創業90年。カメラ専門のチェーンストアから独創進化
若松 全国に「カメラのキタムラ」「スタジオマリオ」などを展開するキタムラは、2024年に創業90周年を迎えられました。おめでとうございます。2024年3月現在、カメラのキタムラは605店舗、スタジオマリオは348店舗に上り、従業員数は6991名になられました。キタムラ本社のエントランスは、キタムラの個性を表現しているユニークなデザインです。今回は、ぜひキタムラ独自のユニークな変革と成長についてお聞かせください。
柳沢 ありがとうございます。この本社エントランスは、創業時のフィルムをイメージしてデザインしています。当社は1934年にキタムラ写真機店として現像所からスタートしました。その後、2代目であるファウンダー(創業者)・名誉会長の北村正志が小売りの時代を見越してチェーン展開し、現在の基盤をつくりました。
現在は、キタムラやカメラのキタムラ、しまうまプリント、フォトクリエイトなど14の事業会社と、それらをまとめるキタムラ・ホールディングスからなる企業グループとして写真に関わる幅広いサービスを提供しています。(【図表】)
【図表】キタムラ・ホールディングスのグループ企業
出所 : キタムラ・ホールディングスのホームページを基にタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
若松 「写真に関わる幅広いサービスを多角化している」ことがキタムラらしさですね。私は、対談テーマである「100年経営企業」とは、「変化を経営する会社」であると言っているのですが、キタムラの90年という歴史はまさに「変革の歴史」であったと思います。その中で、柳沢社長は新卒でキタムラに入社されたのですね。入社後はどのようなキャリアを歩んでこられたのですか。
柳沢 私は1997年に新卒入社し、店舗に配属になりました。ちょうど「Microsoft Windows98」が発売される1年前。デジタルカメラとPCをつなげば写真をデータで保存したり、プリントできたりするようになり、写真に関するワークフローが大きく変わりました。フィルムカメラに関しては先輩方に到底太刀打ちできませんが、デジタルカメラは新しい知識が必要になる。「デジタルカメラのことなら柳沢に聞けば分かるよ」と言ってもらえる環境をつくろうと必死に勉強しました。私は人生の9割は運で決まると思っていますが、その後、運良く20代で本社勤務になりました。時期が少しずれていたら今は違っていたと思います。
若松 Windows98が発売されて世界は一変しました。デジタルカメラの台頭でアナログカメラや写真フィルムは年率数パーセントから数十パーセントまで減少しています。運も、置かれている環境をどのように捉えるかで変わります。柳沢社長の努力や視点が運を引き寄せたとも言えます。本社に異動され、北村ファウンダーと一緒に仕事をされたのですか。
柳沢 本社では北村と話す機会が多くありましたし、たくさん叱られもしました(笑)。それでもめげずに付いていき、ECの立ち上げなど新しい基軸のキャリアを積み重ねるうちに、ある程度認めてもらえるようになりました。若いうちに創業者から学び、さまざまな経験をしたことで、視座を上げることができましたね。
若松 20歳代から北村ファウンダーと一緒に仕事をされたことも運が良かったですね。その時は感じなかったとしても、その後、そして未来に向かって道を選ぶ時に、「北村ファウンダーならどう決断するか」という考え方が経営の起点になっていると思います。
ECを店舗への集客装置として設計
若松 ヨドバシカメラやビックカメラが都市型の家電量販店として事業規模を拡大する一方、キタムラはロードサイド型のカメラ専門のチェーン店という独自のビジネスモデルを構築されてきました。そこが1つ目の転換点とすれば、DXが2つ目の転換点になると思います。柳沢社長は自らリーダーシップを発揮されて多くのDX戦略を推進されました。
柳沢 デジタルマーケティングも含め、デジタルと名が付く仕事は全て担当しました。経営陣も権限を委譲して後押ししてくれたので、店舗のオペレーションの変更やAIの活用にも手を広げながらDXの1つの型、ビジネスモデルをつくることができました。
若松 DXを推進すると言っても、商品はカメラ関連です。通常なら衰退する領域です。非常に緻密なDXやEC戦略が必要であると感じます。大切にされていたことはありますか。
柳沢 当社はカメラ専門店として地域密着でお客さまとの関係性をつくってきました。お客さまが使用されているカメラを把握しており、個々に合わせた提案をするテーラーメードの接客に強みがあります。ECは各店舗とつなぎ、ネットワーク化することを意識しました。店舗受け取りもその1つです。ネットショップで購入した商品を簡単に店舗で受け取れるように簡易化し、店舗集客装置になるように設計しました。
若松 店舗と顧客とのつなぎ目や集客という強みをさらに強化するDX戦略が興味深いですね。キタムラのEC戦略は当初からそのような考え方だったのでしょうか。
柳沢 入社時からECはありました。ただ、ECは宅配を伸ばすことを使命にする一方、店舗は店への集客を重視するといったように「部門最適」に陥りがちでした。このままの状態が続けばECは組織の“お荷物”になる――。そう危惧した北村から「柳沢、行ってこい」と異動の声が掛かった時、ECと店舗をつなげるのが自分の役割なのだと理解しました。
若松 店舗を知り、デジタルに強い柳沢社長に白羽の矢が立ったわけですね。当時のECは店舗と対立になる関係が多かったと思います。店舗と別チャネルのECです。私のコンサルティング経験でも、「このECはうまくいかないだろう」と強い危機感を持っていました。私自身もTCG(タナベコンサルティンググループ)の社長として、自社のDX戦略でもその点を非常に大切にしています。
柳沢 店舗が一番避けたいのは、目の前にいるお客さまの信頼を失うことです。駅前店とは異なり、ロードサイド店の顧客はわざわざ店舗に足を運ぶお客さまばかりです。そうしたお客さまとの間に、名前で呼び合うほどの信頼関係を築いているのがキタムラの良さ。それなのに、お客さまから「店舗で買った商品がECではもっと安く売っていた」と言われては立場がありません。そうならないように、商品や価格、店員の知識なども含めてお客さまとの関係を築ける仕組みづくりを心掛けました。
若松 先ほども言ったように、店舗とECの関係は対立、競い合う関係に陥りがちです。キタムラの場合、お客さまを満足させるバリューチェーン(価値連鎖)のツールとしてDXを店舗にも組み込んでいった顧客視点・現場視点のDXであったところが秀逸ですね。
柳沢 ECをフロントだけ見る人が多いですが、受発注システムや商品マスターを統合するのはもちろん、在庫状態や販売状態といったバックエンドまでつなげて設計しました。ただ、全てをデジタル化したわけではありません。バリューチェーンの中でボトルネックになる部分や、店舗に任せた方が良い部分は店舗に任せています。
若松 TCGも経営コンサルティングの中で、「顧客が顧客を呼ぶ善循環のバリューチェーンの構築」と呼んでいるのですが、DXも顧客や社員というアナログな部分と融合されないとうまくいきません。具体的にどのような部分をアナログにしたのでしょうか。
柳沢 例えば、故障対応を全てデジタル化するのは困難です。店舗の方がスムーズに受け付けられますし、人に対応してもらう方がお客さまは安心されるので店舗に任せています。人が対応した方が楽しいものや安心できる部分は人に任せる。それがどこなのかを1つずつ見極めながらDXを推進していきました。
最終的に全店舗にタブレットを導入し、ECや実店舗といった各チャネルをシームレスにつなぐのに5年ぐらい掛かりました。その際、頭の中は5年後を想像しながらも、「最初から費用が5億円掛かります」と言うと承認されないので、単年度で計画や予算を伝えて進めました。2012年に顧客との接点になるチャネルを全て連携させてアプローチするオムニチャネルの型が完成。その結果、顧客が一気に増加し、客単価も上昇しました。
若松 それは現場での小さな成功体験を積み上げながら組織を動かし、大きなムーブメント(組織変容)を実現する「変化の技術」ですね。そのような変革の結果、ネット販売の割合を示すEC化率はどの程度になりましたか。
柳沢 2007年が11%だったのに対して、2012年は37%、さらに2022年には60%にまで上昇しています。
若松 店舗がありながらEC比率60%は素晴らしいですね。非常に高い数字です。やはり、デジタルリーダーが目指すべき姿やその解像度を鮮明にしたことと、組織へのDX浸透の丁寧なステップが大切ですね。
逆転の発想で情の通ったDXを実現
若松 DX戦略は組織戦略なので、組織や人材へリスキリングも含めた変化を求めていくことになります。組織は本質的に変化を嫌う生き物ですから苦労もあったと思います。
柳沢 接客や店舗の価値を認識した上でデジタルを設計できるかどうかは成否を分けます。当社ではITの知識があって店舗のオペレーションが分かる人材を「両手持ち」と呼びますが、両手持ちの育成には2つのアプローチがあります。
1つ目は、社員がITの知識やデータの知識を持ち、A to D to DX(アナログ→デジタル→DX)に取り組む方法。もう1つは、経験者採用でデジタル人材を採用し、アナログを覚えてD to A to DXに持っていく方法です。
どちらにも課題はあります。前者には「データの壁」が存在し、後者は「情理の壁」を超えないといけません。ただ、最近はツールが優れており、データの壁は以前よりも乗り超えやすくなっています。
若松 なるほど。効率も大事ですが、そこに感情を込めないと顧客との信頼関係は築けません。ラストワンマイル(顧客にモノやサービスが届く最後の接点)という言葉がありますが、店舗の重要性をどこまで理解できるか、それが鍵になります。
柳沢 デジタルの成功事例は簡単にコピーできるため、競合が表れてすぐにレッドオーシャンに陥りますが、当社のモデルは店舗が鍵を握るため簡単にまねできません。ブルーオーシャンをつくれますし、そこに徹底的に“巣を作る”ことで優位性が生まれます。
若松 弱みを強みに変えていくバリューチェーンを構築すると、安易にまねできないオリジナリティーが生まれます。会社や組織、人材の強みをいかにDXするか、強いバリューチェーンをDXでいかにつくるかに注力できれば優位性が発揮されます。多くの企業はDXで「いかに作業を簡略化するか」という話に陥りがちですが、柳沢社長の成果を聞いていると、日本の多くの企業はデジタル化とDXが混在していると感じます。
柳沢 同感です。私の場合、頭の中で全ての工程をデジタルに置き換えて考えます。自動販売機で全ての商品・サービスを販売するイメージです。その上で、「ここに人がいたらお客さまが喜ぶな」というポイントをつくりながら設計しています。DXは改善ではありません。「お客さまが喜ぶ」を設計するのがDXだと私は考えています。
若松 それこそが、「顧客が顧客を呼ぶ善循環バリューチェーン」です。人材の価値が発揮されるポイントを見つけることが重要なのです。デジタルを使って引き算していくのではなく、デジタルでゼロにした上でアナログを使って価値を足し算していく逆転の発想です。人の価値が発揮されるところを明確にすることが、本当の意味での合理化だと思います。人材育成などで意識されていることはありますか。
柳沢 デジタルに限りませんが、「なぜ」を説明するようにしています。例えば、タブレットでカメラを査定するAIの査定機能を導入した際も、使い方の説明よりも「なぜその機能が必要なのか」を伝えました。
なぜ、AIの査定機能をつくったかといえば、対応する店員によって査定結果にばらつきが出るとお客さまは不信感を抱きますし、詳しくない機種の場合は他店に問い合わせる手間が発生してお客さまを待たせることになるからです。その点、AIの査定機能があればタブレットで写真を撮るだけ。店員間の査定のばらつきがなくなり、査定時間が短縮されればお客さまに喜んでいただけます。
若松 あらゆるカメラを査定できる人材育成には時間を要します。多くの経験が必要だからです。「ナレッジマネジメント」でもあります。AIにナレッジを学習させることで、より広く、スピーディーに価値を提供できます。
柳沢 おっしゃる通りです。ポイントは「なぜ、キタムラがAIの査定機能がつくれたか」です。それは、経験豊かな社員がたくさんのデータを提供し、査定のコツを教えてくれたから。みんなでつくったAIだからこそ価値があることを伝えるようにしています。
DXでは「Plan」よりも「Check」が重要
若松 デジタル化によって顧客満足度が上がること。さらに、強みの源泉が何かを伝えているわけですね。どこまで行っても現場に価値がある。そこをビジネスの軸に据えているから、デジタル化しても簡単にまねされません。
以前、TCG主催の「DXフォーラム2024」にご出講いただいた際、DXを深める重要視点として「攻めと守り」「知を深めるサイクル」について教えていただきました。AIの査定機能はまさにその好例と言えます。
柳沢 私の経験則から言えば、デジタルに100%はありません。7割を自分たちで決め、あとの3割はお客さまが決める。それを最初に理解しないといけません。まずは7割をつくり、残り3割を埋めるためにチェックする。プランに力を入れる方が多いですが、実はPDCAのチェックが重要です。あくまで確定させるのはお客さまであり、その決定に従って再構築し、知を深めていくサイクルを素早く回していかないと商売としては成り立ちません。
若松 知識化して、構造化して、試作化して、本番化する。マーケットで試しながら改良していく方が、良い仕組みをスピーディーにつくれます。まさに、ナレッジマネジメントですね。DXは専門家の声が大きくなりやすいのでつくり込まれがちですが、実際に使用するユーザーと一緒につくった方が良い仕組みになる。そのロジックが体制化されているところに、キタムラが進化を続ける理由があるように思います。
柳沢 お客さまが喜ぶものが正であって、私たちがつくるものが正しいわけではありません。ただ、みんなで共有するために体系化しています。頭の中で考えていることを構造化して1枚の紙にビジュアライズする。そうやって伝えないと7000名の従業員に正しく理解してもらえませんし、正しく運営してもらえません。「なぜ」も含めて何度も説明することは、社長がやるべきことだと考えています。
若松 「経営とは、トップの考えていることを社員の協力で実現すること」です。それには経営の可視化が不可欠。人的資本経営においても一番大事な部分と言えます。
一人一人の思い出をつなぎ写真をベースに人生を豊かに彩る
若松 今後の戦略についてお聞かせください。
柳沢 2022年からの約2年でビジネスモデルが大きく変化しています。テレビCMなどを活用してリユース系の事業を強化しており、収益モデルも変わりました。ただ、数値的な目標はさほど重視していません。お客さまが毎回来たいと思う会社、店舗であれば残っていくと思います。
これまでもカメラの販売や写真の現像、写真スタジオでの記念撮影や証明写真の撮影、学校行事の撮影など、グループ会社を含めてキタムラは人生のさまざまな場面に立ち会ってきました。次は、そうした思い出を1つにまとめる場になりたいと思っています。
若松 素敵なアイデアです。これまで話していただいたアナログとデジタルを融合した善循環のバリューチェーンを駆使すれば実現すると思います。
柳沢 今はネガの状態だったり紙の写真だったり、ビデオカメラの動画だったり、スマホの中のデータだったりとバラバラに思い出が保管されており、1つにつなげて見ることができませんが、一人一人の人生を振り返ることができる形で引き継げれば、長く人の記憶の中で生き続けることができます。それができるのは当社しかないので、挑戦する価値は十分にある。北村がキタムラをチェーンストア化し、スタッフやお客さまが集う場ができました。次は「世界を代表するフォトライフ・カンパニー」をビジョンとし、写真をベースに思い出や人生を語れる場をつくりたいと考えています。
若松 すでに音楽の世界はつながっています。私自身、音楽アプリで思い出の曲をプレイリストにまとめていますが、音楽を聴くとその当時の思い出がよみがえってきます。柳沢社長のお話をお聞きしながら、写真で同じような環境ができたらすごく素敵だと思いました。私は、「売り場のないところに売り場をつくる」ことがこれからのマーケティングと表現しますが、まさに新しい売り場ができる予感がします。ぜひ「世界を代表するフォトライフ・カンパニー」を実現していただきたいです。本日は貴重なお話をありがとうございました。
キタムラ 代表取締役 社長執行役員 柳沢 啓(やなぎさわ はじめ)氏
1975年京都府生まれ。1997年に新卒でキタムラ入社後、店長、バイヤーを経て、EC事業部へ。その後デジタル推進部長、コンタクトセンター部長を兼任し、2024年4月より現職。
(株)キタムラ
- 所在地 : 東京都新宿区西新宿6-3-1 新宿アイランドウイング
- 創業 : 1934年
- 代表者 : 代表取締役 社長執行役員 柳沢 啓
- 売上高 : 901億円(2024年3月期)
- 従業員数 : 6991名(2024年3月現在)
若松 孝彦 わかまつ たかひこ
タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長
タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。
1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティンググループ)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『チームコンサルティング理論』『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。
タナベコンサルティンググループ(TCG)
大企業から中堅企業のビジョン・戦略策定から現場における経営システム・DX実装までを一気通貫で支援する経営コンサルティング・バリューチェーンを提供。全国800名のプロフェッショナル人材を有し、1957年の創業以来17,000社の支援実績を持つ日本の経営コンサルティングのパイオニアであり、東証プライム市場に上場しているファームである。