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【特集】

グローバル戦略

内需縮小、グローバリズムの進展、DE&I(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)の浸透などを背景に、日本企業が海外マーケットに挑む必然性は高まり続けている。ESG(環境・社会・ガバナンス)、DX、クロスボーダーM&Aといった課題が山積し、海外戦略のかじ取りが難しい局面に立たされる今、日本企業はいかに戦うべきか。成長戦略のポイントを解説する。
メソッド2022.12.01

グローバル戦略概論:村上 幸一

 

 

グローバル経営の発展
バリューチェーン・インサイト

 

企業が本国から越境して諸外国とビジネスを行うことから、グローバル経営はスタートする。そのスタートは、販売あるいは製造が起点となる場合が多い。

 

販売起点の場合、自社製品の海外への輸出からスタートするが、その輸出も商社を経由する間接輸出と自社で自ら輸出する直接輸出に大別される。間接輸出は取引相手が自国の商社であるため、グローバル経営を考慮する必要はほとんどないが、直接輸出の場合、自社が当事者となって諸外国とビジネスを行うため、グローバル経営に向き合う最初のステージに上がることになる。

 

そして、戦略の拡大とともに、外国の代理店を通じた販売から現地法人を設立し、自社で販売する形態に発展していく。その後、さらなる販売の拡大によって、自国で生産したものを輸出するコストや出荷スピードを考慮した上で、現地生産へと経営機能を拡張させていくことも多い。

 

また、工場などの生産機能を有すると、現地の従業員数も増えるため、スタッフ組織として経理財務だけでなく人事労務も補強する必要が生じる。これによって、仕入れ・調達から製造、販売というバリューチェーンの大部分が現地法人で完結するようになり、さまざまなグローバル経営の課題に対応することになる。

 

他方、製造起点の場合、外国の豊富な資源や安価な労働力を利活用することによって競争優位性を確保し、本国へ輸出するパターンと、大手取引先の要請で日本と同じような階層構造とサプライチェーンを構成するため、サプライヤーとして進出するパターンが一般的である。

 

この場合、現地法人が独資による完全子会社のパターン、現地企業との合弁のパターン、委託契約のパターンなど、進出形態よってメリット・デメリットが異なり、向き合うべき経営課題も異なる。

 

それ以外にも、先端技術やノウハウの取得を目的に、米・シリコンバレーやイスラエルなどに研究開発拠点だけを設立するケースもある。このほか、特許技術やデザインなどのライセンシング、ビジネスモデルやノウハウを活用するフランチャイジングなども、国境を越えてビジネスを展開する際の有効な手段である。

 

これらのグローバル展開アプローチは、企業が付加価値を創出する一連の活動を描いたバリューチェーン視点で検証すると分かりやすい。事業展開における経営機能ごとに、本国から外国へのアウトバウンド・アプローチと、外国から本国へのインバウンド・アプローチに大別し、自社が属する業界や業種、状況に応じて、どこからスタートするのか、あるいはどこを深化させていくのかが展望できる(【図表2】)。当然のことながら、自社の現状のポジションおよび未来の戦略によって、業界が同じだったとしても、グローバル・バリューチェーン展開の最適解は異なる。

 

 

【図表2】バリューチェーン別グローバル戦略

バリューチェーン別グローバル戦略

出所:タナベコンサルティング作成

 

 

 

グローバル戦略における意思決定クライテリア

 

【図表2】のバリューチェーン別グローバル戦略では、アライアンスから現地法人設立まで間接投資・直接投資を織り交ぜて一覧化している。だが、最も重要な意思決定は直接投資・現地法人設立に踏み切るかどうかである。一般的に海外は、どの国においても文化や商慣習、法律などあらゆるものが本国とは異質であり、島国で独自の文化を醸成してきた日本人からすると、なお一層の隔たりを感じることになる。つまり、海外進出は物理的にも社会・文化的にもアウェーなエリアでのビジネス遂行となるため、多くの障壁がデフォルトで設定されていると言える。

 

その逆境にあえて踏み込む意思決定の価値判断基準として英経営学者、ジョン・H・ダニング氏の「OLIパラダイム」と、『コークの味は国ごとに違うべきか』(文藝春秋)の著者として有名な米経済学者、パンカジ・ゲマワット氏の「ADDING価値スコアカード」の要点を記載する。(【図表3】)

 

 

【図表3】海外進出における戦略的意思決定のクライテリア

海外進出における戦略的意思決定のフレームワーク

出所:John H. Dunning(1979)、Pankaj Ghemawat(2007)よりタナベコンサルティング作成

 

 

OLIとは、所有(Ownership)、立地(Location)、内部化(Internalization)という3つの要素において、海外進出の際にその優位性を確保・強化することができるかどうかという価値判断基準である。つまり、O視点は、現在所有している経営資源や技術、ブランド、ノウハウなどが、海外進出した先において逆境を突破できるだけの優位性を有しているかどうか。L視点は、進出先の国・地域が魅力的な市場や技術基盤、天然資源、安価な労働力などを有しているかどうか。I視点は現地の経営資源や設備、ノウハウなどを自社の内部に取り込むことで付加価値を増大できるかどうか、という根本的な問いとなる。

 

ADDING価値スコアカードは、海外進出の目的・メリットとして、販売数量の増大(Adding Volume)、コストの低減(Decreasing Cost)、差別化(Differentiating)、業界魅力度の向上(Improving Industry Attractiveness)、リスクの平準化(Normalizing Risk)、知識の創造(Generating Knowledge)の6つの要素で整理し、それぞれの頭文字をつなげて提唱されているモデルである。

 

販売数量の増大やコストの低減などは、企業の業績や損益計算書上に直接表れることもあり特筆すべき視点ではないが、差別化や業界魅力度の向上などは競合他社とのポジショニングやゲーム理論のような視点が盛り込まれているため、深いインサイトを与えてくれる。また、リスクの平準化はサステナブル経営の前提となるポートフォリオ設計を、知識の創造は最先端地域や産業クラスターなどにも戦略的思考がつながっていく。

 

OLIパラダイムとADDING価値スコアカードは、海外進出の意思決定において考慮すべき視点を網羅的に提供してくれるため、実務においても有効に活用できる。

 

 

※criteria:判断基準

 

 

 

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Profile
村上 幸一Koichi Murakami
タナベコンサルティング 執行役員 ストラテジー&ドメイン東京本部 本部長。ベンチャーキャピタルの投資先スタートアップ企業において、豪州現地法人の設立からマネジメントまで、また米国大学発ベンチャー企業の日本市場調査、開拓および事業性評価など主に海外ベースの案件を多数経験。タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社後もその豊富な経験を生かし、中国生産現地法人の再建支援、ASEANエリアのサプライヤー開拓戦略立案、多国籍で展開する専門商社の経営アドバイザー、M&Aにおける海外事業のビジネスDD(デューデリジェンス)の統括など多種多様な実績を有する。
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