【図表1】ビジョンを推進できない企業とできる企業の特徴
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
ビジョンの浸透・実装においては「良い社風」をつくる必要がある。良い社風が「良い土壌」となり、その良い土壌が「良い木」を育て、素晴らしい「果実(成果)」を実らせるからである。では、良い社風はどのようにつくられるのか。
タナベコンサルティングは、これまでのコンサルティング臨床経験から、「Step to Success(成功への階段、STS プログラム)」と呼ぶ手法を導き出した。成長企業における戦略実行プロセスには共通点があることを発見し、それを10段階にまとめたものである。ビジョンの推進においては、STSのどのステップが欠けても、踏み外してもダメなのである。
変化・変革のマネジメントプロセスをデザインせずに「絵空事」で終わる戦略やビジョンが散見されるが、実装プロセスは、戦略やビジョン策定と同じパワーでデザインしなければならない。本稿ではSTS(ビジョンを浸透・実現へ導くメソッドとは【図表2】)のSTEP01〜03を解説する。
【図表2】ビジョン実装を加速させる「STS(Step to Success)」
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
ステップ 1
ビジョン・方針を推進するチームづくり
ビジョンは1人では実行できない。協力者が必要だ。したがって、ビジョン実現に向けた戦略を推進するためのプロジェクトチームの組成が一丁目一番地である。プロジェクトとして、どのようなメンバーで、何を検討し、何を意思決定するかを検討する。
部門や事業部内の縦のラインでの人選に加え、必要に応じて組織を越えたメンバーにも参画してもらうなど、横断的なチームを編成することも検討いただきたい。また、プロジェクトメンバーは、知識やスキルについて一定の基準を設けて選出すると良い。
例えば、A社ではマネジャー向けの外部セミナーの受講をプロジェクトへの参加資格として採用している。これにより、経営幹部候補者に戦略実行で必要なスキルを体得させ、その中からプロジェクトメンバーを人選している。戦略やビジョンを具体的に展開する際、中期経営計画のバランスシートの仕組みも作り方も理解できていない、あるいは投資と回収も勉強していないレベルでいくら議論しても、実りある成果は出ないからである。
上記に加えて、さらに検討いただきたいポイントについて解説する。
❶ 社長(あるいは取締役会)直轄チームとする
ビジョン推進は長期的な時間軸で行われるため、普段の仕事を抱えて現場の第一線で活躍しているメンバーほど、ビジョン推進の仕事との切り分けが難しくなり、価値判断に迷ってしまう。そのため、実装推進チームは社長直轄チームとし、普段の業務と切り分けて推進することが重要だ。
❷ キックオフの場を設ける
キックオフを行うことによって、メンバーの気分を盛り上げる演出の工夫も重要である。その際、社長がトップコメントを行うのはもちろん、メンバーも参画に当たっての抱負を述べるなど、一方的ではなく双方向で実施するスタイルを取っていただきたい。
❸ 参画期限を設け、定期的にメンバーを入れ替える
教育的要素として、毎年メンバーを入れ替えてプログラム経験者を増やすのも効果的である。メンバーが変わることによってマンネリ化を防ぐこともできる。
❹ 現状の価値判断基準の再確認
ビジョン実装を行うには、正しい現状認識が必要である。つまり、ビジョンを進める上でトップが大事にしてほしい考え方、メンバーで共有してほしい考えを伝え、価値判断の基準をメンバーに咀嚼していただきたい。
❺ 経営トップの思いや課題感の共有
ビジョンを推進した先にある経営トップの夢や理想の姿に加え、ビジョン推進における足元と中長期的な課題感を共有いただきたい。「ビジョンと現状の間にあるギャップは何か」を明確にするのである。
❻ ビジョン・方針を自分事化する
ビジョンや方針を自分事化できないと、実際の行動にはつながらない。折に触れて経営トップがビジョンについて発信し続け、共感を得る必要がある。共感を呼ぶためには、内容を冊子にまとめて社員へ配布するなど、ビジョンを身近なものに感じてもらう必要もある。
ステップ 2
経営情報のオープン化・共有化の仕組み
正しい情報がなければ、正しい判断はできない。経営情報を可能な限りオープンにすることが重要である。ビジョンに関わる数値の進捗に加え、経営に関わるさまざまな数値や情報も、積極的に社員に見せていく。社内掲示物や社内報、グループウエア、メール、SNS といったツールの活用、会議やミーティングなどによる発信を通じて、組織や部門のメンバーへ伝えていく必要がある。
また、昨今は経営情報をダッシュボード化し、社員へリアルタイムに周知していく方法が多くの企業で採用されている。ビジョンを推進できる会社には「決めたことをやり切る」という共通点が見られる。そのためには、KGI(重要目標達成指標)・KPI(重要業績評価指標)を社員一人一人の日常業務にまで落とし込み、常に意識をさせていくことが必須である。デジタル技術も取り入れ、従来のマネジメント手法を見直し、重要な経営指標を従業員に見える化し、リアルタイムで対策を打つことが重要だ。
ステップ 3
ビジョン・方針実装への参画
経営者と社員の架け橋として、定期ミーティングやメンバーへのヒアリングなどを通じ、ビジョン・方針の実装に参画していく。そこでポイントとなる2つの内容をお伝えしたい。
1つ目は「権限委譲」である。権限委譲は組織の自主性を引き出すツールとなる。例えば、B社では現場の戦略実行への参画意識を持たせるため、可能な限り権限を現場へ委譲した。
それまで現場では、会社の戦略に対し「上が勝手に決めたこと」と捉え、“われ関せず”の姿勢が見られたが、一定の裁量権を与えたことで、現場における戦略実行の速度が上がった。
2つ目は「障害を取り除くこと」である。「やめること」や「捨てること」を列挙し、無駄なルールや仕組みを取り除くのである。日常の仕事に加えてビジョン推進の仕事が加わると、やることばかりが増えてしまう。新たなことをやるためには、まず「やめることを決める」が肝要である。ビジョン策定後に必要な準備を、ステップ1~3に基づき、あらためて力を入れて行っていただきたい。
産業機械を扱う専門商社でフィールド営業やウェブマーケティングを活用した新規顧客開拓などを経験しタナベコンサルティングに入社。「経営の現場で起きている事実を深掘りする」をモットーに、クライアントの課題を徹底的に考え抜くことをコンサルティングポリシーとしている。幅広い業種をクライアントに持ち、ビジネスモデルの視点から事業戦略を再構築することを得意とする。