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【特集】

グローバル戦略

内需縮小、グローバリズムの進展、DE&I(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)の浸透などを背景に、日本企業が海外マーケットに挑む必然性は高まり続けている。ESG(環境・社会・ガバナンス)、DX、クロスボーダーM&Aといった課題が山積し、海外戦略のかじ取りが難しい局面に立たされる今、日本企業はいかに戦うべきか。成長戦略のポイントを解説する。
メソッド2022.12.01

グローバル戦略概論:村上 幸一

グローバル戦略フレームワークのイメージ

 

 

グローバル戦略フレームワーク

 

経営学の一分野として、グローバル経営に関してもさまざまな分析や検証がなされている。ここではその代表的な戦略フレームワークを紹介したい。

 

前述のように、企業価値向上の最適解として、諸外国にまたがるバリューチェーンを構築した場合、全ての企業がコーポレートレベルでのグローバル経営の課題に直面することになる。それは、本国による集権化マネジメントの限界である。

 

そうかといって、各国への権限移譲を進め、分権化していくとガバナンスやシナジーなどのマネジメントが困難になる。つまり、集権化と分権化のジレンマである。本国から遠く離れているからこそ、より厳格なマネジメントが必要な半面、商慣習も文化も異なる外国の現地法人に対して本国のマネジメントを強化すると硬直的となり、現地への適応ができず、事業と組織両方の運営に歪みが生じてしまう。

 

実際、集権化による失敗事例もあれば、分権化による失敗事例もある。C.K.プラハラードとイブL.ドーズは、その課題と対応策を「グローバル統合(Integration)・ローカル適応(Responsiveness)のI-Rフレームワーク」としてモデル化した。さらに、この分析フレームワーク(縦軸にグローバル統合への圧力、横軸にローカル適合への圧力)をベースとして、C.A.バートレットとS.ゴシャールはその4象限に適した組織経営を提唱している。(【図表4】)

 

 

【図表4】I-Rフレームワーク

I-Rフレームワーク

出所:Bartlett & Ghoshal(1989)よりタナベコンサルティング作成

 

 

すなわち、I-Rともに低い場合をインターナショナル型、Iが低くRが高い場合をマルチナショナル型、反対にIが高くRが低い場合をグローバル型、そしてI-Rともに高い場合をトランスナショナル型とした。

 

❶インターナショナル型

 

グローバル統合やローカル適応による経済的効果が限定的であることから、中核技術や能力、ナレッジを本国で開発・保有し、そのノウハウを他国に展開するモデル。

 

❷マルチナショナル型

 

グローバル統合よりもローカル適応の圧力が強く、経済的メリットが高いことから、各国の企業が独自で経営機能を保有・発展させていく分散型モデル。規模の経済やシナジー効果は希薄。

 

❸グローバル型

 

グローバル統合によって規模の経済性やシナジーを追求することが可能であることから、本国本社に中核技術や資産を集中させ、戦略も統一化する中央集権モデル。他国の企業は本国本社が決めた戦略を遂行することが主活動となる。

 

❹トランスナショナル型

 

グローバル統合とローカル適応を高度な次元でバランスさせる理想的なモデル。中核能力や資産、ノウハウなどは各国に分散され、相互に連携しながら、多国籍企業としての価値を最大化する。「理想的」という記載の通り、実現の難易度は非常に高い。

 

前節のバリューチェーンと併せてこのI-Rフレームワークを俯瞰すると、自社の属する業種・業界およびそのポジション、今後の戦略を踏まえ、自社にとっての最適なグローバル経営を指向できる。また、その最適な姿と現状との差異が明確になれば、改善の方向と具体策のコンセンサスも自然かつ合理的に得られるようになり、グローバル経営の推進力が向上する。

 

 

グローバル経営リーダーシップ

 

【図表4】で主な4つのグローバル経営が分かりやすく提示されているが、グローバル統合の必然性が低いインターナショナル型やマルチナショナル型経営においても本国の求心力は必要不可欠である。逆説的に言えば、ローカル適応型のグローバル組織だからこそ本国の適切なリーダーシップがより必要になる。

 

文化や習慣、価値観が異なる諸外国に対するリーダーシップの中枢となるものが経営理念である。近年は経営理念をよりグローバル経営に資する形で、MVV(ミッション、ビジョン、バリュー)という形で展開したり、事業の多角化に沿う形で、経営理念とともに各事業の事業理念を定めたりしている。

 

どのような理念体系が適切かは企業の歴史や特性によってさまざまであるが、経営理念はグローバル経営のリーダーシップとマネジメントの鍵となる。理念をクレドという形で明文化しているジョンソン・エンド・ジョンソンやP&G、ザ・リッツ・カールトンなどはグローバル経営の先駆者であり、モデルとしてその重要性を体現している。理念というグローバル統合の求心力にローカル適応という遠心力を利かせて、世界規模での企業価値向上を図る。

 

本国本社が組織機能としてリーダーシップを発揮すると同時に、それを諸外国でも体現する人材がグローバルリーダーである。グローバル展開において、グローバルリーダーの存在は欠かせない。グローバル人材の必要性は企業経営にとどまらず、日本の国家戦略としても重要であることから、産官学それぞれでその取り組みを強化している。能力の問題というよりもマインドとして、島国である日本は地政学的にもグローバル人材を輩出しにくい環境にある。

 

よく誤解される傾向にあるが、「グローバル人材」は決して英語が得意というオペレーションレベルの話ではない。もちろん世界共通語と称される英語が話せれば良いが、そうした人材がグローバル人材やグローバルリーダーというわけではない。グローバルリーダーの要件は次の6点に要約される。(【図表5】)

 

 

【図表5】グローバルリーダーの要件

グローバルリーダーの要件

出所:タナベコンサルティング作成

 

 

❶使命感の共有

 

経営理念の実践者であり、伝道者であること

 

❷柔軟性

 

既存の価値感や習慣にとらわれない臨機応変なマインド

 

❸寛容性

 

異文化や異世界の多様性を受け入れることのできる感性

 

❹積極性

 

新しい土地において自らゼロベースで行動を起こす実践力

 

❺コミュニケーション能力

 

(外国語よりもむしろ)正しい母国語で円滑なコミュニケーションが取れること

 

❻アイデンティティー

 

自分が生まれ育った国をベースとした確固たるアイデンティティーを有すること。そして、それに付随する文化的素養や教養を備えていること

 

本稿は、グローバル化の背景、グローバル戦略の本質的目的、バリューチェーン展開、組織経営、そしてそれを実践するグローバルリーダーについての概論として執筆した。今後の各企業のグローバル戦略の参考になれば幸いである。

 

 

グローバル戦略概論を語る村上幸一

 

 

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Profile
村上 幸一Koichi Murakami
タナベコンサルティング 執行役員 ストラテジー&ドメイン東京本部 本部長。ベンチャーキャピタルの投資先スタートアップ企業において、豪州現地法人の設立からマネジメントまで、また米国大学発ベンチャー企業の日本市場調査、開拓および事業性評価など主に海外ベースの案件を多数経験。タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社後もその豊富な経験を生かし、中国生産現地法人の再建支援、ASEANエリアのサプライヤー開拓戦略立案、多国籍で展開する専門商社の経営アドバイザー、M&Aにおける海外事業のビジネスDD(デューデリジェンス)の統括など多種多様な実績を有する。
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