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100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【対談】

100年経営対談

注目企業のトップや有識者と、タナベコンサルティンググループの社長・若松孝彦が「100年経営」をテーマに対談。未来へ向けた企業の在るべき姿を描きます。
対談2024.04.01

答えのない時代だからこそパーパス&バリューを宣言し未来を開く:早稲田大学 大学院 経営管理研究科 教授 入山 章栄×タナベコンサルティング 若松 孝彦

 

コロナ禍を経て大転換期を迎える今は、自社が事業で社会にどう貢献するかを考え、会社の本質的価値を見直す絶好のタイミングである。米国で世界標準の経営理論を学び、「両利きの経営」を日本に伝えた早稲田大学大学院経営管理研究科教授の入山章栄氏に、TCGのパーパス&バリューを踏まえて、未来をつくっていく真髄を伺った。

※本対談は動画でもご覧いただけます。

 

パーパスやビジョンには一般動詞が必要

 

若松 今回の対談は、以前の対談(『TCG REVIEW』2021年9月号)と趣向を変え、パーパス&バリューについて、タナベコンサルティンググループ(以降、TCG)を事例に深く掘り下げていきます。また、この対談は動画でもご覧いただけるようになっています(4ページ参照)。入山先生、本企画にご理解をいただきありがとうございます。

 

TCGは、2023年に創業65周年を迎えました。創業者・田辺昇一は、勤めていた会社が倒産するという原体験から、「日本にも企業を救う仕事が必要だ」と一念発起し、「企業を愛し、企業とともに歩み、企業繁栄に奉仕する」という志から始まる経営理念を掲げて、1957年10月に京都で創業しました。

 

今回、TCGが65周年という節目を迎えたのを機に、もう一度、社会に向けて私たちの思いや貢献価値を発信しようと考え、新たにパーパス(貢献価値)&バリュー(自社の価値観)を策定しました。「その決断を、愛でささえる、世界を変える。」というパーパスと、「Teamwork is Power-すべてはクライアントの成功と、明るい未来のために」から始まる6つのバリューは、私たちが大事にしていく価値観です。

 

入山先生は数々の企業を見てこられましたが、まず、TCGのパーパス&バリューにどのような印象をお持ちになったかをお聞かせください。

 

入山 「愛でささえる」「世界を変える」。素晴らしい言葉ですね。さまざまな企業のパーパスを拝見してきましたが、重要なのは一般動詞であることです。「愛でささえる」もそうですが、企業にとってパーパスは、「私たちは○○をします」という存在意義ですから、先を見越した動詞であるべきだと思います。中にはBe動詞だったり、名詞だったりするパーパスもありますが、それではその企業がどうしたいのかが分かりません。

 

パーパスやビジョンは未来を見据えて発信するものですから、やはり一般動詞であるべきだろうと思います。実際、グローバルで活躍するトップ企業のパーパスやビジョンには、おしなべて一般動詞が入っています。そうでないと人の心はつかめません。

 

もう1つ、素晴らしいと思ったのは、TCGが策定した「パーパスストラクチャー」という体系の中で、パーパスの前にフィロソフィー(経営理念)があることです。これは本当に重要です。

 

私は企業のパーパスやビジョンの策定に関わっていますが、なかなか言葉が出てこない企業があります。パーパスとは、20年、30年、40年先の未来に向けてつくりますが、私が一番重要だと思うのはバトンタッチの感覚です。つまり、創業者がどのような思いでこの会社をつくったのか。そこは絶対にブレてはいけません。

 

若松 今回のパーパス&バリュー策定に際し、創業者がどのような思いで会社を興したのかを思考し、また田辺昇一の多くの著書をあらためて何度も読み返しました。その中で、TCGの経営コンサルティングという仕事を、「決断を売る仕事」と定義しました。

 

私は、経営者の仕事は決断であり、経営者の決断は企業を変え、社会や世界を変えると信じています。「TCGは、経営者の決断に真摯に、厳しく、愛を持って向き合い、支えていく」という決意を込めました。そして、「チームの力で世界中の企業を成功で満たして100年先の明るい未来を創り出すことが、この先も変わらないTCGの貢献価値である」、と未来に宣言しました。創業の原点と何十年も先の未来は一直線でつながっており、今の世代はその線上でバトンをつなぐことが仕事。未来のことだけを考えてパーパスをつくる企業もありますが、原点を考えることは未来を考えるのと同じくらい大事です。

 

実は、パーパスを決めるのに約10カ月かかりました。TCGの全てのプロフェッショナル社員と一緒に何度も検討し、言葉やメッセージを紡いでパーパス&バリューを導き出しました。時には侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしながら、250もの言葉が集まりました。その言葉からパーパスを紡いでいくのですが、「企業を愛する」という言葉を入れるか入れないかについて、社員はもちろんですが、取締役会でも白熱した論争が起きたほどです(笑)。

 

入山 とても良いことです。第一線で活躍されている経営コンサルタントが集まって「愛」について語っている姿を想像すると面白いですね。

 

若松 世界中の経営コンサルティングファームを見ても、「企業を愛する」ことをこれだけの時間をかけて議論している会社はTCGだけだろうと思います。この言葉を採用するかしないかではなく、「企業を愛すること」がTCGの個性であり、「TCGらしさ」だと考えました。そして、その答えを求めることが、創業者から私たちへの宿題だとも感じ、経営理念から未来にもつなぐ言葉としてあえて「愛」をパーパスに入れました。

 

入山 それぐらいTCGにとって大事な言葉ということ。愛という主観的な表現が入ることで、本当に強い思いを持って実行するのだという決意が表れています。

 

徹底的に議論し、言語化し、行動に落とし込む

 

若松 経営理念は、創業者が組織内に発信した「志」です。一方、パーパス&バリューは現在の経営者(経営陣)が未来の社会へ「どう在りたいのか」、そして「何を行うのか」という貢献価値を宣言するものです。したがって、経営理念とパーパス&バリューは一直線につながっていなければなりません。その点、日本企業の多くは元来、経営理念を大事にしてきた歴史があると思っていました。パーパス&バリューといった考え方も昔からあったように思います。

 

入山 一周回って、今は日本企業よりも欧米のトップ企業の方がパーパスやビジョンを大事にしています。

 

若松 それは興味深いです。入山先生が提唱される「世界標準の経営理論」から見て、パーパス&バリューは企業経営においてどのような役割を果たしているのでしょうか。

 

入山 2つの側面があると思います。1つ目は、「両利きの経営」と関連しています。これからの時代は、圧倒的な変化をしないと生き残れません。こういった環境においては、目の前の現業とは別に遠くの幅広い知見を手に入れ、新しい知と知を組み合わせることで新しいアイデアを生み、チャレンジしていかないといけません。これを経営学では「知の探索」と言います。

 

一方、会社はお金を儲ける必要があるので効率化していきます。これを「知の深化」と呼んでおり、探索と深化のバランスが重要になる。この2つを掛け合わせて「両利きの経営」と呼びますが、企業にとって変えることや新しい何かに挑戦することは想像以上に大変です。

 

探索し続ける上で重要になってくるのが「センスメイキング理論」です。簡単に言えば、「遠い未来への腹落ちの理論」。20年、30年後にどういった方向感で世の中に価値を提供し、お客さまに貢献して利益を上げていくのか。それを社員やお客さま、銀行、取引先などに納得してもらい、巻き込んでいくと、大きく前に進んでいきます。

 

もともと日本企業には、パーパスやビジョンのような経営理念や社訓などがありますが、それが腹落ちしていないところが多く、言葉だけが上滑りしている印象です。一方、グローバル企業は、遠い未来に何を提供するかについて経営陣が必死で議論しています。そして、みんなが腹落ちしたら全社員に降ろしていく。さらに、グローバル企業はこの作業が仕組み化されています。

 

グローバルに事業を展開する化学メーカーのデュポンには、100年先の未来をどうつくるかを、経営陣が徹底的に議論する「100年委員会」があります。そこでパーパスを決め、丁寧に下に降ろしているため、社員の方向感が定まってくる。その上で知の探索を繰り返すのです。

 

ただ、事業開発の成功確率は1割、2割ですから、もちろん失敗もあります。しかし、挑戦を続けていると成功する事業が生まれてくるので、そこに大規模な投資をして事業を拡大しながら生き残っていくのです。

 

若松 先行きの見えない時代こそ「知の探索」が重要になりますが、それには20年、30年後の自社の未来像について徹底的に議論し、社員やステークホルダーに腹落ちさせることが大事になる。方向感を合わせる役割をパーパスが担っているわけですね。バリューはどのような役割でしょうか。

 

入山 バリューとは、平たく言えば文化をつくる役割です。得てして日本の会社は文化を感覚的に語っているように思いますが、企業文化や価値観は戦略です。会社にとって一番大事なものですから、意図的に、戦略的に狙ってつくるべきだと私は考えています。

 

デュポンの場合、バリューの1つが「安全」です。化学分野では1つの失敗が大事故を引き起こすため、安全が全社員の行動にたたき込まれているそうです。例えば、タクシーに乗る時は後部座席でも必ずシートベルトを着用する。階段は端に寄って手すりを使って歩くなどの行動が徹底されています。実際、私の教え子が中東のデュポンに入社しましたが、「研修中に『タクシーに乗ったらシートベルトを着用する』と教わりました」と言っていました。研修も含めて、徹底的にバリューを行動に落とし込んでいるのです。

 

若松 私は常々、「組織は戦略に従い、戦略は理念に従い、その理念は経営されて成果になる」と言っています。経営理念やパーパスという「志」が腹落ちせず、上滑りしていては、独創的な戦略も生まれず、その戦略が経営としても実行されないことを示唆しています。社員の価値観や行動を戦略的に変えるには、トップマネジメントの強い意思が不可欠です。「本気でバリューをグループ全体のものにする」という思いがないと浸透しませんし、行動も変わりません。

 

 

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