未来戦略フォーラム2023(ゲスト:塩野義製薬、ユナイテッドアローズ、グローウィン・パートナーズ)
※登壇者の所属・役職などは開催当時のものです。
ユナイテッドアローズ:事業活動の変遷と長期ビジョン実現に向けた事業ポートフォリオ再編
ユナイテッドアローズの歩み
ユナイテッドアローズグループは、創業から展開しているユナイテッドアローズに加え、ビューティ & ユース、グリーンレーベル リラクシング、コーエンといったストアブランドを展開する衣料品小売業である。当社は「セレクトショップ」と呼ばれる業態であり、売上構成比は、自社企画のPB(プライベートブランド)商品が全体の約60%、仕入商品が約40%を占める。2023年3月期の連結売上高は前期比9.9%増の1301億3500万円。2023年3月現在で国内に290店舗、海外に8店舗を構え、従業員数は3915名である。
1989年の創業から当初10年間は、「トレンドマーケット」と社内で位置付けている客単価2~3万円程度の高価格帯マーケットに向け、大都市部の路面店のみで店舗を展開していた。1999年以降は、同じく社内で「ミッドトレンドマーケット」と位置付けている客単価1万円前後の中価格帯マーケットに向け、グリーンレーベル リラクシングを創製した。また、販路としても従来の路面店に加え、ルミネといった駅ビルやZOZOTOWNといったECマーケットに参入した。これは当時の高価格帯に属する大手アパレル企業として初の取り組みであり、当社のその後の成長に大きな影響を与えた。さらに、相手企業にとっての成長転機ももたらした。その後も、社内で「ニュートレンドマーケット」と位置付けている客単価5,000円前後のマーケットに向け、手の届きやすいブランド(コーエン)を開発、郊外の大型ショッピングモールを中心に出店するなど、販路を着実に拡大している。
【図表1】「国内衣料品小売」という単一セグメントの中で「マーケット」と「販路」を拡大
※SC=ショッピングセンター 出所:ユナイテッドアローズ講演資料
販路の拡大に伴い、売上構成も変化した。1998年までトレンドマーケット以上での売り上げが100%を占めていたが、現在は60%となり、40%がミッドトレンドおよびニュートレンドマーケットにおける売り上げになった。チャネル別に売上構成をみると、1998年までは路面店が100%だったが現在は5~10%程度で、駅ビル店が約70%、ECが約25%を占めている。販路拡大の中で、多くのストアブランドの撤退も経験したが、国内衣料品という1つの市場において右肩上がりの成長を遂げてきた。
長期ビジョン実現に向けた前中期における取り組みと課題
当社は、2032年に向けて「高感度・高付加価値ライフスタイル提供グループ」という長期ビジョンを掲げている。従来のアパレル市場における大量生産・大量消費を前提とした拡大志向を脱して、より広範なライフスタイル市場へ向け、高感度・高付加価値型の商品やサービスの提供をしていく方針である。
策定に当たっては、今後の社会情勢や消費環境の変化に柔軟に対応するため、経営陣で1年以上の時間をかけ、密な議論を行った。長期ビジョンでは前期末時点の売上高から約1200億円の増収を掲げており、既存のアパレル事業だけでなく、関連事業やアパレル以外の事業成長と海外進出によって目標達成を目指している。
【図表2】長期財務目標
出所:ユナイテッドアローズ講演資料
長期ビジョンの発表前、2020~2022年の中期経営計画(中計)は、コロナ禍という非常事態に対応するため「危機に打ち勝ち、稼ぐ力を取り戻す」というものだった。この計画に即して、不採算な子会社や事業店舗の見極めと在庫の効率化が実行され、収益構造の抜本的な見直しが進んだ。
また、株式上場以来、事業部門・ストアブランドを軸とした「事業部制」組織によって事業特性を生かした運営を行っていたが、専門性・生産性を高めるため、これを「機能性」組織へと再編した。今後もより柔軟に戦略を遂行するため、さらなる組織変更も視野に入れている。
長期ビジョンの実現に当たっては、次の4つが現状の課題となっている。
(1)年齢軸 既存の主要顧客が30代・40代に集中しており、20代の顧客が少ないことが課題である。ただし、既存の20代顧客の購買単価は高い傾向にあるため、潜在顧客としてのポテンシャルがあると考えられる。
(2)ファッションテイスト軸 既存ブランドがトラッド・コンサバティブなテイストに集中しているという課題がある。衣料品市場は縮小しつつあるが、これまで自社での展開の少なかったモードテイストや強めのフェミニンテイストなど新たなテイスト軸の拡大により、国内アパレル市場においても成長余地があると見ている。
(3)業容における課題 事業ドメイン(領域)の大半が国内のファッション市場であり、さらにビジネスウェアや外出着がメインのため、コロナ禍においては非常に苦戦した。安定的な成長を実現するためには、アパレル以外の市場や海外市場へ進出し、事業の多角化を進める必要がある。
(4)デジタル技術による効率化、インフラ整備 DXを推進していくことで、効率化やインフラ整備を進めていく。
新たな中期計画と事業ポートフォリオの展開
ユナイテッドアローズは、長期ビジョンと同時に2023~2025年の新たな中計も発表している。その中で、①ブランドイメージを刷新していくことで既存事業を成長させる「クリエイティビティ戦略」、②アパレルや国内に限らない事業開発を行う土台をつくることで自社全体の中長期的な成長を目指す「マルチ戦略」、③OMO(オンラインとオフラインの統合)の推進やサプライチェーンの最適化を行う「デジタル戦略」、という3つの主要戦略を示している。これらを用いて、長期ビジョンの実現に向けた課題を解決していく。
当社は、新たな中計期間で得たキャッシュの使途予定を示すため、キャピタルアロケーションの外部開示も行った(【図表3】)。①実店舗投資、②OMO関連投資、③インフラ投資、④その他(オフィス設備等)は、いずれも成長戦略の一環として行う。中でも、①の実店舗投資については、半分以上が新規事業への投資となる見込みである。
【図表3】キャピタルアロケーション
出所:ユナイテッドアローズ講演資料
また、長期ビジョンとしての財務目標を実現するために、新たな事業ポートフォリオの展開も目指す(【図表4】)。既存顧客に向けては、これまで本格展開していなかったスポーツ・ウェルネスといったアパレル派生事業や、ビューティや住関連といった非アパレル事業の開発を進めていくことで、LTV(顧客生涯価値)の拡大を目指す。
また、当社の主力事業であるアパレル分野では、従来なかったテイストの商品や若い年齢層に向けた商品を開発することで、新規顧客の獲得を進めていく。
【図表4】事業ポートフォリオの拡大
出所:ユナイテッドアローズ講演資料
戦略推進に向けた体制づくり
中計で示した戦略や事業ポートフォリオ再編を推進するための体制として、社長が議長を務め、業務執行取締役が全員参加する「中期経営計画策定委員会」を設置している。この委員会は、月1、2回の討議を通じて要決議事項を取締役会に上程する。これまでは中計策定および公表を終えるとともに解散していたが、今回は策定以降も進捗管理のために継続して討議を続けている。
委員会には、必要に応じて執行役員が参加する。各戦略には執行役員が推進担当としてアサインされており、新規事業の場合はコンセプトやターゲット、スケジュール、責任者のアサインなどを行う。
推進担当役員は四半期ごとに中計委員会に進捗を報告、委員会は確認が必要な事項を申し送ることで、着実な戦略の推進を促す。推進担当には取締役も含まれ、このプロセスを定期的に取締役会に報告している。
2023年10月からは、本部長を取締役とする「開発本部」を新設し、新規事業開発を確実に推進させる組織体制を整えている。これにより、中計の実行性が高まることが期待される。
事業ポートフォリオ再編に際しては、①長期ビジョンの設計とその実現に向けた事業構造の変革、②長期ビジョンの実現や中計を実行するための推進体制と仕組みの構築、③新規事業開発風土の醸成、の3点が重要である。
塩野義製薬:経営基盤強化の取り組み~SHIONOGIの目指す姿~
製薬ビジネスにおける塩野義製薬の特徴
医薬品は「医療用医薬品」と「一般用医薬品」に分けられ、医療用医薬品の中でも「新薬」と「ジェネリック医薬品」に大別される。塩野義製薬は新薬を開発する創薬型製薬企業である。新薬の開発から上市には約15年かかり、その間の研究開発費は約1700億円に上る。(【図表1】)
【図表1】医療用医薬品が発売されるまで
出所:塩野義製薬講演資料
一方で、上市した商品については、2022年度で5品目において国内で1000億円以上を、10品目において世界で100億ドル以上を売り上げている。このように、製薬ビジネスはハイリスク・ハイリターンという特徴をもつ。また、日本では、薬価を国が決めており公定価格が定期的に下がるため、原材料費用が高騰した場合なども価格転嫁することができない。加えて、20年間の特許期間が切れるとジェネリック薬品が流入してくるため、「パテントクリフ」と呼ばれる売り上げの急降下が起こる。そのため、新薬として販売を行っている間に企業として成長し、またその間に次の新薬の開発を進めることが重要になる。
1878年創業の塩野義製薬は、2023年に創業145周年を迎えた、従業員数5680名(連結、2023年3月期)の老舗製薬企業である。売上規模では中堅だが、売上高営業利益率が34.9%(同)と非常に高いことが特徴である。塩野義製薬開発のHIV薬「テビケイ」を合弁会社が販売することでロイヤルティーを得ており、その売り上げが収益全体の4割を占める。
また、研究開発型の製薬企業であり、一般的な製薬企業の自社創薬比率が2、3割程度といわれる中、塩野義製薬は6割と高い。流行によって売り上げが左右されるために取り組む企業が少ない、感染症分野の製薬に注力している。
今後の展望として、需要が高まることが予想されるヘルスケア市場に対して、日本の社会保障費は逼迫しているため、公的扶助で医薬品を購入する医療用医薬品のマーケットだけではなく、「自腹」で薬を買う顧客のマーケットにも商品を提供していく考えである。また、人口が増加していくアジア・アフリカ圏に向けても、価格を抑えた薬品の提供を目指す。
2030年に向けた中期経営計画と実現に向けた取り組み
塩野義製薬は、2020年度に「新たなプラットフォームでヘルスケアの未来を創り出す」という2030年度に向けた中期経営計画を掲げた。「創薬型製薬会社として成長する」という2020年度のビジョンから大きく変化したため、社内で「新たなプラットフォーム」についての議論を密に行うことで浸透させた。製薬ビジネスは開発に長期間を要し、計画を立てる際に他企業に比べて息の長い視点が求められるため、中計として10年単位のビジョンを発表している。
塩野義製薬は、自社を「HaaS企業」と定義付けている。これは「Healthcare as a Service」の略であり、顧客のニーズが多様化する中で、医薬品を提供するだけでなく、新たな付加価値を提供することでニーズに応えるというものである。そのためにビジネスモデルを転換し、パテント(特許)に縛られないワクチンなどの新たなビジネスや、他産業・他社との協力を進めていく方針を示した。(【図表2】)
【図表2】ビジネスモデルの転換による拡大
出所:塩野義製薬講演資料
2020年度の中計公表時、日本国内でもCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)が流行していた。塩野義製薬は、感染症研究に重点的に取り組んできた会社として、ワクチンや治療薬の開発に集中的にリソースを投入し、約2年という短期間でCOVID-19の経口治療薬を開発、国内での緊急承認まで漕ぎ着けた。
2023年のリビジョンでは、目標を上方修正し、2030年に向けて成長するフェーズを2年前倒しにする計画を発表している。より長期に作用するHIV(ヒト免疫不全ウイルス)薬の開発を進めることで、パテント切れによる売り上げ低下を防ぐめどが立ってきたこと、COVID-19治療薬のニーズが当面持続する見通しであることを踏まえている。
2030年に向けては、新製品・新規事業の拡大に積極的に投資を行い、感染症対策の製品開発を中心としたグローバルな成長を目指す。加えて、社会的影響力が高くQOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)に直結する疾患や、子供の疾患にも目を向け、ヘルスケア社会課題の解決にも取り組んでいく方針である。
業務プロセスと意思決定プロセスの改革による経営基盤強化
中計を実行するために、経営基盤の強化は欠かせない。塩野義製薬は、特に業務プロセスと意思決定の改革を行った。業務プロセスについては、既存プロセスの抜本的変更と新たな取り組みが、それぞれ社内・社外の両方において実行された。
社内における既存業務プロセスの改革については、COVID-19治療薬の開発が大きな転機となった。これまでの治療薬創製のプロセスと異なる点は、①極端なリソースシフト、②複数アプローチによるリスクヘッジ、③リスクテイクを伴う意思決定、の3点である。具体的には、最速提供を重視した治療薬の開発、強力な効果を重視した治療薬の開発など、創薬アプローチを複線化してリスクヘッジを行うことで、開発の成功を目指した。
同時並行のプロジェクトでは多くの人員が必要となるため、他の研究プログラムを止めて研究員を集めた上で、異動した元研究員も動員し、全体の8割の研究員をCOVID-19治療薬の開発プロジェクトに投入した。また、意思決定についても、確実性を重視した段階的な方式から、同時並行でパラレルに行う方式へと変更した(【図表3】)。その結果、コロナ禍のうちに、治療薬「エンシトレルビル」の開発を成功させた。
【図表3】
出所:塩野義製薬講演資料
社内における業務プロセス改革の新たな取り組みとしては、イノベーションを推進するプロジェクト「やりたいねん!」を展開している。従業員が新規事業や新しい取り組みを経営層に提案できる機会を提供するもので、そのうちのアイデアが実際に下水モニタリング事業へと発展した。
また、社外においては、米国で感染症領域の医薬品開発・研究を行うQpex Biopharma社を吸収合併した。塩野義製薬の感染症研究の知見と組み合わせることで既存事業の強化に繋がるだけでなく、PMI(経営統合)の過程で新たな考え方を取り入れ、業務プロセスを見直す好機となっている。
業務プロセスを改革していく中では、意思決定プロセスの改革も共に重要になってくる。社内において、従来の本部単位とは異なる4つの管掌に組織再編を行った。従来は多数の議題を本部長が集まる経営会議で意思決定していたが、権限移譲が進み、現場で決定する事業を増やしている。また、稟議を廃止し、ビジネスリスクに応じて決裁者を決める形へと変更した(【図表5】)。意思決定に当たっては、不確実性と影響度の観点でビジネスリスクを算出している。
【図表5】ビジネスリスクに応じた決裁
出所:塩野義製薬講演資料
経営基盤の強化に当たっては、壊すところと残すところを見極める深い洞察がキーファクターとなり、トップのコミットメントも欠かせない。また、スピードのある質の高い意思決定を行うことも重要である。
グローウィン・パートナーズ:M&A実施企業のための人事PMI~組織統合と制度統合の実務~
人事PMIにおける組織構造戦略
PMIとは、「ポスト・マージャー・インテグレーション」の略であり、当初計画したM&Aの統合効果を最大化するための統合後のプロセスのことである。PMIは3つの領域に分かれており、経営統合、業務統合、意識統合の3段階で構成されている。(【図表1】)
【図表1】PMIとは
出所:グローウィン・パートナーズ講演資料
経営統合・業務統合・意識統合、それぞれの統合に関わる全てのプロセスには、人事に関する領域が多く含まれている。そのため、人事PMIを成功させることが、M&A成功の要となる。
グローウィン・パートナーズ(以降、GWP)では、変革期の人材戦略の策定からIT活用を含む業務改革まで、人的運用体制の実現をワンストップで支援している。これまでに人事領域で手掛けたPMIサービスは計20社以上になり、PMI特有の統合時の調整や激変緩和措置などのノウハウを多数蓄積している。
M&Aの方針に沿った人材ポートフォリオの活用
人事PMIにおいて重要になるのが人材ポートフォリオの考え方である。人材ポートフォリオとは、経営戦略の実現という将来的な目標からバックキャスティングで定義される必要な人材の質について、その人材の量の多寡を把握し、人材調達方針につなげるためのフレームワークである。新たな人材ポートフォリオを設定するためには、経営戦略や事業の変化の方針を明らかにし、これを人材ポートフォリオの設計とひも付けていく必要がある。
事業再編において、組織構造の戦略を考える観点は複数ある。
(1)組織の形式
意思決定とKPI(重要業績評価指標)管理を行う粒度によって、統合後の新たな組織の形式を事業部制にするか、職能別組織にするかを検討する。職能別組織にした場合、ビジネスサイクルは早く回るが、全社横断での意思決定や方針策定を行う方法も別途考える必要がある。
(2)経営スタイル
意思決定や成果の上げ方などに反映される経営スタイルを考慮に入れることで、組織内での衝突や不調和のリスクを緩和できる。
(3)組織の年齢構成
年齢構成によってとるべき戦略に差が出る。例えば、吸収合併されることにより平均年齢が上がる場合には、早期退職制度や定年延長の実行、報酬カーブの見直しが有効である。
(4)組織の形式
役職構成については、報酬を上げるために役職をつけていた場合、吸収合併することで役職者の比率が上がりすぎるケースが多く見られる。組織再編時に、役職の評価を再度行うことで対応する。
さらに、7Sのフレームワーク(【図表2】)をベースに組織の現状を分析し、観点を整理した上で統合方針や組織戦略を検討することも効果的である。
【図表2】組織構造を検討するためのフレームワーク
出所:グローウィン・パートナーズ講演資料
M&A・PMIの目的類型に応じて、人材マネジメントで注力すべき領域も変わってくる。目的は次のように類型化でき、それにより人事戦略も変化する。
(1)保有資産の吸収
人材の能力伸長と見極めのため、採用・研修・選抜などで人事が積極的に関与する。
(2)組織能力の獲得
福利厚生制度、柔軟な勤務形態などのツールを利用しながら、モチベーションやエンゲージメントを高めていく。
(3)協働による価値創造・機会の拡大
PMIのプロセスを通して両社の従業員に学習・成長・自己実現の機会を提供していく。
人事PMIの流れの目安としては、まず調査・分析、方針策定の実施期間に3カ月間、その後人事制度統合に6カ月~1年間、さらにIT統合~業務統合に6カ月~1年間をかける。その中で、人事制度統合には、一般的に①はめ込み型、②組み合わせ型、③あるべき型、の3パターンがある。
①はめこみ型
一方の企業の制度をもう一方の企業に適用する形式で、統合の手間が大きく軽減されるメリットがあるものの、人件費が高くなる傾向がある。
②組み合わせ型
各社の制度をミックスする形式で、③あるべき型に比べると統合の手間は少ないものの、労働条件が良い方の企業に合わせた場合には、やはり人件費が高騰する。
③あるべき型
あるべき人事制度をゼロから構築し適用する形式で、全く新しい構造をつくり出すことができるが、長い時間と大きな手間がかかる。
このようにメリットとデメリットがあるため、M&Aを行う企業同士の特性を検討し、適した形式を選択することが重要である。
実務に見る制度統合の課題
制度統合においては、①報酬統合の課題、②退職金統合の課題、という2つの壁がある。
報酬統合については、まず組織内の等級を設計し、従業員の配置と報酬範囲を計画するが、その際に報酬範囲外の人材の取り扱いが課題となってくる。報酬水準が高すぎる人材に対しては、等級の再格付けを行うことで対処。報酬水準が低すぎる人材の場合は、その人の基本給がレンジ内に収まるよう基本給を引き上げたり、賃金レンジを拡張したりすることで対処する。
また、ポリシーラインを策定し、そのターゲット水準に社員が近づくように昇給形式を設計することが有効である。昇給制度のコンセプトを考える際は、 個人の給与に目が行きがちだが、人材ポートフォリオに照らして、事業再編によってどのような人材を報酬でモチベートするのかを考えることが、成功の鍵となる。
退職金統合については、不確定な未来に対して補償を行う範囲とその程度を決めることが課題となってくる(【図表3】)。事業統合に伴う退職金制度の統合に際し、人材に不利益な変更が生じる場合は、①過去の功績に対する既得権と、②将来の期待分に対する補償の2つに分けて検討する必要がある。
【図表3】補償範囲と補償オプション
出所:グローウィン・パートナーズ講演資料
過去の功績に関しては、確実な補償が必要だが、将来の期待に対しては、金額が未確定であるため、一定程度の補償にとどまると考えられる。具体的に補償範囲を考える際には、訴訟リスク、運用負荷、コストの3つのバランスを考慮してその範囲を決めていく必要がある。
例として、現等級を維持し、統合時に全員に一括補填を行う、定年退職時に比較して補填するといったケースがある。また、共済などに積み立てた資産は、移管が可能な場合と不可能な場合があり、不可能な場合は事業統合時に払い出しとなり所得税が課せられるほか、移管の際には従業員の同意が必要になる点にも注意が必要である。
M&Aの鍵となる人事PMIを成功させるためには、動的人材ポートフォリオを事業ポートフォリオに連動させて設計し、それに沿った人材調達や人材戦略を立てることが重要である。また、フレームワークを活用して組織の現状を分析し、組織構造や組織戦略を検討することも有効である。
実務の面では、人材ポートフォリオに照らして報うべき人材を見極めた上で報酬統合を行うこと、また訴訟リスク・運用負荷・コストの3つのバランスを見ながら補償範囲を検討することも必要である。
タナベコンサルティング:企業価値向上を実現させるトランスフォーメーション戦略
世界同時インフレによる四半世紀ぶりの円安
コロナ後の世界では、複数の要因による世界的なインフレの進行を中心に、さまざまな世界情勢が目立つ。中でも、日本が深刻な問題として捉えるべきは、1ドル150円台となる四半世紀ぶりの円安である。実質為替レートで見れば、半世紀前の固定相場制の時代と同程度の1ドル360円にまで円の価値が低下している。
このような状況を踏まえると、未来ビジョン・長期ビジョンを考えるに当たっては、日本国内だけでなく、海外への進出や海外からの流入を踏まえた視点が必要になってくる。
【図表1】After COVID-19の世界 世界同時インフレの進行
出所:タナベコンサルティング講演資料
長期ビジョンの重要性
タナベコンサルティングが行った「長期ビジョン・中期経営計画に関するアンケート2023」の結果では、全体の8割以上の企業が長期ビジョンの必要性を感じると回答している。その背景には、世界が目まぐるしく変化していく中、従来の3年・5年単位の中期経営計画では不十分な状況がある。また、来期に取り組む重点テーマを聞いたところ、【図表2】のような結果になった。いずれのテーマも、1年や2年の短期では実現が難しく、毎期着実に推進していくべき課題となっている。
【図表2】来期の長期ビジョン・中期経営計画の重点テーマ
出所:タナベコンサルティング「長期ビジョン・中期経営計画に関するアンケート2023」
今回のアンケート結果が示すように、重点テーマの実現に向けた長期ビジョンの重要性は、各社が感じている通りである。一方で、実際に長期ビジョンを構築している企業は全体の3割程度にとどまっており、自社全体を変えていく長期的な取り組みを実行する難しさが浮き彫りになっている。
トランスフォームに向けた中期経営計画の策定
タナベコンサルティングは、2020年から開催している本フォーラムにおいて、長期ビジョンと中期経営計画を連動させ、着実にゴールへと向かうアプローチを提唱している。これは、10年後の未来(長期ビジョン)を定めた上で、積み上げ型ではなくバックキャスティングのアプローチで、中期経営計画を策定する手法である。(【図表3】)
【図表3】長期ビジョンと中期経営計画の連動イメージ
出所:タナベコンサルティング講演資料
①日本の少子高齢化、②GDP(国内総生産)における優位性の揺らぎ、といった状況にあってもなお、持続的な成長を遂げていくためには、ビジネスモデル・ポートフォリオ・組織構造・企業文化といった全てをトランスフォーム(変革)していかなければならない。
タナベコンサルティング:企業価値向上のキーポイント
成長に向けた投資の着眼点
企業成長のためには、戦略的な未来に向けた投資が不可欠である。低成長・コストアップマーケットにおける負のスパイラルでは、次のような事態が起こりやすい。
①業界内で価格競争が起こりやすくなるため、粗利益を稼ぐために販売量を増やす。
②販売量が増加することによって業務量や物量が増えるため、多くの人員が必要になる。
③現在の労働市場は不足状況かつ賃金上昇の圧力がかかっているため、人員数は変えずにデジタル化や自動化の取り組みを行う必要が出てくる。
④投資が追い付かない場合、既存の人員の負担が増大し、モチベーションの低下や離職を招く。
⑤残された人員で多くの業務を行う状況から抜け出すことが困難になる。
このような事態を脱却し、未来の成長を目指すためには、次のような投資判断を行うことが重要である。
(1)事業開発投資(市場・商品・サービス開発投資)
収益性の高い事業・商品・サービスを生み出す事業を創造する機能や機会を組織内に設けたり、事業開発を定期的に検討する場面や仕組みをつくったりする。
(2)事業推進投資(組織・人材・マネジメント投資)
決定した事業戦略に合わせた組織を編成して、最適な人材を配置していく。
(3)オペレーション投資(業務改善・IT投資)
効率的でローコストなオペレーションを実現し、社員が付加価値の高い業務に集中できる環境を作るために、デジタル化や自動化を推進する。
(4)リスクマネジメント投資(内部統制関連投資)
BCP(事業継続計画)の策定、内部統制に対する取り組みを行う。
(5)人材開発投資(採用・育成・活躍投資)
人材開発投資においては、①人材KPI(重要業績評価指標)、②リスキリング、③エンゲージメントという3点が重要になる。①人材KPIとは、人材育成における投資対効果を計る基準や指標であり、上場企業においては開示が進んでいる。
②リスキリングとは、新しい職業に就くため、あるいは現在の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得することである。経営面においては、事業の方向性に合わせて、求める人材像を設定することが不可欠である。
③エンゲージメントとは、従業員の会社に対する愛着心や思い入れのことであり、これが高いと、従業員が高い意識を持って業務に取り組むことで高品質なサービスを提供し、クライアントから満足や感謝を伝えられることで高い貢献意識を感じ、生産性が高まるといった好循環を生み出すことができる。エンゲージメントの源泉となるのは、特に自社のビジョンへの共感や経営陣への信頼である。タナベコンサルティングでも、エンゲージメントの度合いをモニタリングするツールとして、「エンゲージメントサーベイ」というサービスを提供している。