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【研究リポート】

FCC FORUM 2023

人材は今、企業価値の向上において最も重要な要素と位置付けられ、積極的に投資を行うべき対象へ変化している。新たな製品・サービスを生み出す力や、新たなビジネスモデルへの対応力は、全て人材が生み出すものであり、それが企業の競争優位性の源泉となるからだ。「投資により、人材の価値を新しく創造する」「人材の力を高めることで、企業価値を高める」をテーマに開催し、全国1700名の経営者・リーダーが視聴したタナベコンサルティング「ファーストコールカンパニーフォーラム2023」(2023年6~8月、オンデマンド開催)の講演内容をまとめた。
研究リポート2023.10.02

戦略としての人的資本経営:タナベコンサルティング 取締役副社長 長尾 吉邦

人的資本経営は価値観転換の機会

 

現在、企業経営において、人材の課題の重要度が上がっている。生産年齢人口の減少に伴う人材獲得競争の激化、政府の要請に基づく賃上げに対する社会的責任とコストプレッシャーの拡大、働き手の価値観の変化と多様化……。

 

どれも今に始まったことではないが、これらの環境変化に対して私たち経営者は対症療法から脱却し、対因療法を施す機会とすべきではないだろうか。「人的資本経営」に着目し、人材価値の創造を考えることは、私たち経営者の価値観の転換、すなわち「パラダイムシフト」により持続可能な企業をつくるための機会と考えている。

 

人的資本投資を、政府からの呼び掛けに伴う賃上げや、「コーポレートガバナンス・コード」における人的資本開示の義務化を受けた一時的なトピックとせず、より戦略的なテーマとして切り込んでいきたい。

 

 

人的投資で成長性と収益性、持続可能性を高める

 

経済産業省は、人的資本経営について「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営の在り方」と定義している。これを読んで、私は「分かったような、分からないような」名状し難い違和感を覚えた。長年にわたるコンサルティング経験の実感と相違があったからだ。

 

日本の経営者は、経営の神様・松下幸之助から「企業は人なり」と学び、現代経営学の父・P.F.ドラッカーからは「企業とは人であり、その知識、能力、絆である」と教えられ、これらを実践してきたと考えている。私の知り得る経営者も、人材の採用・育成・活躍・定着に関心を払い、人材を大事にしている人ばかりだ。あらためて人材の大切さや人への投資を強調する必要があるようには思えなかった。

 

ところが、世界標準と比較すると、日本の賃金レベルは低い。しかも30年間伸びていない。人的投資においては米国企業の約20分の1(厚生労働省「平成30年版 労働経済の分析」)、労働生産性においては近年上昇しているもののOECD加盟38カ国中27位で、米国の6割弱(日本生産性本部「労働生産性の国際比較2022」)である。

 

違和感を覚えた原因は、現場の実感と世界標準とのギャップにある。このギャップは単に「人的資本に投資をしましょう」という提言だけでは埋まらない。本質的な価値観やものの見方・考え方を変える必要がある。「成長のためには人材投資が大事」「生産性を上げて賃金を上げる」という思考では駄目なのだ。

 

すなわち、後先を逆にしてみる必要があるのではないか。「人材投資で成長性、収益性を上げる」「賃金を上げて生産性を上げる」と。一見、言葉遊びのようにも思えるが、思考プロセスにおける影響は大きい。より踏み込んだ表現を使うと、「人材で勝つ」「人材投資で儲ける」という思考が必要ともいえる。

 

さらに、人的資本経営を事業戦略の中に、つまりビジネスモデルに組み込むことで、企業の持続可能性を高めるという思考も必要だ。人材を「経営」の領域だけではなく「事業」の領域でも考える。「自社の固有技術と人材を強みとし、新しいマーケットと顧客を創造する」ということだ。「マーケットと顧客を創造するために、どのような固有技術や人材を集め、育てるべきか」ともいえる。

 

このように「人から思考する事業戦略・ビジネスモデル」という事業センスが、今の経営者には求められる。

 

 

3C分析から始める勝てる場の発見

 

人的資本経営を事業戦略と捉えるなら、最初に行うべきことは、3C(市場環境、競合環境、自社)分析を実施し、自社の勝てる場の発見と勝てる条件づくりをすることだ。

 

人的(労働)市場では、需要と供給、賃金レベル、労働関連法制、働き手の価値観が常に変化しており、すぐに昨年度の「当たり前」が通用しなくなる。しかも切り替わりの境目がはっきりしないから、変化を捉えるのが難しい。また、首都圏・都市部・地方、新卒・キャリア・年齢・性別・業界・職種などによっても違いがあり、これらも常に変化する。したがって、人的市場を定点分析して敏感に変化を捉え、速やかに自社の軌道を修正しなければいけない。

 

「最近の若い人は何を考えているのか分からない」と年配の経営者から聞くことがある。これはマーケティング的には「顧客のニーズが分からない」と言っているのと同じである。何気ない一言だが、問題の大きさを理解してもらえると思う。人的市場は変化しているのだから、変化を捉えて対応しなければならない。

 

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Profile
長尾 吉邦Yoshikuni Nagao
タナベコンサルティング 取締役副社長
タナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社後、北海道支社長、取締役/東京本部・北海道支社・新潟支社担当、2009年常務取締役、2013年専務取締役を経て、現職。経営者とベストパートナーシップを組み、短中期の経営戦略構築を推進し、オリジナリティーあふれる増益企業へ導くコンサルティングが信条。クライアント先の特長を生かした高収益経営モデルの構築を得意とする。著書に『企業盛衰は「経営」で決まる』(ダイヤモンド社)ほか。
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