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研究リポート2024.01.16

「終身成長」と「共創力」で次の100年を切り開く:西川 知 氏

トップマネジメントカンファレンス

旭化成株式会社 上席執行役員
西川 知(にしかわ さとし)氏
大学卒業後に旭化成入社後、約10年間人事部門に在籍。その後、電子材料系の事業部門で事業企画や海外現地法人の経営に参画後、経営企画を経て、2019年に人事部長、2023年より現職。

 

創業時の精神を取り戻し、新たなる成長へ

 

旭化成は1922年、「世の中を工業の力でもっと豊かにしたい」という思いから、化学肥料・再生繊維・火薬を事業の柱に創業した大手総合化学メーカーである。現在は2兆7000億円(2023年3月期)を超える巨大企業に成長している。

 

事業領域は次の3つに分かれる。創業時からの事業である「マテリアル事業領域」ではエレクトロニクス部門を含め、今も売り上げの半分を占める。次いで売り上げが大きいのは「ヘーベルハウス」や「ヘーベルメゾン」のブランドで知られる「住宅事業領域」、3つめの領域である「ヘルスケア事業領域」は、新しいビジネス領域として成長中だ。

 

 

2022年に創業100周年を迎えた同社は、長期的に目指す姿とそれに基づく次の3カ年の方向性を示す「中期経営計画 2024 ~Be a Trailblazer~」を策定した。「Trailblazer」とは、未開の森林を進む際、樹皮に道標となる印を付けること、転じて「開拓者」「先駆者」を意味する。

 

「人は財産、全ては人から」

 

新中期経営計画では、掲げたスローガン・人財戦略を具体化し、基盤を構築するために4つの重要テーマ「無形資産の最大活用」「グリーントランスフォーメーション」「デジタルトランスフォーメーション」「『人財』のトランスフォーメーション」に取り組んでいる。特に「『人財の』トランスフォーメーション」は、求められる人財・組織と人財戦略の骨子を設計、推進している。

 

急激なグローバル化など、時代の変化は早い。「次の100年に向けて持続的な成長を続けるために、これまでの人財戦略では限界がくるのではないか」と考えた同社は、創業者である野口遵(したがう)氏の思想をベースとした精神に立ち返り、ふたたび開拓者としてチャレンジする道を選んだ。

 

同社には自由闊達(かったつ)な企業風土があるが、その源流は、財閥系企業ではなく、金融機関のバックアップや政治的な後ろ盾を持たない中、「自分たちの力でやっていかなければ」という空気が生まれ、人財力と技術力で成長を遂げたことにある。

 

創業当初から上下の隔たりはなく、役職を付けず「さん付け」で呼ぶなど、フランクな社風を形成している。この心理的安全性も、同社の力強い成長を支えている。

 

また、同社は技術者でもあった野口遵氏が興した会社だ。そのため、経営と現場の近さも成長の原動力となっている。化学肥料・繊維・火薬など、一見まとまりがない事業を展開しているように見えるが、それは多様な価値観を持つ風土の醸成にもつながっている。

 

人財戦略の骨子は、社員のチャレンジや成長を促す「終身成長」と、多様性を促す「共創力」から構成されている。多様性や自由闊達な企業風土をさらに活性化するため、数多くの取り組みを行っている。

 

 

人事施策の再構築にはリスクがあるため、まずは「会社は本気である」という姿勢を継続的に示す必要がある。同社では、現取締役会長の小堀秀毅氏が代表取締役社長在任時、各部門長を集めてダイバーシティーやシニア人財の活性化といった、それぞれの部門に「響く」テーマを与えたことがターニングポイントとなった。

 

各部門長に「響く」課題を与え、部門トップが「自分事」として取り組むことで、組織全体の変革マインドが養える。同時に、人事部門のメンバーが主体となって社員が前向きにチャレンジできる職場環境の整備を推進した。その上で、ラインマネジャーやメンバーが成長を実感できる機会をつくる。コア人事制度を見直し、社員の行動変容を促すインセンティブを設計するなど、最終的には施策ではなく日常に落とし込むことで実効性を高めている。

 

効果的な学習設計で「終身成長」を実現

 

「終身成長」は、心理的安全性を保ちながら、成長サイクルをどのように維持していくか、数多くのヒアリングと議論を通して生まれた旭化成独自の言葉である。

 

終身成長は、社員自身がキャリアを切り開くだけでなく、マネジメント側のサポートも不可欠である。そのため同社は、自律的な学びのプラットフォーム「CLAP」を整備した。豊富な学習コンテンツで個々の学びを支援するのみならず、相互に成長を感じられる仕掛けを導入し、社員の学ぶ意欲を引き出している。

 

また、社員個人の職務経歴やキャリアプランを一元管理するシステムも導入。活用は今後の課題であるが、各社員に合わせたキャリアプランの設計を実行予定である。ほかにも、キャリア開発室の新設や、キャリア開発プログラムの充実も図っている。

 

人財を生かすための取り組みは、社員に向けたものだけでなく組織にも必要となる。そこで年に1回、自社で開発したエンゲージメントサーベイ(組織のエンゲージメントを評価するためのアンケート調査)を実施し、個人と組織の状態を可視化している。

 

終身成長は、幹部社員にとっても他人事ではない。次世代経営者育成プログラムなど、経営幹部の選抜や育成、さらには獲得につながるプログラムを整備している。

 

「共創力」を高め、さらなる多様性を確保

 

多様性を確保するための共創力については、新事業創出・事業強化を担うプロ人財を育成する高度専門職制度やデジタル人財の強化を推進している。デジタル人財の強化については、2020年から外部の専門家を招聘(しょうへい)するなどの抜本的な施策に注力している。また、キャリア採用の強化や海外を含めたM&Aによる人財の獲得も視野に入れる。

 

DE&I(ダイバーシティー・エクイティー&インクルージョン)の推進も欠かせない。同社の女性就業者の比率は、社員・管理職ともに化学企業の国内平均に比べ低い。化学企業における女性比率は、比較的に女性比率が高い化粧品メーカーの影響が強いものの、他社に比べて進んでいるとは言えないのも事実である。今後も、女性活躍推進に向けた取り組みに注力していくという。

 

そのほかのDE&Iに関する取り組みについても、障がい者の法定雇用率は達成し続けており、セクシャルマイノリティーの社員向けに福利厚生制度を改定するなど、さまざまな施策を継続的かつ積極的に進めている。

 

海外人材の取り組みについては、M&Aを通じて獲得した外国人社員を積極的に幹部登用。2016年には執行役員クラスの外国籍社員はわずか3名であったが、2023年には7名、うち1名はヘルスケア事業領域のトップである。

 

人的資本の開示による採用活動への影響

 

人的資本の開示については、主に4つの資料を開示している。1つ目は有価証券報告書で、女性管理職比率、男性育休取得率、男女賃金差、人財育成方針、社内環境整備方針などが含まれる。

 

2つ目のコーポレート・ガバナンスに関する報告書については、中核人材の多様性確保における考え方とKPI(重要業績評価指標)、多様性確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針を記載している。

 

3つ目の統合報告書については、人財に関するページの充実を図った。基本的な内容は有価証券報告書と同じであるが、デザインを重視し視覚に訴えるなど、より分かりやすく、社員の声も拾った内容に仕上げている。4つ目のサステナビリティレポートも、人権や労働法令順守に関する事項や、教育投資額などのデータ類を豊富に取り扱っている。

 

同社における人的資本の情報開示は特別なことではなく、取り組みを分かりやすく説明したにすぎない。それでも、同社の取り組みはメディアなどで広く紹介され、人材採用面においても少なからず効果を出している。

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