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【特集】

パーパスから描く未来戦略

企業活動の持続可能性が重視され、企業に「パーパス」を求める機運が高まる中、自社の存在意義やMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を再定義する企業が増えている。パーパスの実現に向けた中長期ビジョンを構築し、事業計画に落とし込んで、自社の成長を加速させるメソッドを提言する。
2023.07.28

自然と技術が調和する「200年目の未来」を描く:IHI

2016年に開通したトルコ共和国の吊り橋、オスマン・ガーズィー橋。IHIグループが手掛けた海外橋梁の中で最長の吊り橋で、イスタンブールとイズミル市を結ぶ高速道路プロジェクトの一部。イズミット湾の南北を6分で縦断可能にした

 

170年にわたって各時代の社会課題を解決してきた総合重工業メーカーのIHI。2020年のコロナショックを機に「技術の在り方」を問い直し、新たなイノベーションを起こしている。

 

安全・安心を支えてきた170年の歴史

 

IHIの創業は1853年。米国東インド艦隊司令長官のマシュー・ペリー率いる黒船艦隊が浦賀(現在の神奈川県横須賀市)へ来航し、植民地支配を拡大する欧米列強からのプレッシャーが極限に達する中、日本初の近代的な民間造船所として創設された石川島造船所(後の石川島播磨重工業)に起源を持つ。以来170年間、人々の安全・安心を守るため、社会インフラのコアとなるさまざまな基盤技術を開発してきた。

 

その代表格は、船舶用のプロペラに端を発する高速・高精度の回転機械技術だ。航空エンジンのシャフトやターボチャージャーは世界トップクラスを誇る。また、火力発電で培ってきた世界最先端の燃焼・熱流体技術は、今後100%カーボンフリー発電を実現していく上で欠かせないキーテクノロジーとして、大きな期待が寄せられている。その他、CO₂と水素から都市ガスの燃料となる合成メタンを製造するカーボンリサイクル技術や、防災・減災に寄与する計測・管理システムなど、同社が提供している技術の価値は枚挙にいとまがない。

 

このように国内外の産業・公共インフラを縁の下で支えている同社が、かつてないスケールの変革に踏み切ったきっかけは、2020年のコロナショックと同年10月に日本政府が表明した「2050年カーボンニュートラル宣言※1」である。コーポレートコミュニケーション部長の坂本恵一氏は次のように話す。

 

「新型コロナウイルスの感染拡大により、航空業界は大きな打撃を受けました。航空エンジンが事業の大黒柱だった当社は、2020年4月から12月までの9カ月間の決算で100億円を超える赤字を計上。さらに同時期、脱炭素に向けた国の目標が明確に打ち出されたことで、技術開発に求められるスピードが一気に加速しました。

 

こうした環境変化を踏まえ、中期経営計画として走らせていた『グループ経営方針2019』の見直しを決断したのです」

 

「プロジェクトChange」で環境変化に即応

 

2020年6月に代表取締役社長に就任した井手博氏は即座に手を打ち、同年11月に中期経営計画「プロジェクトChange」を発表(【図表1】)。

 

【図表1】「プロジェクトChange」の位置付け

出所:IHI「統合報告書2022」よりタナベコンサルティング作成

 

2020~2022年度の3年間を「環境変化に即した事業変革への準備・移行期間」と位置付け、これからの成長事業として「航空輸送システム」「カーボンソリューション」「保全・防災・減災」の3つを掲げ、総力を挙げて取り組んだ。(【図表2】)

 

【図表2】「プロジェクトChange」の力点~ESGを価値観の軸においた社会・環境に配慮した適切な経営~

出所:IHI「統合報告書2022」よりタナベコンサルティング作成

 

まず着手したのは、成長軌道への回帰である。収益基盤のさらなる強化に向けて、航空エンジン事業で培ってきた「ライフサイクルビジネス※2」を陸上の各事業でも展開。予防保全サービスの充実にリソースを集中した。インフラの老朽化や気候変動による自然災害の激甚化を背景に、設備やシステムのレジリエンス※3強化が切実に求められているからだ。

 

人手不足や税収減が深刻化する日本では、省人化も喫緊の課題となっている。営業とエンジニアが一緒に現場へ出向き、運用面での困り事を徹底的にヒアリング。ドローンや衛星観測技術などを活用して、疲労劣化をリアルタイムに検知できるモニタリングや、遠隔操作でメンテナンスできるサービスなどを展開している。

 

ライフサイクルビジネスの2022年度の売上収益目標は、航空・宇宙・防衛事業領域を除く3部門で30%増加(2019年度比)としてきたが、すでに達成した。

 

また、環境変化に打ち勝つ事業体質を目指し、社員一人一人が活躍できる体制整備を進めている。「同じ会社、同じ部署にいても新しい発想は出てこない」という考えの下、社外就業(セカンドジョブ)や社内副業を一部認める制度や、本人の希望に基づく異動の機会を提供するグループ内公募の仕組みをつくり、多様な働き方を奨励。常識にとらわれない「変革人材」の育成に力を注いでいる。

 

「当社にはユニークな発想を持つ“変わり者”を受け入れるおおらかな雰囲気があると思います。ほとんどの人が『無理だろう』と思うようなアイデアでも、『やってみよう』と後押ししてくれる人がいる。画期的なイノベーションを生み出す上で、その環境は大きいと思います」。そう語るのはコーポレートコミュニケーション部サステナビリティ推進グループ主任調査役で、エンジニア出身の田辺絹子氏だ。

 

2020年2月に世界で初めて開発に成功した航空機用のエンジン内蔵型電動機も、プロジェクトが発足した2012年当初は「高温で振動のあるジェットエンジンの後方に電動機を取り付けるなんて不可能」といわれていたと田辺氏は振り返る。しかし、電機・構造・熱流体のエキスパートが技術力を掛け合わせて「まさか」を実現。航空機の省電化と燃費向上に向けて大きな一歩を踏み出した。

 

2021年4月に「戦略技術統括本部」を発足し、事業部や専門領域の枠を超えてクロスオーバーできる体制を構築。多様な人材の交流が原動力となり、2022年6月には、燃やしてもCO₂が出ない液体アンモニアのみを燃料とした、2000kW級ガスタービンでのCO₂フリー発電に、世界で初めて成功した。

 

「アンモニアは、発熱量が都市ガスの半分以下で燃焼速度も遅いことから、燃料として扱われていませんでした。しかし、当社には、燃料としてのアンモニアの有用性を確信して、約10年前から黙々と研究を重ねてきた“変わり者”のエンジニアがいたのです」(坂本氏)

 

温室効果ガスの削減率は99.9%以上だという。同社では2025年までにアンモニア専焼ガスタービン商用化の実現を目指すとともに、製造から輸送・貯蔵・利用に至る一連のバリューチェーン構築に向けた取り組みを進めている。CO₂排出量の削減が求められる今、多くの電力会社から、アンモニアへの燃料転換の実現可能性に関する問い合わせが寄せられている。同社は協働の裾野を広げながら、「2050年カーボンニュートラル」の実現に貢献していく方針だ。

 

かつてない経営危機を新たな事業機会と捉えて挑戦してきた同社は、全セグメントで増収増益を達成(連結、2023年3月期)。いま新たな成長事業が続々と芽吹いている。

 

IHIの「将来の社長」が、世界初の脱炭素技術・アンモニア混焼など、カーボンニュートラル社会の実現に向けた技術や製品などを紹介する動画をウェブサイトで発信。広く社会に向けたコーポレートコミュニケーションを推進している


※1 「国内の温暖化ガス排出量を2050年までに実質ゼロにする」という日本政府の目標
※2 アフターサービスや修理・メンテナンスなど、製品ライフサイクルを延ばすための包括的なサービス
※3 変化や困難に対処し、迅速かつ効果的に回復する力

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