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建設テック

「Construction(建設)×Technology(技術)」の融合で、建設業の生産性向上と技術革新を図る動きが活発だ。AI 活用やドローン 3D測量、XRなどの最新技術を建設現場に全面導入し、土木・建築・設計の常識を覆しつつある事例を紹介する。
2020.01.31

BIMが建物の資産価値をさらに高めていく:安井建築設計事務所

自然通風換気が有効な状況を表示
知的生産性に影響するCO2 濃度も評価

 

 

顧客との長年にわたる良好な関係がBIMの基盤

 

こうした歴史的経緯の中、安井建築設計事務所は2000年から、かなり早い段階でBIMに関する情報収集へ取り組んできた。さらに、2005年には実プロジェクトにおいてBIMの採用と試行を検討している。同社の代表取締役社長である佐野吉彦氏は、「2006年当時、米国の建築家協会の大会に参加した際、BIMのブースが熱気に包まれていたことをきっかけに、社内での本格導入を決意しました」と述べている。

 

今後の可能性に着目し、リーディングカンパニーとしていち早く導入を進めてきたことが功を奏し、現在では基本設計の約9割、実施設計の約7割でBIMを導入している。

 

導入に早い段階から組織を挙げて踏み切った理由の一つとして、同社の経営姿勢も挙げられる。

 

「創業95年の当社では、戦前に設計した大阪倶楽部や大阪ガスビル、東京日本橋の野村證券本社ビルなどが今なお現役で活躍しています。建物が継続して使用されているということは、お客さまとの関係もそれだけ長く続いているということです。

 

長い年月における関係の中では、設計側として時代の要請に常に応えていく必要があります。その点、BIMは設計から施工、維持管理に伴う情報を残すことができ、建物のライフサイクルの観点からお客さまにとって利点が多いのです。これから先も末永くお取引をさせていただく上でも、BIMが果たす役割は大きいと言えます」(佐野氏)

 

 

ライフサイクルコストの低減に向けた挑戦

 

安井建築設計事務所は、オフィスビルに加えて空港や駅など、交通インフラに関わる大型施設の設計も多く手掛けている。このような施設は時代ごとに改修や増築などが行われるため、工区ごとの履歴を情報として残すことが欠かせない。その点、BIMは有効な手段の一つとなる。

 

また、大型の商業施設などではテナントの出入りが頻繁に発生する。退店に伴う原状復帰と新店の内装を早期に行う必要が生じるのに対して、「BIMの情報に基づく運営管理を適切に行うことで、よりスピーディーな対応ができるとともに、店舗入れ替えのコストも下げることが可能」と佐野氏は指摘している。

 

さらには、工場や倉庫などの施設を保有する企業にとっても、長期にわたる運営管理のコストを減らすことにつながる。

 

「BIMは、建材パーツの情報収集などにコストがかかると思われがちですが、必ずしも全ての情報を集める必要はなく、あくまで維持管理の視点から目的を定めて取り組むことで、過大なコストをかけずにBIMの利点を得ることができます」(佐野氏)

 

これまで曲折はあったものの、業界に先んじてBIMに取り組んできたことで、同社では運用のノウハウを蓄積してきた。現在、自ら作成したBIMによる設計マニュアルは80ページにも及ぶ。また、社内の教育システムを充実させBIMによる設計の体制を構築することで、社内では実労働時間の短縮も可能にした。実際、2D設計の時代と比較し、実施設計においては40%もの時間短縮を実現しているという。

 

今後、BIMはどのように発展し、建築界を変えていくのだろうか。リーディングカンパニーの同社であっても「取り組みは道半ば」とのことだ。しかし、佐野氏はBIMのワークフローを着実に進める中で、建築設計事務所としての大きな可能性を実感している。それは、設計および監理業務の枠を超えた、建築主に対する提案を基盤としたBIMプロセスだ。

 

現在のBIMは、設計段階におけるデザインや計画、完成イメージの共有、さらには監理におけるコストマネジメントや発注金額の透明化が主な目的となっている。これに対して、同社が目指すのは設計の上流工程および監理の下流工程の両方における提案業務の広がりである。

 

上流に関しては、設計の前段階における事業計画や経営判断に対して、建築主の目線からの提案が可能になるという。さらに、下流に関しては施工後の建物の運用や保全に関する提案を行うことができる。これらは結果的に建物のライフサイクルコストの低減を実現することにつながる。そして、ライフサイクルコスト全体の約8割を占める点検や保守、修繕、改善、水道光熱費を低減できる設計を提案していくことで、建築主に大きなメリットをもたらすとともに、同社の持続的成長を目指していくことができる。

 

 

景観シミュレーションによる景観・建物ボリューム検討

 

 

周辺環境を含めた温熱環境シミュレーション(CFD 解析)

 

 

統合BIMモデル(フルBIM)を活用し、設計段階で収まりや干渉がチェック可能に

 

 

「BuildCAN」による建築界へのさらなる貢献

 

BIMを活用した経営戦略の具体的な取り組みが、施設マネジメント、「BuildCAN(ビルキャン)」だ。これはIoTによる環境センサーとBIMのモデルを連携させた、日本初の施設維持管理のためのマネジメントシステムである。BIMモデル(建物データベース)を蓄積したBuildCANのサーバーを、インターネットを通じて建築主やビル管理会社などとつなぎ、データを共有することで点検や保守、中長期修繕計画などに役立てていく考えだ。

 

安井建築設計事務所によると、これまでの実証試験を通じて、保全・修繕・更新費用が従来の手法に比べて約10〜20%削減可能であるという。加えて、IoTによる環境センサーの情報を活用し、自然通風換気を導入することで、1日当たり最大60%程度の空調エネルギーを削減できる。

 

また、建物の維持コスト低減を図るだけでなく、建物内の快適さの向上につなげていくことも可能だ。例えば、オフィス内の自然通風換気による温度や湿度、照度などをきめ細かく設定でき、さらには室内の二酸化炭素の濃度を観測・調整することで、室内で働く人々の知的生産性を高めることができる。

 

佐野氏は、「今後、BIMの技術を着実に磨いていくとともに、BIMを活用した商品を開発することで新たな成長ステージを目指していきたい。BIMは建物にとどまらず、都市を含めた社会そのものを変えていく力を秘めています」と述べている。それは建物単体のBIMを超えて、街全体のBIM、さらには道路などのインフラで進めているCIM(Construction Information Modeling / Management)を統合した社会基盤のデータを総合的に活用することである。これらのビッグデータをAI(人工知能)システムで解析すれば、都市防災やセキュリティー、超高齢社会への対応に役立てることができる。

 

「これからの社会的課題の解決に向けて、BIMは限りない可能性を持つ」と佐野氏。同社が目指すのは、建築界、広くは建設産業全体の持続的成長に向けたさらなる貢献創造だ。

 

 

BIMは建物にとどまらず、都市を含めた社会そのものを変えていく力を秘めています

安井建築設計事務所 代表取締役社長 佐野 吉彦氏

 

 

PROFILE

  • ㈱安井建築設計事務所
  • 所在地 :大阪府大阪市中央区島町2-4-7
  • 創業 : 1924年
  • 代表者 : 代表取締役社長 佐野 吉彦
  • 売上高 : 61億円(2019年3月期)
  • 従業員数 : 355名(2019年12月現在)
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