ビジネスモデルを変え、働き方改革につなげた事例
タナベコンサルティンググループ(TCG)が支援し、ビジネスモデル改革から働き方改革に取り組んだ事例を紹介する。
事例1:総合建設業A社
年商620億円、従業員数760名の総合建設業A社は、組織変革の推進をテーマに、次の5点の短期施策を実施した。
① 現場・内勤の業務棚卸し
現場と内勤者の業務の棚卸しを実施し、コア業務とノンコア業務に分ける。ノンコア業務は「やめる、改める、新しくする」という着眼で改善する。
②業務活動分析と改善策をリポート
作業時間計測ツールを使い、担当者が各業務にどれだけ時間を使っているかを外部から分析。改善策をリポートする。
③ 社員1人当たりの付加価値額目標・受注基準の決定
「社員1人当たりの粗利益は年収の5倍、売り上げは年収の25倍」といった基準をつくり、自社の過去の数値をベンチマークし、この基準を引き上げていく。それに付随して、設定した積算・見積もりが自社の粗利益の基準や生産性基準を満たしているかを検証し、受注基準を決定する。
④働き方改革パトロールの実施
建設業にとっての「安全」と同じレベルで「働き方改革」を全社に浸透させるため、「働き方改革パトロール」を実施する。
⑤時間管理者の任命・残業時間超過案件へのルール策定
時間管理者を任命し、基準を決めて全社員活動として実行する。残業時間の超過は異常事項としてフォーカスを当て、全社で改善策をつくる。
それぞれの施策の検討・実施が難しい場合、自社だけでなくTCGのような外部パートナーの力を借りて進めることも検討していただきたい。
同じくTCGが支援して働き方改革を実践したB社、C社、そして2024年6月にタナベコンサルティングが開催した「働き方改革フォーラム2024」へ登壇いただいた西松建設(25~28ページ参照)については、次に施策を挙げる。
事例2:製造業B社
年商210億円、従業員数350名の製造業B社は、IT化構想コンサルティングをテーマに、次の5つの施策を実施した。
①業務プロセスにおける課題可視化
②As-Isシステム鳥瞰図の作成
③基幹システムを含むIT化全体像の在るべき姿(=DXビジョン)の設計
④システムへの要求事項の均衡点を確認し、To-Be像への落とし込み
⑤目指すべきIT化構想の確立、業務改善・生産性向上へ向けた施策検討
事例3:建設資材物流商社C社
年商140億円、従業員数200名の建設資材物流商社C社は、事業ポートフォリオコンサルティングをテーマに、次の5つの施策を実施した。
①事業性・財務効率評価と事業ポートフォリオ転換の骨子の策定
②資源配分の見直しおよび新規事業開発
③ ドメイン×バリューチェーンによる事業ポートフォリオ転換
④バリューチェーンの川上に当たる設計機能を持つ企業をM&A。川下に当たる加工事業は自社で開始
⑤機能型商社として自社サービスのブランド化で収益力アップ
事例4:西松建設
年商4016億円、従業員数2892名の西松建設は、①現場力の進化・深化を実現するDX戦略策定②働き方DX=働きやすさと働きがいの改革③DXへの意識改革・行動改革で働き方改革実現、をポイントとし、働き方改革×DX戦略を実行している。
A~C社、西松建設の事例から言えることは、労働時間の管理といった「働き方」から入るのではなく、ビジネスモデル改革を目指して着手することが、結果的に働き方改革への近道になるということである。
働き方改革に求められる2つの要素
働き方改革とは、前述の通り、単に長時間労働を抑制する取り組みではなく、「今までより短い時間で同等以上の価値創出を実現する業務や組織、ビジネスモデルの在り方を改革する」ことである。さらに言えば、働き方改革には「生産性改革」と「働きがい・働きやすさ改革」という2つの要素が求められる。
労働時間が減ってもなお、従来と同じか、それ以上の付加価値を上げようと思うなら、生産性向上が必須である。しかし、それは社員にとって負担を強いることにもなり、会社に対する不満につながりかねない。生産性向上と合わせて、働きがいや働きやすさに配慮した施策の展開も考慮されるべきである。
とりわけ、建設業や物流業といった労働集約型産業は、人の介在する余地が大きく、生産性向上が難しい業種と言える。人の能力には個人差があり、成長スピードも異なる。よって会社の生産性の標準レベル、社員の能力の標準レベルを上げるのは容易なことではない。
労働集約型産業において生産性向上を図るには、①可能な限り省人化する、②定着率を高め、育てる、③魅力ある職場としてブランディングを行う、という視点を持ち、継続的にこれらを実現するための施策に取り組む必要がある。
生産性改革を考える場合、次のような4つの着眼点が必要だ。
①人による品質・コスト・スピードのばらつきをなくし、業務のやり方を標準化する:少数化・単純化・秩序化できる業務の検討
②DX推進や機械化・自動化により、人が行っている業務を技術で代替する:先端技術の情報収集、時間コスト算出、投資対効果の検証、投資の原資確保
③業務の役割の見直し:定型化・単純化された業務を、外注化も含めて「人件費の安い人にやってもらう(時給生産性アップ)」
④業務を削減(縮減)する:「必要以上に手間をかけている、自己満足な業務」はないか検討
働き方改革を制する企業が生き残る
これからの経営には、生産性改革と働きがい・働きやすさ改革の2つに、同時並行で取り組むことが求められる。それこそが、人的資本経営ともつながる「真の働き方改革」と言えるだろう。
働きがいという言葉を、「仕事へのモチベーション」と定義するとしよう。仕事へのモチベーションを高く持つことができ、働きやすい環境の職場なら、社員は愛着を持ち、ずっと働き続けたいと思うだろう。
近年、働きがい・働きやすさとも関連する社員のエンゲージメントの向上に取り組む企業が増加している。タナベコンサルティングでもエンゲージメント調査・分析サービス「エンゲージメントカルテ」を提供しているが、調査結果の傾向を見ると、エンゲージメントの低い企業の特徴として「会社、仕事、職場に誇りが持てない」「評価・処遇に納得がいかない」「業務上の問題点を上司に訴えても改善してくれない」と回答する社員の割合が多いことが挙げられる。
これらの結果から、社員のエンゲージメント向上に向けて着手すべきポイントとして、次の3つがある。
ポイント1:誇れる職場・仕事
事業の意義、自社の存在価値についての社員への理解促進
ポイント2:評価・処遇への納得感
評価・処遇の理由説明とコミュニケーションの強化
ポイント3:改善・変革の実行
社員の持つ問題意識を会社としてくみ取り、一緒になって解決するスタンスの表明
生産性向上への挑戦は、それ自体が社員にとって「働きがい・モチベーション」となり、処遇改善への原資ともなる。また、制度改革を含め働きやすい職場づくりを行うことで、生産性向上や定着率アップ、「魅力ある職場、誇れる職場」というブランディングにつながる。
会社の成長・発展は、社員の成長・活躍に他ならない。「企業は人なり」という言葉が浸透している日本の企業は、人的資本経営という考え方を得意としていると言えるのではないだろうか。
働き方改革を制する企業が生き残る時代が到来したと言っても過言ではない。これからの働き方改革に最も重要なことは、「働き方」から入るのではなく、ビジネスモデル改革の視点から入り、働き方改革を必然的なものにすることである。
今の人材不足、人件費上昇に向き合うビジネスモデル改革は容易ではないが、ぜひ人的資本経営につながる真の働き方改革を実現していただきたい。
【図表2】働き方改革が導くこれからの経営
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
成長戦略におけるビジネスモデルの再構築、事業戦略・経営戦略まで幅広い知見を有するトップコンサルタント。戦略ドメイン&ファンクションの専門性を融合した課題解決を支援し、企業変革のプロフェッショナルとして高い評価を得ている。マーケティングDX・SDGs・新規事業開発の領域など、多岐にわたるクライアントのプロジェクトを手掛ける。