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【メソッド】

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タナベコンサルティンググループ、タナベ経営の社長・若松が、現在の経営環境を踏まえ、企業の経営戦略に関する提言や今後の展望を発信します。
メソッド2024.01.05

クオリティリーダーシップ戦略。人的資本とイノベーションの決断が、世界への道をひらき世界を変えていく:若松 孝彦

 

 

クオリティリーダーシップにおける5つの戦略

 

❶ グローバルニッチトップ戦略
経済産業省「2020年版グローバルニッチトップ企業100選について」によると、選定企業は単純平均で世界市場シェア43.4%を占め、売上高営業利益率は12.7%と優れた実績を上げています。日本の大企業や中堅企業が求めるべきモデル戦略と言えます。

 

グローバルニッチトップ戦略のモデル企業としては、栃木県に本社を置くマニーがあります。世界で初めて医療用の折れない・さびないステンレス製の針を開発し、世界シェア10%を達成。歯科・眼科へ事業領域を多角化し、歯科用の製品は世界シェア30%、眼科用のナイフも開発して世界シェア30%を達成。現在は世界120カ国以上で使用され、売上高の海外比率は81%、日本でのシェアは70%以上に達しています。同社の営業基本方針は、「世界一の品質を世界のすみずみへ THE BEST QUALITY IN THE WORLD, TO THE WORLD.」です。

 

独創的なクオリティリーダーシップ戦略の特徴は、①KOL(キー・オピニオン・リーダー)ブランディング:世界中の名医と製品を共同開発、②「世界一か否か会議」:競合製品との性能比較評価を行い、世界一の固有技術に磨きをかける、③トレードオフ(やらない)戦略:医療機器以外は扱わない・世界一の品質になるもの以外は目指さない・製品寿命の短い製品は扱わない・ニッチ市場以外には参入しない、の3点です。

 

もう1社は、大阪府堺市に本社を置く自転車部品メーカーのシマノ。売上高の海外比率は約90%で、自転車部品の世界シェアも約90%を達成。自転車の中核部品を製造しているので、「自転車業界のインテル」と呼ばれています。

 

同社のグローバルニッチトップ戦略の特徴は、①グローバルニッチ・ブランディング:グローバル市場をターゲットに世界一のクオリティをブランディング。米国では、「マウンテンバイクといえばシマノ」のブランドを確立。欧州を舞台にしたロードレース「ツール・ド・フランス」に出場するプロチームへ部品を供給して競技自転車業界でのブランド力を確立、②コンポーネント戦略:自転車の心臓部であるブレーキ・変速機、ギアなどの駆動系の基幹部品をセットで供給し、組立段階の調整作業が不要、③海外ヘッドクオータ戦略:初の海外生産本部をシンガポールに開設した際に、現地の優秀な人材を採用して成功。他国でも展開して生産本部の立地戦略も的確に遂行、この3点です。

 

売上高は「市場規模×占有率(シェア)」で決まり、利益率は「占有率(シェア)の高さ×ブランド力」で決まります。シェアとブランド力が高いほど「戦略的な値決め」ができるのです。

 

❷ 本業多角化(コア・コングロマリット)戦略
「コア」は本業を意味し、「コングロマリット」は多角化を意味します。本業を深く掘り下げてコア技術が卓越した強みになるまで高度に専門化し、コア技術の多角化によって本業を総合化(多角化)する戦略です。

 

滋賀県に本社を置くオプテックスグループは、防犯機器メーカーとして創業し、世界初の遠赤外線自動ドアセンサーを開発。今では世界90拠点で事業を展開する、センサーの総合メーカーに成長しました。同社のパーパスは、「社会課題・特定市場課題をビジネスで解決し、安全・安心・快適な社会・暮らしを世界中に!」です。

 

同社から学ぶべきことの1つ目は、まず断トツのグローバルニッチトップ戦略。世界シェアは屋外用侵入検知センサー40%、自動ドア用センサー30%、画像検査用LED照明30%に達します。センサー技術の深掘りによって卓越した強み(クオリティリーダーシップ)を発揮し、コア技術を用いてシーン・ニーズ別に市場を創造してコア技術の総合化・バリューチェーン化を実現しています。

 

2つ目は、そのセンシング技術のバリューチェーンを、自前主義から成長M&A戦略を駆使したグループ経営へと移行したことです。2001年から日本企業はもちろん、英国や米国の企業など8社を傘下に収めた実績を持っています。

 

❸ ブランディング&PR戦略
日本企業は世界から、「技術は一流、マーケティングは二流、ブランディングは三流」と揶揄され、「世界的にもったいない会社」が多いのが現状です。クオリティリーダーシップ戦略を発揮する会社は、グローバル市場に向けたブランディング&PR戦略に取り組んでいます。価値転嫁が求められる時代は、強みである価値を伝える高度な技術が必要なのです。

 

東京に本社を置く美容機器メーカーのヤーマンは、ブランディング&PR戦略のモデル企業です。国内はもちろん海外9カ国に進出し、海外売上高比率は約42%。美容機器の中のフェイス用とボディー用のカテゴリでシェアナンバーワンを誇ります。企業スローガンは「美しくを、変えていく。」で、「美容業界のゲームチェンジャーになる」という信念も持っています。

 

同社のクオリティリーダーシップ戦略は、「独創的な美容機器というジャパン・クオリティを、越境EC(国を超えた取引)で展開しアジア市場を開拓する」こと。主力商品の美顔器は、中国の大手企業アリババが運営する中国最大のECサイトで美顔器部門のトップを獲得しました。

 

ブランディング&PR戦略のポイントは、①研究所(ラボ)ブランディング:美を深層から科学する「表情筋研究所」を開設し、美顔器開発で培ってきた表情筋を科学的に研究、②CX(顧客体験価値)ブランディング:銀座に旗艦店や直営店をオープンしてCXをブランディング、③海外ブランディングとPR:シンガポールやベトナム、インドネシアなどに積極展開して海外売上高比率42%を達成、の3つです。

 

❹ 付加価値の成長モデル戦略
インフレ経済で必要な収益戦略のポイントは2つあります。1つ目は、「粗利益率(売上高総利益率)」を高めることです。紹介したモデル企業の売上高総利益率は、各社の直近決算期でマニー62%、シマノ42%、オプテックスグループ51%、ヤーマン61%と高レベル(いずれも連結)。グローバルニッチトップ企業の営業利益率が高いことは、これまでに解説した通りですが、その収益力の第一ボタンは粗利益額と粗利益率の持続的成長にあります。これまで私が提言してきた「粗利益率40%、経常利益率10%、連続10年無借金」の収益モデルを裏付けています。

 

2つ目は、「正しい収益成長率」を目指すこと。正しい収益成長率とは、「人件費の伸び率<売上高の伸び率<粗利益の伸び率<営業利益の伸び率」となります。インフレ経済になると人件費が高止まりします。売上高以上に粗利益率・額が高まるように経営資源を再配分することが肝要です。

 

❺ 人材からイノベーションが生まれる組織戦略
人材からイノベーションが生まれる組織戦略として、岐阜県関ケ原町に本社を構える関ケ原製作所があります。JR各社をはじめとする鉄道向けの分岐器などの軸受製品の国内シェアは60%に達し、「JRの実験工場」の異名を持つ高収益企業です。現在は油圧機器、商船機器、トンネル掘削機などの大型製品の製造も手掛け、7つの事業領域へ多角的に展開しています。

 

同社から学ぶべきポイントは2つ。

 

1つ目は、7つの事業領域の全てでグローバルニッチトップ事業を目指していること。「大手企業が参入しない・参入しづらい分野で、かつ中小企業も技術的に参入が難しいニッチ分野に絞る」「取引先は、業界ナンバーワン、ナンバーツー企業が中心」「大型かつ超高精度が求められるオーダーメードの『一品物』を開発から製造まで一貫生産し、高付加価値を生み出す」ことに徹して、卓越した強みを磨いています。

 

2つ目は、「人づくりを重視した経営」によってニッチトップ事業が生まれる組織・風土を築いていること。同社の信念は「限りなく人間ひろばを求めて」で、人づくりと会社づくりで事業創造に取り組む「人間村カンパニー」を目指しています。技術を磨く「匠道場」や地域に開放しているカフェなどを本社工場敷地内に設置し、人間ひろばとしての組織経営を推進しています。

 

もう1社は、福岡県に本社を置く丸信。食品業界に包装資材やシール印刷、デジタルソリューションを提供し、37期連続増収を達成している中堅企業です。

 

同社から学ぶべきポイントの1つ目は、デジタルソリューションでブランドを磨くために「丸信オリジナルの食品業界向けマーケティングサイト」を次々に立ち上げて自社ブランド事業を創造していること。中でも食品総合情報サイト「食品開発OEM.jp」は、食品に関するトレンド・技術情報をはじめ商品・サービス情報などを発信し、月間アクセス数が3万を超え、約200件のリード情報を獲得し、食品業界マッチングサイトの検索数ではトップにもなりました。

 

2つ目は、「人的資本経営」の実践です。同社は、製造現場やデザイン・デジタル部門に女性社員が多く、女性比率は約50%に達します。子どもの預け先がないという声に応えて病児保育を併設する保育園「丸信インターナショナル保育園」を開設。社員だけでなく、広く地域にも開放しています。

 

紹介した2社の人的資本投資は、人材に対する「哲学」がないとできません。人的資本投資こそ企業における「真のサステナブル投資」であり、社員の課題解決は社会の課題解決に直結するのです。インフレ時代の経営では、商品が価格競争に巻き込まれないようにすると同様に、人件費の高騰競争に巻き込まれない独自の哲学と施策を駆使して、現代版の「企業は人なり」を実践する必要があります。

 

経営者やリーダーの決断には、社会や世界を変える力があります。世界経済は大きな転換期を迎えています。自社の卓越した強みを磨き、5つのクオリティリーダーシップ戦略を実装することで、新しい時代に新しい道をひらいていきましょう。

 

※1、2 国際通貨基金(IMF)「世界経済見通し」(2023年10月)
※3 国際経営開発研究所(IMD)「世界競争力年鑑」(2023年版)

 

 

 

タナベコンサルティンググループ(TCG)
大企業から中堅企業のビジョン・戦略策定から現場における経営システム・DX実装までを一気通貫で支援する経営コンサルティング・バリューチェーンを提供。全国600名のプロフェッショナル人材を有し、1957年の創業以来15,000社の支援実績を持つ日本の経営コンサルティングのパイオニア。

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Profile
若松 孝彦Takahiko Wakamatsu
タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長 。タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。
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