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コラム 2024.11.21

経営企画やコーポレート部門にとっての統合報告書とは 杉山 顕宏

近年、企業経営において統合報告書の重要性が飛躍的に高まっている。統合報告書とは、従来の財務情報に加え、非財務情報や持続可能性に関する情報を統合的に提供する報告書であり、企業の全体像を多角的に捉えるための有力なツールとして注目されている。

 

特に、経営企画部門やコーポレート部門にとって、統合報告書の制作は、投資家への情報開示とともに、企業の成長と組織力の強化に直結する、極めて重要な業務である。社内外に、経営企画部門やコーポレート部門の役割・機能を示せる非常に大きな仕事の1つでもある。

 

本記事では、統合報告書の意義とその制作における具体的なポイントについて詳述し、これらの部門担当者にとって有益な視点を提供する。

 

 

統合報告書の制作の3つの方向性

統合報告書の制作には主に3つの方向性が存在する。第一に、「財務資本の提供者に向けた情報開示」である。

 

これは国際統合報告評議会(IIRC)のフレームワークで指定される本来の価値であり、財務資本の提供者に対する価値を重視するものである。投資家や株主に対し、企業の財務状況や戦略、リスク管理などを包括的に伝えることで、投資判断の材料を提供し、資本市場での評価を高めることが期待される。

 

第二に、「ステークホルダーエンゲージメント」が挙げられる。

 

これはステークホルダーとの対話を重視する新しい価値であり、顧客、従業員、取引先、地域社会、規制当局など、多様なステークホルダーに対し、企業の価値創造プロセスや持続可能性への取り組みを明確に伝えることで、信頼関係を強化する役割を果たす。ステークホルダーエンゲージメントを促進することで、企業は多様な意見やニーズを反映した戦略を策定し、持続可能な成長を実現する基盤を築くことができる。

 

第三に、「経営者の情報利用」という新たな方向性がある。

 

統合報告書の制作過程で得られる情報や洞察は、経営者の意思決定をサポートする重要な資源となる。企業の現状を客観的に把握し、課題や強みを明確化するためのツールとして機能し、財務的・非財務的なデータを統合的に分析することで、経営戦略の再確認やリスク評価、パフォーマンス管理において、より質の高い意思決定が可能となる。

 

これらの新しい価値は、IIRCが指定する本来の価値に加えて、企業の競争力を強化する上でますます重要性を増している。

 

 

 

 

 

IIRCフレームワークと新たな視点

IIRCのフレームワークでは、統合報告書の報告対象は、財務資本の提供者とされている。しかし、実際にはステークホルダーとの対話や経営陣の意思決定支援といった役割も果たしており、これらの視点は従来の枠組みを超えた新しい切り口である。

 

多くの企業にとって、これらの新しい価値を取り入れることは新たな挑戦であり、組織全体の柔軟性と適応力を高める機会となっている。

 

 

経営者の情報利用の視点の重要性

統合報告書を既に制作している企業にとって、特に経営者の情報利用という視点での有効性を確認することは重要である。

 

この観点を取り入れることで、統合報告書は単なる外部向けの報告資料から、経営戦略を支える内部ツールへと進化する。具体的には、統合報告書の制作過程で企業のビジョンやミッション、戦略が再確認され、それらが一貫しているかを検証する機会となる。

 

また、財務的・非財務的な要素を統合的に分析することで、潜在的なリスクや新たな機会を明確にし、KPI(重要業績評価指標)の設定とモニタリングを通じて企業のパフォーマンスを継続的に評価・改善する基盤を築くことができる。

 

 

制作プロセスがもたらす効果~サイロ化の打破~

統合報告書を効果的に制作するためには、組織内の各部門が連携し、情報を共有する必要がある。しかし、多くの企業では部門間の連携が不十分であり、いわゆるサイロ化が進行している。

 

サイロ化とは、部門や部署が自分たちの業務にのみ集中し、他部門との情報共有や協力が欠如している状態を指す。統合報告書の制作プロセスでは、異なる部門間のデータ共有や共通の目標に基づくチーム作り、透明性を重視した情報共有が求められる。

 

これにより、組織内のコミュニケーションが活性化し、部門間の壁が取り払われる。その結果、異なる視点や専門知識が融合し、新しいアイデアやソリューションが生まれる。

 

また、情報共有により業務効率が向上し、重複作業や無駄が削減される。さらに、協力的で開かれた文化が醸成され、従業員のエンゲージメントが高まるとともに、組織全体の柔軟性が向上する。

 

これらの効果により、統合報告書の制作プロセス自体が、組織の持続的成長を支える重要な要素となる。

 

 

統合報告書がもたらす経営への貢献

統合報告書は、その完成品としての価値と制作プロセス自体の価値の両方が、企業に多大な貢献をもたらす。

 

完成品としての価値は、主に経営層の意思決定をサポートし、ステークホルダーとの信頼関係を構築することである。

 

経営層は、統合報告書を通じて企業全体のパフォーマンスやリスク、機会を総合的に把握し、より質の高い意思決定を行うことが可能となる。また、ステークホルダーに対して自社の価値創造プロセスやESGへの取り組みを明確に伝えることで、信頼関係を強化し、企業のブランド価値や評判を高める。

 

一方、制作プロセス自体の価値としては、組織内の文化変革が挙げられる。

 

統合報告書の制作過程での部門横断的な取り組みは、組織内のサイロ化を打破し、協力的な社風を育むきっかけとなる。企業のビジョンや戦略を全従業員と共有することで、組織への帰属意識が高まり、異なる部門や専門分野の知識が共有されることで、従業員のスキルアップやキャリア開発につながる。

 

これにより、企業全体が持続可能な未来に向けて一丸となって進む基盤が築かれる。

 

 

経営企画部門やコーポレート部門の存在感を高める

統合報告書の制作は、経営企画部門やコーポレート部門にとって大きな挑戦であると同時に、自身の存在感を示す絶好の機会でもある。統合報告書の完成度が高いほど、経営層からの信頼も高まり、重要な情報を的確に収集・分析し、戦略的な提言を行う能力が評価される。

 

また、多くの部門を横断して情報を集約するプロセスにおいて、調整力やリーダーシップが発揮され、組織全体の連携を強化する上で不可欠なスキルが向上する。

 

さらに、質の高い統合報告書は投資家やステークホルダーからの評価を高め、企業価値の向上につながる。

 

これらの成果により、経営企画部門やコーポレート部門は単なるサポート部門から企業価値を創出する戦略的な部門へと進化する。具体的には、経営層と密接に連携し戦略立案や意思決定に積極的に関与する戦略パートナーとしての役割が強化される。

 

また、組織文化や業務プロセスの改革を主導し、持続的な成長を支える組織変革の推進者となる。そして、投資家やステークホルダーとのコミュニケーションをリードし、企業のブランド価値を高める外部との橋渡し役も担うことが期待される。

 

 

統合報告書を制作していない企業への提言

統合報告書をまだ制作していない企業にとって、その制作は高い山のように感じられるかもしれない。実際、統合報告書の制作は大変な作業であり、工数や費用もかかる。

 

しかし、統合報告書の意義を理解し、初期段階から質を重視することが重要である。簡易的な統合報告書を作成することは、企業の真剣さを疑われる可能性があり、財務資本の提供者やステークホルダーとの信頼関係を築く妨げとなる。

 

したがって、初めから質を重視し、企業の全体像を正確かつ詳細に伝える報告書を目指すべきである。ただし、段階的なアプローチを採用し、いきなり完璧を目指すのではなく、継続的に改善を重ねながら統合報告書の品質を向上させていくことが推奨される。

 

統合報告書の報告対象は財務資本の提供者であり、その内容は社員をはじめとするステークホルダー全体にも共有される。また、経営者の情報利用という観点も重要である。

 

中身の薄い統合報告書を作成することは、財務資本の提供者とのコミュニケーションを行わない意思表示と同等である。したがって、企業の全体像を正確かつ詳細に伝える報告書を作成することが不可欠である。

 

 

未来へのパスポートとしての統合報告書

統合報告書は、単なる報告ツールではなく、企業の未来を切り開くための重要なパスポートである。特に、経営企画部門やコーポレート部門にとっては、制作プロセスを通じて組織文化を変革し、完成品を通じて企業価値を高める絶好の機会となる。

 

統合報告書の制作に取り組む際には、部門間の壁を取り払い、経営層やステークホルダーにとって真に価値ある一冊を目指すことが重要である。

 

制作に当たっては、オープンなコミュニケーションと情報共有を促進し、組織全体で協力することが求められる。また、経営層の期待やビジョンを深く理解し、それを報告書に反映させることが必要である。さらに、外部の視点を積極的に取り入れ、報告書の内容を充実させることで、持続可能性と長期的価値創造に焦点を当てることができる。

 

統合報告書の制作は一度きりのプロジェクトではなく、継続的な取り組みである。毎年の報告書制作を通じて、企業の進化と成長を記録し、その過程で得られる学びを次のステップにつなげていくことが重要である。

 

これにより、企業全体が持続可能な未来に向けて一丸となって進むことが可能となる。経営企画部門やコーポレート部門の担当者は、この挑戦を通じて企業の未来に欠かせない存在となり、組織全体の成長と成功を支える柱としての役割を果たすことが期待される。

 

 

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PROFILE
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杉山 顕宏
Akihiro Sugiyama
タナベコンサルティング 戦略総合研究所 デザイン・ラボ チーフマネジャー。広告代理店で10年以上アートディレクターとして勤務後、タナベコンサルティングに入社。現在はアートディレクター、デザイナーとして、経営やマーケティングの課題を上流から解決するクライアント支援を得意とする。広告キャンペーンの設計、IRサイト構築、IPO資料制作、インナーブランディングの企画・デザイン・実装のほか、新商品開発にも携わる。「ASIA Design Prize」「DNA Paris Design Award」など、国際的なデザイン賞を受賞。