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【メソッド】

21世紀のラグジュアリー論 イノベーションの新しい地平

ミラノ在住のビジネスプランナー安西洋之氏による連載。テクノロジーだけではなく、歴史や文学、地理、哲学、倫理が主導する21世紀の「新しいラグジュアリー」について考察しています。
メソッド2020.05.29

Vol.8 ラグジュアリー戦略は仕組みで勝負

 

欧州文化や社会と向き合い続ける

 

本連載でこれまで繰り返し述べてきたように、顧客体験や社会変化、あるいは環境保護への社会的責任といった面に対し、ラグジュアリー分野は影響力を発揮しやすいと考えられる。

 

しかも、「サステナビリティー」や「企業の社会的責任」がこの業界の核としてあるのは、消費者の期待に応えようとしているからだけではない。長い間、他分野の模範となるべきであることを、欧州文化・業界の社会意識のDNAとして育んできているからである。

 

その結果、二酸化炭素の排出量の削減、水や土地あるいは材料の有効利用、森林の保全といったことに対し、積極的に研究開発が行われている。同時に、サステナブルな小売りシステムや循環デザインにも目が向けられ、企業平均で年商の0.8%から1.5%が、このサステナブルなイノベーションのために投資されている。この割合は企業のサステナビリティー活動を測る米国のDJSI(ダウ・ジョーンズ・サステナビリティー・インデックス)の目安に使われている。

 

それだけではない。教育や文化とともに、体の不自由な人の受け入れや国籍や人種が多様であること、性における平等などが、社会変革を生む鍵として課題に掲げられている。

 

「優等生のように、そんなに何から何までできるのか?」との問いは当然ある。だが、ここに挙げたような点を無視すること、なかったように振る舞うことが許されないところで戦略を立て、実行することが求められ、また求められることを自らに任じているのである。

 

さらにいえば、この振る舞いは必ずしも保守的な文化を守ることとイコールではない。

 

例えば、ラグジュアリーには「エクスクルーシビティー(排他性)」という言葉が付いて回ってきた。ある特定のエリート層にしか所有できないモノであり、多くの人を寄せ付けない独自の高みにあるというスタンスである。

 

しかしながら、このスタンスは徐々に変わりつつある。なぜならラグジュアリーも他の領域の商品と同じく、物理的なモノやある特定の社会階層への帰属意識を満足させるよりも、感情(精神性)を提供することが増えてきたからだ。感情に排他性は似つかわしくない。感情は枠を越えていくものだ。

 

また排他性ではなく「インクルーシビティー(内包性)」が社会キーワードになり、それぞれの分野や階層をまたぐ意識が優先されるようになっているのも理由である。新しい時代の空気を吸っているのがよく分かる。

 

実際に実現できているかどうかではない。新しいモデルを生み出し、実現を目指していることに意味があるのだ。

 

連載4回目(2020年2月号)で紹介したフランスのラグジュアリー研究者、ジャン=ノエル・カプフェレ氏が実施した「ラグジュアリーの国際認知比較調査」によると、「ラグジュアリーとはイノベーティブである」と回答した人たちは、日本よりもフランスやドイツで多かった。「イノベーション」という言葉には、技術だけでなく社会的な意識も含まれている。それがここからも想像できる。

 

 

 

「エクセレントセンター」としての産業クラスター

 

ラグジュアリーの情報発信や教育のハブとしての都市と、生産を担う地域の産業クラスターが、いわば「エクセレントセンター」(最高のモノやコトに関わる拠点)として機能していることは前述した通りである。

 

産業クラスターには、最終製品を作る生産工場の他、素材や半完成品の供給源も含まれる。これらがある一定の地理的範囲に集まっているのだ。特定の材質や専門的な技術を核にしており、一般的なパターンとしては、ある程度の長い期間、業界のリーダー的存在である企業を中心に関係企業のネットワークが形成されている。ここで質の高い製品と人材が循環している。

 

このクラスターの中に入っている生産工場は、ナレッジやスキルを共有できるため、サステナブルな競争優位を獲得しやすい。このメリットは他では得られないものだ。

 

具体的に、その産業クラスターの一部を列挙していこう。「あそこか!」と思い当たる地名も少なくないはずだ。

 

自動車ではドイツのシュツットガルトやババリア、イタリアのモデナ、英国のオックスフォードシャー。家具はイタリアのブリアンツァ、ドイツのビーレフェルド。ガラスやクリスタルは、チェコスロバキアのボヘミア、イタリアのムラーノ島。宝石はドイツのプフォルツハイム。皮革は英国のノーザンプトンシャー、イタリアのフィレンツェ。刃物はドイツのゾーリンゲン。陶器はフランスのリモージュ、ハンガリーのヘレンド。ヨットはドイツのブレーメン、イタリアのトスカーナが挙げられる。

 

これら産業クラスターの中にあるナレッジやスキルを地理的に離れた場所に移転するのは、欧州の中であってさえかなり難しい。その理由は次のようになる。

 

①歴史やコミュニティーの文化に基づいたユニークで深いナレッジやスキルが競争優位の源泉であるため、他の地域でゼロからつくるのは難しいから(ヴェネツィアのガラスの歴史は13世紀にさかのぼる)

 

②素材の調達を、素材生産地との歴史ある付き合いや購買ノウハウに依存しているから(イタリアのビエッラは、他では得にくいテキスタイルを欧州外から仕入れることができる)

 

③ラグジュアリー領域と地理的あるいは関係として近いことにより、ブランド企業・産業クラスター・素材などのサプライヤーの間で、ナレッジやクリエーティビティー(創造性)を共有しやすく、信頼に基づく関係が構築できているから(ドイツのシュツットガルトでは、自動車を作るためのハードとソフトのノウハウを共有しやすい)

 

④上記③に基づいた、大量生産では対応できない、カスタマイズ可能な中規模生産を基盤に置いた柔軟性を得意とするから

 

⑤上記①に基づく前向きなイノベーション精神がクラスターを支えてきており、長期的な投資をする動機と熱意があるから(世界のメーキャップ市場の3分の2を供給するイタリアのロンバルディア州は年間売り上げの15%を開発に振り向けている。英国のオックスフォードシャーの自動車産業では年商の25%が研究開発向けで、オックスフォード大学の研究機関や研修プログラムと協力関係にある)

 

産業クラスターは、関係する企業体がたまたま同じ地域にあって成立しているのではなく、自らの特徴や強みをさらに発展させるために組合や協会という存在があってこそ機能する。例えば、フランスのシャンパーニュ地方におけるコミテ・シャンパーニュ(シャンパーニュ委員会)が、それに当たる。開発から販売促進まで含め、互いが助け合える環境を整えている。

 

 

 

 

 

高付加価値が評価を受ける仕組み

 

本稿で欧州のラグジュアリー領域の強みとして述べてきたさまざまな点が、時代とともに弱体化しているのは事実である。

 

並行輸出(正規代理店とは別のルートで真正品を輸出すること)や偽造品が出回ることによって、イメージと利益がダウンしていることは、長い間ブランド企業を悩ませている。また、デジタル業界には関心の目を向ける若者が、工房で手を使う職人にはなりたくないという傾向もラグジュアリーの根幹を揺るがしている。それでも、こうした課題を乗り越えながら、ラグジュアリー分野は前進し続けている。なぜなら、どのような世の中にあっても、ラグジュアリーは人にとって必要不可欠な領域であるからだ。

 

ラグジュアリーとは、テキスタイルや陶磁器、家具、自動車といった個別の製品群のことではなく、利益率の高い製品・サービスが世界的な評価を受ける仕組みなのだ。その仕組みが欧州で確立されている点は、注目に値する。

 

 

 

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Profile
安西 洋之Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。
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