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【特集】

人的資本経営とは?~企業価値向上、持続成長へ向けて~

人材を「資源」ではなく「資本」と捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる「人的資本経営」が注目されている。もはや企業にとって不可欠の経営戦略である。社員の成長に投資し、自社の持続的成長へとつなげるメソッドや施策とは?具体的な企業事例や注目すべき取り組みも交えて解説する。
メソッド2023.01.05

人的資本経営~2社の具体事例からポイントを解説~:古田 勝久

 

丸井グループの取り組み

 

次に、丸井グループの事例を紹介したい。同グループでは、イノベーションの創出に向けた自律的な組織づくりを推進するため、10年以上の期間をかけ、社員一人一人の自主性を促す組織文化の醸成に取り組んできた。人材版伊藤レポート2.0では、同社における人的資本経営実現のポイントを次の3点に整理している。

 

①イノベーション創出に向け、「手挙げ」の文化を重視し、社員の自主性に基づいた配置・育成等の人事を実現している。

 

②グループ間の職種変更異動、スタートアップとの共創などを通じて、グループ内外で多様な知・経験を融合している。

 

③多様性が活かされる組織基盤として、心理的安全性を確保するため、対話のルールを明示、対話型の企業文化に向けて変革を進めてきた。

 

①については、その推進のために、企業理念に関する対話をはじめ、公認プロジェクトや研修などへの参加について、全て社員の自主性に基づく「手挙げ方式」に変更。スタートアップへの出向や新規事業への参画も手挙げを基盤とし、社員一人一人の成長を支援している。

 

②については、グループ会社横断の人事異動として「職種変更」を推進しており、社員の約8割が会社間の異動を経験。さまざまな会社や部署での経験が「個人の中の多様性」につながり、社員一人一人の成長を促している。さらに、スタートアップとの共創を目的とした大規模チームを組成。執行役員をチームリーダーとする「共創チーム」で、新規事業開発などを推進している。

 

③については、ダイバーシティ&インクルージョンの環境整備と対話の促進に取り組んでいる。同グループは、心理的安全性の高い職場づくりに向けて、対話の際には「安全な場所宣言」から始め、「目的を設けない」「結論を求めない」「傾聴する」「人の発言を受けて発言する」「人の意見を否定しない」「間隔を置いて熟成させること」を基本ルールとして浸透させてきた。また、全社的なダイバーシティへの意識醸成として、誰もが持ち合わせている「思い込み」や「偏見」を自覚するため、社長・役員・管理職から一般社員まで、外部講師によるアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)研修を受講している。

 

また、社内横断プロジェクトとして「ジェンダーイクオリティプロジェクト」を発足。性別に関係なく、全ての社員が自分の可能性にチャレンジできる企業文化実現に向けた取り組みを進めるとともに、性別役割分担意識の見直し度合いをはじめとした指標を設定・開示し、進捗の見える化と、施策への反映を行っている。

 

 

人的資本経営にはトップのリーダーシップとエンゲージメントが不可欠

 

事例2社の取り組み内容の共通点は2点ある。

 

第1に、いずれの企業も明確なトップメッセージが発信されていることである。単なる人材戦略ではなく、トップの強いリーダーシップの発揮により、人材戦略が経営そのものとして機能・連動している。人的資本経営を経営戦略として展開するためには、中長期ビジョンを描き、その実現に向けて戦略的かつ継続的に人事施策を展開していく必要がある。まさに「戦略人事」の思考である。

 

また、実施プロセスにおいては、試行錯誤を繰り返しつつも、正しい現状認識と経営者の強い意思決定が不可決となる。人的資本経営とは、何らかの施策を単発的に行うことではなく、経営技術そのものだからだ。

 

さらに、経営者の意思決定を現場で推進するには、経営者の意思を理解した戦略リーダー(次世代経営者)が必要である。経営と現場をつなぐ戦略リーダーをどれだけ輩出できるかという「経営人材育成力」が、今後の人的資本経営を左右するだろう。

 

第2に、エンゲージメント重視の姿勢である。事例2社はいずれも人材を資本として捉え、企業価値を向上させるためにエンゲージメントの調査結果をオープンにし、社内外のコミュニケーション(対話)に生かしている。

 

これまでは「社員満足度調査」で社員の声を把握する企業が多かった。しかし、エンゲージメントは満足度ではなく、自社のビジョンに共感し、主体的に取り組むエネルギー源である。個人のベクトルと組織のベクトルを一致させ、エンゲージメントを高めるには、経営者のトップメッセージ発信と現場の対話という双方向コミュニケーションが必要だ。これが「共感型リーダーシップ」である。

 

そして、双方向コミュニケーションを実現するには、経営者だけでなく現場にもエンゲージメントスコアをオープンにし、社員の声を吸い上げる必要がある。どうすればエンゲージメントが向上するのか、課題の解決策を共に考えることで、参画意識も高めていくことができる。

 

今回、人的資本経営について2社の事例を考察した。しかし、理念・パーパスが異なる以上、これらの手法・施策をまねしても、自社で同じ効果は得られない。どのような手法・施策を行うかは、自社の実態に応じて取捨選択すべきである。

 

 

【図表2】事例企業の取り組み内容と人的資本経営の3つの視点と5つの要素

 

 

ただ、まねることができる点もある。事例2社の共通点である「企業価値の向上に対する経営者の強い意思決定」と、「エンゲージメントを軸とした社内外の対話」だ。まずは、自社の理念・パーパスを明確にし、経営者のリーダーシップと社員との対話を通して人的資本経営を実現し、持続的な成長へとつなげる経営に期待したい。

 

 

 

 

 

 

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Profile
古田 勝久Katsuhisa Furuta
タナベコンサルティング HRコンサルティング部 本部長代理。自動車部品メーカー、食品メーカーの人事部門での採用・人材育成・人事労務業務を経て、タナベ経営(現タナベコンサルティング)へ入社。現場で培ったノウハウをもとに、戦略的な人事・組織の実現に向けて経営的視点からアプローチし、上場企業・中堅企業の成長を数多く支援している。著書に『経営者のための「戦略人事」入門』(ダイヤモンド社)。
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