などの水産加工とチーズを使ったおつまみは接点がないように思えるが、新商品誕生の背景には、脈々と受け継がれてきた同社の経営理念と企業文化がある。

 

「日本の食文化を守り、食を通じてお客様の健康に寄与する。」という経営理念を掲げ、正月の縁起物で知られる数の子を、関西を中心に供給してきた井原水産。同社のブランドである「ヤマニの数の子」は数の子の高級ブランドとして知られている。一方、創業時から同社の企業文化として受け継がれてきたのはチャレンジ精神だ。

 

井原水産が数の子生産に乗り出したのは、北海道のニシンの漁獲量が減少した時期。創業者である井原長治氏は海外に目を向け、品質の良い数の子が取れるカナダの水産加工工場に技術指導を行って、数の子加工を依頼した。当時は海外から数の子を輸入する水産加工業者はほとんどなく、その先見の明とチャレンジ精神が今日の井原水産の礎を築いた。そんなチャレンジ精神が、カズチーの開発にもいかんなく発揮されている。

 

「カズチーは、数の子とチーズを組み合わせた新感覚のおつまみとして開発しました。数の子は、プリン体が多いように思われがちなのですが、実は豆腐とほとんど変わりません。また、コレステロールは鶏卵の半分で、血中中性脂肪の低下や動脈硬化予防に効果が期待できるDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)が豊富で、アンチエイジングに効果があるといわれているコエンザイムQ10も含まれています。

 

意外と知られていない健康食品としての数の子を食する機会を増やせば、日本の食文化を守るだけでなく、お客さまの健康に寄与するという当社の理念の実践にもつながると考えてカズチーの開発に着手しました」

 

そう語るのは、代表取締役社長の勝田恵介氏だ。加えて、数の子は多く売れる時期が年末年始に限定される季節商品的な商品であり、閑散期に売り上げを伸ばすための経営戦略でもあった。

 

数の子とチーズを組み合わせたおつまみを提案したのは、ある営業担当者だった。物産展に出店した際、取引先でもあるメーカーとの「北海道の名産である数の子で何か新しい商品ができないか」という何気ない世間話から生まれたアイデアだ。この提案に対し、経営陣は迷うことなくGOサインを出した。

 

 

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