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DXビジョンを策定・推進しよう

企業が価値を提供し続けるため必須となったDX。デジタル領域で価値発揮するビジネスモデルの再構築だけでなく、外部環境変化に対応できるシステムや組織への全社変革が求められる。「自社が何を目指すのか」というビジョンからDX戦略を策定し、実現に向けた改革テーマへ落とし込むメソッドを提言する。
2022.11.01

現場発想のDXで社会課題を解決。輸送事業をアップデートする取り組み:日立物流

 

出所:日立物流ウェブサイトを基にタナベコンサルティング作成

 

 

運行中の疲労や運転行動をリアルタイムで見える化

 

DX施策の例として、同社が開発した輸送デジタルプラットフォーム「SSCV」(Smart&Safety Connected Vehicle)を挙げてDXのプロセスを見ていきたい。

 

SSCVは、業務効率化とコンプライアンス強化のソリューション「SSCV- Smart」と、安全を追求したソリューション「SSCV- Safety」、車両の一元管理や点検・整備の最適化を実現するソリューション「SSCV- Vehicle」という3つのソリューションから成り立つサービスである。

 

中でも、中心となるのがSSCV-Safetyだ。「キャッチコピーは『すべての運ぶに安全を』。事故を未然に防ぐことが最大の目的であり、輸送事業者の使命である安全の確保を意識して開発しました」と南雲氏は説明する。

 

開発のきっかけは、ある事業所で立て続けに起きた3件の事故だった。幸い、どれも人的被害のない事故だったものの、一歩間違うと大事故につながる可能性もあった。

 

なぜ、事故は起こったのか? ドライブレコーダーの解析や勤務記録などを確認したところ、ある共通点が浮かび上がった。それは、ノーブレーキで前方の車両に接触していること。ドライバーは長時間労働をしておらず、乗車前点呼においても問題がなかったこと。さらに、事故直前の映像を見る限り、ドライバーはしっかりと前方を向いて運転していることだった。

 

一方、ドライバーへの聞き取り調査をしたところ、親の介護で慢性的な疲労状態にあったり、家族が闘病中だったりと、疲労やストレスを抱えていたことが分かった。

 

「調査によって、事故の原因は注意力や集中力が低下した状態での漫然運転※3にあると分かりました。ただ、通常の乗車前点呼ではドライバーの慢性疲労やストレスまで見抜くことはできませんし、ドライバーも自分のそうした状態に気付かないことも多い。ここから、漫然運転を防ぐシステムの開発がスタートしました」(南雲氏)

 

システム開発のポイントは、乗車中のドライバーの危険行動や体調変化、疲労をリアルタイムで可視化すること。2016年から産学官連携で疲労と事故リスクの相関性を解明する共同研究に着手する一方、自社トラック1300台と1500名のドライバーの協力を得て、トライ&エラーを繰り返すアジャイル型で開発を進めていった。現在、SSCV-Safetyは日立物流グループの2300台の車両に導入されており、漫然運転防止に対する高い効果が確認されている。

 

「従来は営業所を出発したら事故の予防はドライバー任せでしたが、これからは、IoTやAIを活用しながら、会社が組織的に漫然運転の予防に取り組むことが大事だと考えています」(南雲氏)

 

実際に、SSCV-Safetyの導入以降、同社における漫然運転に起因する事故は0件を更新中であり、事故の背景に潜むヒヤリハットの総発生件数についても導入当初に比べて94%減少した。

 

さらに、安全運転の徹底はエコドライブにもつながるので温室効果ガスの排出を削減できるほか、燃費が7.4%アップするなどコスト面でも効果を上げている。事故による車両の整備費用や燃料費、教育効果なども含めると、自家車両1台当たり毎月9000円のコスト削減につながると同社は試算している。

 

加えて、南雲氏はSSCV-Safetyの最大のメリットを次のように話す。

 

「DXによって今まで見えなかったものを可視化したことで、ドライバーの公正な評価が可能になりました。また、データが共有されることにより、運行管理者が適切なタイミングで声掛けできるようになり、ドライバーと運行管理者が真のパートナーとして安全に取り組んでいこうとする組織風土ができています。これはSSCV-Safetyの本当に大きなメリットだと思います」

 

 

DXを通して持続可能な物流の実現を目指す

 

現場ドライバーの経験や知恵が詰まったシステムを構築し、リアルタイムのデータを共有しながら組織的に安全の確保に取り組んでいく。こうした仕組みに関心のある輸送事業者からの問い合わせも増えており、SSCV-Safetyの導入は全国に広がっている。

 

南雲氏は今後の展開について次のように話す。

 

「SSCVはオープンイノベーションで開発してきたソリューションです。引き続き、パートナー企業や異業種の企業も一緒に、オープンな協創によってさらに価値を高めながら社会の発展に貢献するプラットフォームにしていきたいと考えています」

 

課題が山積する業界を持続可能な物流へ。日立物流はDXを通して、社会インフラとしての物流の発展に今後も寄与していく。

 

 

出所:日立物流ウェブサイトを基にタナベコンサルティング作成

 

 

 

COLUMN

ドライバーを加害者にも被害者にもさせない

 

SSCV-Safetyの特徴は、「予測する」「見守る」「振り返る」という3つの機能にある(上図)。まず、出発前にドライバーの体調や疲労を測定し、ドライバーごとのリスクを検知するのが「予測する」。「見守る」は、走行中の危険運転や法令違反をリアルタイムで検知してドライバーに音声アナウンスで知らせたり、疲労が高まった状態を検知して注意喚起したりする機能を備えている。

 

最後の「振り返る」は、帰着後すぐに当日のヒヤリハットが自動で再生される機能。その日のうちにドライバーが危険な箇所や運転を確認することで学習効果が高まるだけでなく、運行管理者も情報を共有するため、他ドライバーの安全教育にも役立つなどメリットは多い。

 

SSCV-Safetyの目的は「ドライバーを加害者にも被害者にもさせない」(南雲氏)こと。同社のDX戦略の根底に貫かれているのは人への思いである。

 

 

 

日立物流 営業統括本部 DX戦略本部 スマート&セーフティソリューションビジネス部長
南雲 秀明氏

 

 

PROFILE

  • (株)日立物流
  • 所在地:東京都中央区京橋2-9-2 日立物流ビル
  • 創業:1950年
  • 代表者:代表執行役社長(COO) 髙木 宏明
  • 売上高:7436億1200万円 (連結、2022年3月期)
  • 従業員数:4万5681名 (グループ計、2022年3月現在)

 

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