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研究リポート2023.12.04

未来戦略フォーラム2023(ゲスト:塩野義製薬、ユナイテッドアローズ、グローウィン・パートナーズ)

塩野義製薬:経営基盤強化の取り組み~SHIONOGIの目指す姿~

 

 

塩野義製薬株式会社

経営戦略本部 経営企画部 部長
水川 貴史氏

1995年名古屋大学経済学部卒業。2015年経営学修士(MBA)取得。1995年塩野義製薬株式会社入社。MR、営業企画部門、中国支店支店長等の営業関連の業務に従事。流通統括部、経営企画部、研究企画部長、先端医薬研究所長、シオノギファーマ経営戦略本部長を経て、2023年1月より現職(経営企画部長)に至る。中期経営計画STS2030Revision策定(2023年6月発出)に従事。

 

 

製薬ビジネスにおける塩野義製薬の特徴

 

医薬品は「医療用医薬品」と「一般用医薬品」に分けられ、医療用医薬品の中でも「新薬」と「ジェネリック医薬品」に大別される。塩野義製薬は新薬を開発する創薬型製薬企業である。新薬の開発から上市には約15年かかり、その間の研究開発費は約1700億円に上る。(【図表1】)

 

 

【図表1】医療用医薬品が発売されるまで

出所:塩野義製薬講演資料

 

 

一方で、上市した商品については、2022年度で5品目において国内で1000億円以上を、10品目において世界で100億ドル以上を売り上げている。このように、製薬ビジネスはハイリスク・ハイリターンという特徴をもつ。また、日本では、薬価を国が決めており公定価格が定期的に下がるため、原材料費用が高騰した場合なども価格転嫁することができない。加えて、20年間の特許期間が切れるとジェネリック薬品が流入してくるため、「パテントクリフ」と呼ばれる売り上げの急降下が起こる。そのため、新薬として販売を行っている間に企業として成長し、またその間に次の新薬の開発を進めることが重要になる。

 

1878年創業の塩野義製薬は、2023年に創業145周年を迎えた、従業員数5680名(連結、2023年3月期)の老舗製薬企業である。売上規模では中堅だが、売上高営業利益率が34.9%(同)と非常に高いことが特徴である。塩野義製薬開発のHIV薬「テビケイ」を合弁会社が販売することでロイヤルティーを得ており、その売り上げが収益全体の4割を占める。

 

また、研究開発型の製薬企業であり、一般的な製薬企業の自社創薬比率が2、3割程度といわれる中、塩野義製薬は6割と高い。流行によって売り上げが左右されるために取り組む企業が少ない、感染症分野の製薬に注力している。

 

今後の展望として、需要が高まることが予想されるヘルスケア市場に対して、日本の社会保障費は逼迫しているため、公的扶助で医薬品を購入する医療用医薬品のマーケットだけではなく、「自腹」で薬を買う顧客のマーケットにも商品を提供していく考えである。また、人口が増加していくアジア・アフリカ圏に向けても、価格を抑えた薬品の提供を目指す。

 

 

2030年に向けた中期経営計画と実現に向けた取り組み

 

塩野義製薬は、2020年度に「新たなプラットフォームでヘルスケアの未来を創り出す」という2030年度に向けた中期経営計画を掲げた。「創薬型製薬会社として成長する」という2020年度のビジョンから大きく変化したため、社内で「新たなプラットフォーム」についての議論を密に行うことで浸透させた。製薬ビジネスは開発に長期間を要し、計画を立てる際に他企業に比べて息の長い視点が求められるため、中計として10年単位のビジョンを発表している。

 

塩野義製薬は、自社を「HaaS企業」と定義付けている。これは「Healthcare as a Service」の略であり、顧客のニーズが多様化する中で、医薬品を提供するだけでなく、新たな付加価値を提供することでニーズに応えるというものである。そのためにビジネスモデルを転換し、パテント(特許)に縛られないワクチンなどの新たなビジネスや、他産業・他社との協力を進めていく方針を示した。(【図表2】)

 

 

【図表2】ビジネスモデルの転換による拡大

出所:塩野義製薬講演資料

 

 

2020年度の中計公表時、日本国内でもCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)が流行していた。塩野義製薬は、感染症研究に重点的に取り組んできた会社として、ワクチンや治療薬の開発に集中的にリソースを投入し、約2年という短期間でCOVID-19の経口治療薬を開発、国内での緊急承認まで漕ぎ着けた。

 

2023年のリビジョンでは、目標を上方修正し、2030年に向けて成長するフェーズを2年前倒しにする計画を発表している。より長期に作用するHIV(ヒト免疫不全ウイルス)薬の開発を進めることで、パテント切れによる売り上げ低下を防ぐめどが立ってきたこと、COVID-19治療薬のニーズが当面持続する見通しであることを踏まえている。

 

2030年に向けては、新製品・新規事業の拡大に積極的に投資を行い、感染症対策の製品開発を中心としたグローバルな成長を目指す。加えて、社会的影響力が高くQOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)に直結する疾患や、子供の疾患にも目を向け、ヘルスケア社会課題の解決にも取り組んでいく方針である。

 

 

業務プロセスと意思決定プロセスの改革による経営基盤強化

 

中計を実行するために、経営基盤の強化は欠かせない。塩野義製薬は、特に業務プロセスと意思決定の改革を行った。業務プロセスについては、既存プロセスの抜本的変更と新たな取り組みが、それぞれ社内・社外の両方において実行された。

 

社内における既存業務プロセスの改革については、COVID-19治療薬の開発が大きな転機となった。これまでの治療薬創製のプロセスと異なる点は、①極端なリソースシフト、②複数アプローチによるリスクヘッジ、③リスクテイクを伴う意思決定、の3点である。具体的には、最速提供を重視した治療薬の開発、強力な効果を重視した治療薬の開発など、創薬アプローチを複線化してリスクヘッジを行うことで、開発の成功を目指した。

 

同時並行のプロジェクトでは多くの人員が必要となるため、他の研究プログラムを止めて研究員を集めた上で、異動した元研究員も動員し、全体の8割の研究員をCOVID-19治療薬の開発プロジェクトに投入した。また、意思決定についても、確実性を重視した段階的な方式から、同時並行でパラレルに行う方式へと変更した(【図表3】)。その結果、コロナ禍のうちに、治療薬「エンシトレルビル」の開発を成功させた。

 

 

【図表3】

出所:塩野義製薬講演資料

 

 

社内における業務プロセス改革の新たな取り組みとしては、イノベーションを推進するプロジェクト「やりたいねん!」を展開している。従業員が新規事業や新しい取り組みを経営層に提案できる機会を提供するもので、そのうちのアイデアが実際に下水モニタリング事業へと発展した。

 

また、社外においては、米国で感染症領域の医薬品開発・研究を行うQpex Biopharma社を吸収合併した。塩野義製薬の感染症研究の知見と組み合わせることで既存事業の強化に繋がるだけでなく、PMI(経営統合)の過程で新たな考え方を取り入れ、業務プロセスを見直す好機となっている。

 

業務プロセスを改革していく中では、意思決定プロセスの改革も共に重要になってくる。社内において、従来の本部単位とは異なる4つの管掌に組織再編を行った。従来は多数の議題を本部長が集まる経営会議で意思決定していたが、権限移譲が進み、現場で決定する事業を増やしている。また、稟議を廃止し、ビジネスリスクに応じて決裁者を決める形へと変更した(【図表5】)。意思決定に当たっては、不確実性と影響度の観点でビジネスリスクを算出している。

 

 

【図表5】ビジネスリスクに応じた決裁

出所:塩野義製薬講演資料

 

 

経営基盤の強化に当たっては、壊すところと残すところを見極める深い洞察がキーファクターとなり、トップのコミットメントも欠かせない。また、スピードのある質の高い意思決定を行うことも重要である。

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