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【特集】

事業承継 EXIT PLAN

親族内承継のほか、ホールディング経営、IPO(株式上場)、MBO(役員陣による株式買取)、M&A(株式売却/事業譲渡)といったスタイルで第三者へ承継し、自社の企業価値を次代につなぐ企業が増えている。持続的に成長する「出口戦略」としての事業承継メソッドを提言する。
2022.01.05

M&Aで農業の支援体制を強化:イノチオホールディングス

山陰地方で農薬や農業資材、種苗を販売しているランドサイエンス。後継者難からイノチオが事業承継した(左)
オランダのフローリテック社は、贈呈用の洋菊などの品種開発で高い世界シェアを持つ(右)

 

目指す姿を現実に変えていく「VPMマトリックス」

 

持続的な成長に向け、M&Aをいかに経営戦略に落とし込むか。その鍵は、「ミッション・ビジョンと現状の経営のギャップを埋め、達成へと導くことにある」と金田氏は指摘する。

 

イノチオHDは、「地域で一番頼りになる農業総合支援企業を目指す」ことをミッションとし、「2030年に売上高1000億円」をビジョンに掲げる。2015年にHD体制のグループ経営にかじを切り、2021年から事業ポートフォリオを「プラントケア、フラワー、アグリ、ファーム」の4つのビジネスユニットに再編。

 

さらに、既存・関連事業の成長パターンやシナジー、新規事業の可能性などM&A戦略の目指す姿を描き出し、現実に変えていくツール「VPMマトリックス」を活用している。

 

「社内でも限られたメンバーにだけ共有しています。マトリックスに集約すると、現状と伸びしろ、M&Aのターゲットを整理しやすくなります。農薬・肥料販売のプラントケアはエリア戦略、農業用資材のアグリはエリア&バリューチェーン拡大のミックス戦略。フラワーは製品ランナップ戦略。金融機関や仲介企業にM&A戦略を伝える資料にもなって、候補企業の紹介を得るのに役立っています」(金田氏)

 

2018年に譲り受けた有機肥料メーカーである川合肥料は、商品力や愛知・静岡エリアでの販売競争力が高く、VPMマトリックスに当てはまる候補としてメガバンクから紹介を受けた。ライバルに奪われないよう防御的な判断もあったが、M&A後はグループ企業のイノチオプラントケアに農薬販売を統合し、有機肥料に専念することでシナジーを発揮。また、2020年に譲り受けたランドサイエンスも、後継者難で事業承継を検討していることを知り、グループインした。

 

VPMマトリックスを組織的に生かすため、同社では2016年にM&Aの専門部署である経営企画室を発足。経営企画室のメンバーはM&Aの導入フェーズを担当し、案件検討が進むと各ビジネスユニットの役員クラスも参画する。金田氏が培った個のノウハウが「仕組み」になって、次代へ持続可能な経営力として定着しつつある。

 

「属人化すると依存リスクは高まりますし、専門部署がないと社内で“お見合い”が生じます。『どっちがやるのだ』と。担当を明確にした方が進めやすく、また多様なノウハウも蓄積しやすくなりました」(金田氏)

 

仲介企業と対等に、専門的な意見交換ができる人材の育成に力を注ぎ、その難しさを実感する金田氏。M&A担当としての個人の適性は、経理や財務、経営企画の経験以上に大事なことがあるという。

 

「私の経験として最も役立っているのは、人事のキャリアです。M&Aは、買い手が強くて有利と思いがちですが、それは大間違い。就職活動中の学生のように、売り手も複数の候補企業からしっかりと吟味して選びます。また、PMI(経営総合)のスキームにおいても、そのような上から目線では誰も付いてこないでしょう。

 

M&Aを始めるに当たり、M&Aの専門部門の人材を社員から抜擢するなら、相手を思いやる気持ちを持ち合わせている方、つまり、人間力がある方をお勧めします」(金田氏)

 

 

※Value chain,Product,Marketの頭文字

 

 

 

「100日プラン」で流儀を定着させる

 

売り手としては5案件(5社)、買い手としては16案件(26社)の実績がある金田氏。投資に見合う回収に目が向くM&Aだが、その本質の1つに「人と時間(を要するプロセス)を買うこと」を挙げる。

 

PMIでは、必ずマネジメント層の社員を常駐させて、フィロソフィーなど「イノチオの流儀」の定着を目指す。その第一歩が、売り手側の社員とともに作成する「100日プラン」と発表会だ。どのような事業シナジーを発揮するかを確かめ合う発表会の場は、「イノチオグループ」に姿を変え、未来を共創していく号砲でもある。

 

「大事なのは、事業再生はなるべく早く、事業承継は急ぎ過ぎず、一方的な押し付けにならないこと。今すでにお客さまや農業、世の中に役立っている企業に対し、『イノチオと一緒になってもっと貢献しましょう』『社員が成長できます』と示すアプローチが必要です。売り手企業の負い目を払拭できない限り、成長を続ける事業承継は難しいでしょうね」(金田氏)

 

グループ経営の「成長エンジン」と位置付けるM&A戦略には、今後、社会情勢や農業ビジネスの変革を見据えたターゲット選定が必要になる。

 

「2050年のカーボンニュートラル実現に向け、化学農薬を半分に、化学肥料も30%カットという政府方針が示されました。マーケットは半減し、現状維持はあり得ないということです。一方で、化学的でない植物由来の害虫駆除商品にはチャンスが生まれ、M&Aやアライアンスのターゲットになっていきます。

 

農薬、肥料、農業資材。日本ではどのマーケットも間違いなく縮小し、事業承継の際に廃業を考える企業は増えていきます。業界再編は必須で、M&Aは避けては通れません。だからこそ、イノチオと一緒になれば持続的にお客さまや地域へ貢献できる企業を、譲り受けていけたらと考えています」(金田氏)

 

見据える視線は海外にも広がる。すでに2社のM&Aを実現し、オランダ・フローリテック社は贈呈用の洋菊などの品種開発で世界シェアが高い。葬儀用の和菊が中心のイノチオ精興園と「和洋」「祝祭」の組み合わせでシナジーを発揮し、キクの世界シェアトップを狙う挑戦が始動している。

 

買い手と売り手、それぞれの立場を想定する企業へ、金田氏は次のようにアドバイスを送る。

 

「売り手は、永続できる企業に譲り渡すこと。買収後すぐに再譲渡するような会社では、社員が不幸になります。買い手側の企業は、売り手側の企業と同じ目線に立つことです。

 

いずれにせよ、どちら側の企業にも共通して見極めるポイントとなるのは、『経営スタイルや社風が合うか』です。私はトイレや倉庫、マナーにも必ず目を配ります。これから一緒に働くかもしれない社員の姿が、そこに表れていますから」(金田氏)

 

 

※M&A合意後におよそ100日間で策定する売り手側企業の中期事業計画

 

 

どのマーケットも縮小し、廃業を考える企業は増えていきます。
業界再編は必須で、M&Aは避けては通れません

イノチオホールディングス 常務執行役員 財務・M&A担当 金田 良弘氏

 

 

PROFILE

  • イノチオホールディングス(株)
  • 所在地:愛知県豊橋市向草間町字北新切95
  • 創業:1909年
  • 代表者:代表取締役社長 石黒 功
  • 売上高:309億円(グループ計、2021年3月期)
  • 従業員数:1044名(グループ計、2021年5月現在、派遣社員・パート・アルバイトを含む)

 

 

 

 

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