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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2024.09.02

「“はたらく”に歓びを」をデジタルサービスで実現する リコー 代表取締役会長 山下 良則氏

リコー 代表取締役会長 山下 良則氏
 
1936年の創業以来、OA(オフィス・オートメーション)の提唱など時代に先駆けてビジネスや働き方に変革を起こしてきたリコーグループ。連結売上高は2兆3489億円、従業員数は7万9544名を数える(2024年3月期)。リコーは2036年に創業100周年を迎える。「デジタルサービスの会社」へと成長を続けるリコーの代表取締役会長である山下良則氏にお話を伺った。
    パイオニアスピリッツでグローバル化をけん引   若松 2024年1月より、リコージャパンとタナベコンサルティンググループとの業務提携を通じ、全国の中堅企業のデジタル化を推進する活動を行っています。ご縁に感謝しています。   山下会長は2017年から代表取締役社長・CEOとして構造改革やデジタルサービスの会社へと変革を推進。2023年に代表取締役会長に就任されました。リコーの連結売上高は2兆3489億円(2024年3月期)に上り、海外売上比率は6割を超えます。   山下会長は世界中に拠点を立ち上げてこられました。リコーのグローバル化をけん引されてきた中、どのようなキャリアを積んでこられたのでしょうか。   山下 私は広島大学工学部を卒業後、リコーに入社しました。今は新卒採用の約80%をマッチング採用が占めていますが、当時は総合職で採用されて各部署に配属される形。実は、私は人事本部と経営企画室、国内販売部を希望しましたが、配属されたのは資材部でした。   希望していた部署への配属ではなかったので少し残念には思いましたが、それでも頑張って仕事をしていると、1985年9月の「プラザ合意」によって急激に円高が進行。海外から部品を調達するために、私が1人で買い付けに行くことになりました。   若松 当時の時代はそのような配属や働き方でしたね。ただ、大切なのは「はたらく」との向き合い方なのかもしれません。また、円高などのピンチをチャンスに変えていくスピリッツが優秀なリーダーシップの共通点です。その点は、時代が変化しても本質的に変わらない部分です。ここから海外へのキャリアが始まるのですね。   山下 1986年に台湾での調達を担当後、1987年からフランス工場の立ち上げメンバーになり、1988~89年にかけて現地に滞在しました。翌1990~91年には香港に駐在員事務所を設立し、1992年に中国工場の立ち上げ、1995年に英国の生産会社に赴任しました。2002年に帰国後、2004年から生産統括センターの所長を務めました。思えば、入社してから5年以上同じ仕事をしたことはないですね。   若松 リーダーシップを発揮し、リコーのグローバル化の歴史を共に歩んでこられたのだと感じます。その間、会社も大きく変わりました。   山下 私が入社した1980年当時、生産拠点は国内だけでしたが、その後中国生産拠点の立ち上げや、英国・米国の販売会社を買収したことで、売上高は1990年代の1兆円から2000年代には2兆円へ拡大、売り上げに占める海外比率も上昇しました。ちょうど生産統括センターの責任者になった時期でしたが、海外でのビジネスが拡大する中、海外の生産拠点が中国にしかないことに、私は強い危機感を持ちました。   若松 当時ですと、特に中国との取引やその比率に対する危機感ですか。   山下 おっしゃる通りです。生産統括センター所長の仕事は拠点を最適化すること。しかし、当時すでに中国の生産量が全体の70%を超えており、90%に到達するのは時間の問題でした。私は「チャイナ・プラスワン」プロジェクトを社長に進言し、それがきっかけでタイ工場が設立されました。     創業100周年に向けて「“はたらく”に歓びを」を実現する   若松 海外を中心に生産現場の立ち上げを行ってこられた貴重な現場体験と肌感覚が潜在的リスクに気付き、当時の社長への提言にまでつながったのだと感じます。そこからは日本でキャリアを積まれたのでしょうか。   山下 2008年から米国の生産工場で社長を務め、2011年に総合経営企画室長としてようやく本社勤務になりました。30年以上現場を回ってきたので、当時は本社があった東京・銀座に通勤するのが楽しみでしたよ。   総合経営企画室長になり、最初に行ったのは創業者である市村清の研究です。著書を読み、「人を愛し 国を愛し 勤めを愛す」という「三愛精神」に深い感銘を受けました。私自身、海外を転々とする中で大変なことも多々ありましたが、多くの人から学んだおかげで今があります。「人を愛し」から始まる三愛精神には、人に生かされてきた私の人生や考え方に重なる部分が多くありました。市村清は私が尊敬する経営者の1人であり、三愛精神は今でも「創業の精神」として大切に受け継がれています。(【図表】)   【図表】リコーの企業理念「リコーウェイ」 リコーの企業理念「リコーウェイ」 出所 : リコーホームページよりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成   若松 素晴らしい考えですね。タナベコンサルティンググループの経営理念も「企業を愛し」から始まるので、主語は違うものの、深く共感します。   山下 当社はもともとカメラメーカーでしたが、国内初の湿式ジアゾ複写機「リコピー101」を1955年に発売しました。これにより、事務文書や伝票の複写が手軽にできるようになりました。事務作業の画期的な変革となり、オフィスの機械化時代が幕を開けました。その後、「機械にできることは機械に任せて、人はもっと創造的な仕事をしよう」とOAを提唱しました。そこから、機械を通した業務の効率化や生産性の向上を実践してきたものの、まだ道半ばだと思います。   RPA(自動処理ツール)や生成AI(人工知能)などの登場で機械にできることが格段に増えています。今後も単純作業は機械化されていくでしょう。そんな「はたらく」の変化の中、私たちが100周年を迎えるとき、どんなお役立ちをすれば社会から必要とされるのか。それを「“はたらく”に歓びを」という使命として、2036年ビジョンに表しました。人にしかできない創造的な仕事を通して、生み出される付加価値を増幅することで得られる充足感・達成感・自己実現、そこに「はたらく歓び」があるのだという考え方です。その後、2023年4月には「“はたらく”に歓びを」は有限のビジョンではなく、企業理念であるリコーウェイの「使命と目指す姿」に定めました。   若松 2036年はリコーが創業100周年を迎える年、私は経営コンサルタントとして100年続く経営の研究をライフワークとしています。日本の100年企業は368万社中1.2%(タナベコンサルティング調べ)しかなく、私は「100年経営は奇跡の経営である」と言っています。いくどとなく経営危機を乗り超えた先の100年経営ですからね。山下会長も社長就任直後は大幅な赤字から見事にV字回復させました。   山下 辛い経験ではありました。社長に就任して1年目に、2008年に米国で買収した販売会社などに対して約1800億円の減損処理を、さらに不正があったインド子会社への財務支援を打ち切って約335億円の損失を計上しました。それら2000億円弱の減損損失によって、事業は黒字だったものの、2017年度決算で約1350億円の最終赤字を出す結果になりました。いつかは清算しないといけないと決断しましたが、新聞や経済誌の記者が連日自宅に押しかけてくるような、そんな船出でした。     全ての答えは現場にある。人を生かす経営でV字回復   若松 過去のマネジメントと決別せざるを得なかったわけですが、V字回復の要因はどこにあったのでしょうか。   山下 全ては「人」です。本当に社員が頑張ってくれました。いきなり大幅な減損になった理由を説明するため生産工場を回りましたが、社員が明るく「山下さん、大丈夫ですよ。頑張りましょう」と声を掛けてくれました。現場の社員からたくさんの力をもらいました。   若松 トップから直接説明を受けると、社員の皆さんの納得度は高まります。現場を大切にされながら、リーダーシップを発揮してきた山下会長らしいエピソードです。   山下 とにかく現場が大事であり、好きなのでしょうね。2017年に社長に就任した際、「誠心誠意、人を生かす経営をしよう」と心に決めており、社員が生き生きと働ける会社にするために現場を回ったり、ラウンドテーブルミーティングをしたりとさまざまな取り組みをしています。実際に顔を見ると、社員の様子がよく分かります。   また、リコーウェイの価値観の1つの「GEMBA(現場・現物・現実から学び改善する)」を実践するために、社長に就任してすぐに「会議室を出よう」と提案して現場で経営会議を開催していました。会議室では何も決まりませんし、資料では何も分からない。2017年7月にコールセンターで経営会議をした際は、直近1カ月間で一番耳の痛いお客さまからの電話の音声を会議で聞かせてもらいました。   若松 一番耳の痛い声を聞くとは面白いですね。私はよく「現実直視」と言っていますが、経営者にはその勇気が大切ですし、優秀な経営者・リーダーほどウォーキング・マネジメント(歩き回る経営)を大切にしています。   山下 現場・お客さまの声が届かないからです。工場で経営会議をするときは工場を回りながら1、2時間かけて社員に説明してもらったり、コールセンターであれば、毎日のクレーム件数や内容を話してもらったりしました。当然、役員が聞きたくないような話も出ますが、そこまでしないとリアルな声はなかなか上がってきません。   若松 組織は官僚化する生き物です。意識的にひっかき回さないと風通しも良くなりませんし、社員やお客さまの声は埋もれてしまいます。そこを大事にするのが三愛精神であり、何度も社会に革新をもたらしてきたリコーの強さがあるように感じます。   山下 社長に就任する前から、海外も含めて社員が生き生きと働ける会社にしたいという思いがありました。英国駐在時には、「ファン・デー」を導入。年に数回、職場に社員の家族を招待して工場の中を案内したり、食堂に集まってみんなでケーキを食べたりするイベントですが、職場に家族を迎える社員の顔が非常に誇らしげでした。家族に自分がどんな仕事をしているか、それがどう社会の役に立っているかを話すとき、社員は生き生きしますよ。   若松 海外での生産工場立ち上げ経験や、自らをさらけ出し、知ってもらうことで相手を知る、懐に入る人心掌握力という経営者リーダーシップを感じます。そして、社員の皆さんが仕事に誇りが持てると、モチベーションは格段に上がります。   山下 人数よりも、モチベーションの総和の方が大事ですから、働き方や人材育成には力を注いできました。     リコー 代表取締役会長 山下 良則氏   自律型人材の育成でデジタルサービスというバリューチェーンの構築を   若松 社長時代に、「OAメーカーからの脱皮」と「デジタルサービスの会社への変革」を打ち出されました。ビジネスモデルの入り口が「利潤型のサプライチェーン」から「価値型のバリューチェーン」に変わっていきます。   山下 従来は、本社の開発・統括組織が商品を作り、お客さまに提供していました。デジタルサービスの会社としてのバリューチェーンは、顧客接点で各地域のお客さまに最適なソリューションを「共創」する地産地消型の価値提供が必須となります。今後は、プラットフォームを日本に置きながら、各地域にある会社がお客さまの課題を咀嚼して最適なデジタルサービスを展開する形になっていくでしょう。   若松 サプライチェーンの構築には、物流や倉庫、輸送などの機能連鎖が必要ですが、バリューチェーンという価値連鎖には人的資本の連鎖が鍵を握ります。顧客価値創造のために自主的に考える善循環のチームワークがなければ、価値連鎖は機能しません。   山下 誰かが見張っていないといけない会社では大きくなれませんから、ここは焦らずにつくっていきたい。バリューを咀嚼して届ける能力を高めていくために、デジタル人材の育成に取り組んでいます。2022年には「リコーデジタルアカデミー」を設立しました。   また、2023年に「はたらく人の創造性コンソーシアム」を異業種8社(2024年7月現在は10社)で立ち上げました。そこでは創造性の価値をどのぐらい認めるか、どのような環境が創造力を発揮しやすいかなどを協働で研究しています。   若松 日本の生産性はOECD(経済協力開発機構)の中で低い水準にあります。本質は、「クリエイティブな仕事が組織の中でデザインできていないこと」です。システムでできることはシステムに任せて、人はクリエイティブな仕事を担い、組織価値を高めていく必要があります。私は「ジョブ・リデザイン」と呼んでいますが、日本の生産性を高める大事な鍵になると考えます。   山下 その通りですね。社長時代、「働くことは、価値をつくることだ」と発信しているのに、生産性や効率ばかりを支援するのでは100周年を迎えられないのではと不安になりました。生成AIの波がきて、今後も相当量の仕事が変わっていくでしょう。価値を生み出し、それをやりがいや達成感につなげることで社会の役に立つ。2036年には、そんな会社になっていたい。101歳になるのではなく、1歳に生まれ変わる会社になりたいと思っています。   若松 私は「100年続く会社は変化を経営する会社」と定義付けました。企業変革には経営理念以外は全て変えるぐらいの気概が必要ですが、「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ」(松尾芭蕉)という言葉があるように、変革には原点を掘り下げていく思考も必要ですね。   山下 やはり不易流行が大事です。原点である「三愛精神の実践」と「お客さまに寄り添う」という2つは変えてはいけませんが、後は時代に先行しながら変えて良い。最近は、三愛精神も古くて新しい言葉になっているとつくづく思います。「国を愛す」は、今ならば「地球を愛す」でしょう。1998年に当時代表取締役社長だった桜井正光が「環境経営」を掲げて以降、当社は積極的にサステナビリティ経営に取り組んできました。そして「勤めを愛す」は、「“はたらく”に歓びを」につながっている。三愛精神は不易ですが、中身は時代に合わせて流行している。それが「不易流行」なのだと思い至りました。   若松 私は、経営者は経営理念の翻訳者だと言っています。時代に合わせて解釈をアップデートするセンスが求められます。山下会長は、まさにそれを実践されています。タナベコンサルティンググループも今の時代に合わせてパーパスを策定しましたが、創業の精神とクライアントへの向き合い方は変わりません。   山下 非常に共感します。また、新しく翻訳したものを、いかに会社の共通価値にできるかが大事です。役員から現場まで、ポジションに関係なく共通言語や共通概念として共有した上で、いかにお客さまのために自律的に動けるかにかかっています。   若松 優秀な会社は、新入社員と話していても社長と話しているような気持ちになる会社だと思いますが、会社の思いが自分の言葉で語られている状態。それが、自律的な働き方のベースになり、「らしさ」をつくっていくのです。   100周年に向けて、リコーグループが三愛精神を胸に、ますます社会変革へ貢献される存在になられることを楽しみにしています。そして最後に、当社としても日本経済の社会課題となっている企業のDX戦略を、今回の業務提携を通じて共に力強く推進していきたいと思っています。本日はありがとうございました。     リコー 代表取締役会長 山下 良則(やました よしのり)氏 1957年兵庫県生まれ。1980年広島大学工学部卒業後、リコー入社。1995年RICOH UK PRODUCTS LTD.管理部長、2008年RICOH ELECTRONICS, INC.社長、2010年リコー グループ執行役員、2011年常務執行役員、総合経営企画室長、2014年ビジネスソリューションズ事業本部長、2016年副社長執行役員、2017年代表取締役 社長執行役員・CEOなどを経て、2023年より現職。     タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ) タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。 1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『チームコンサルティング理論』『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。     タナベコンサルティンググループ(TCG) 大企業から中堅企業のビジョン・戦略策定から現場における経営システム・DX実装までを一気通貫で支援する経営コンサルティング・バリューチェーンを提供。全国660名のプロフェッショナル人材を有し、1957年の創業以来17,000社の支援実績を持つ日本の経営コンサルティングのパイオニア。    

PROFILE

  • (株)リコー
  • 所在地 : 東京都大田区中馬込1-3-6
  • 創業 : 1936年
  • 代表者 : 代表取締役 社長執行役員 大山 晃
  • 売上高 : 2兆3489億円(連結、2024年3月期)
  • 従業員数 : 7万9544名(連結、2024年3月現在)
 
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