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モデル企業
地域から未来を拓く:中堅企業の挑戦
全国で輝く中堅・中小企業に焦点を当て、その挑戦や歴史をひも解きます。
モデル企業 2025.01.08

「下げ振りの心」で築く100年企業の信頼と成長 鍜治田工務店

株式会社鍜治田工務店 代表取締役社長 鍜治田 八彦氏
株式会社鍜治田工務店
代表取締役社長 鍜治田 八彦氏

逆境を成長の糧にし、日本経済の危機のたびに事業を拡大し続けてきた鍜治田工務店。設立以来、64年にも及ぶ黒字経営の背景にあるのは「徹底した顧客第一主義」という基本に忠実な経営姿勢だ。競争の激しい建設業界で、マンション工事を主軸に独自の存在感を示す経営戦略に迫る。

 

社訓「下げ振りの心」の実践を通じて躍進

 

1921年の創業以来、103年の歴史を誇る鍜治田工務店。奈良県南葛城郡御所町(現・御所市)で産声を上げ、その後1964年に、初の県外拠点として大阪・上本町に大阪営業所を開設した。以降、業界屈指の中堅ゼネコンとして躍進し、今では建設業界で確固たる地位を築いている。

同社の原動力は、創業以来、信用第一に本業に徹し「基本に忠実」「本気で取り組む」姿勢にある。どのような時代であっても「どの方向から見ても真っ直ぐな心で考え、行動する」といった強い意志が、社訓「下げ振りの心」※に象徴されている。

この言葉は、同社の先代社長・鍜治田恭男氏の座右の銘であったが、2007年に鍜治田八彦氏が代表取締役社長に就任した際、あらためて社訓として制定した。

「人間は誰しもミスをしますが、重要なのはミスをした後の姿勢。悪いことは悪いと認め、人のせいにせず、言い訳をしない。これが『下げ振りの心』の第一歩です」(鍜治田氏)

常に顧客の立場に立ち、顧客の事業の成功を共に目指すパートナーとしての役割を果たすことにより、深い信頼関係を構築しているのは、同社がこの社訓を実践しているからこそである。

「下げ振りの心」は、顧客だけでなく、地域社会や協力会社との関係構築においても実践されている。

「建設業は現場が仕事場であるため、地域住民の方々への配慮が不可欠です。同時に、実際に工事を担当する協力会社の立場にも立つ必要があります。当社は、こうしたあらゆるステークホルダーに対して『下げ振りの心』を実践し続けているのです」(鍜治田氏)

社訓が鍜治田工務店の企業文化の中核を成し、日常業務から重要な経営判断に至るまで、あらゆる場面で社員や経営者の指針となっているのである。また、ある取引先の大手デベロッパーからは「(『下げ振りの心』を掲げている)鍜治田工務店と仕事をしたかった」との声も聞かれるほど、この社訓は業界内でも共感を呼び、同社の姿勢を表す象徴となっている。

 

社訓「下げ振りの心」が示す通り、創業以来、信用第一に本業に徹し「基本に忠実」「本気で取り組む」姿勢を体現しながら成長を遂げてきた
社訓「下げ振りの心」が示す通り、創業以来、信用第一に本業に徹し「基本に忠実」「本気で取り組む」姿勢を体現しながら成長を遂げてきた
※下げ振りとは、糸の先端に錘(おもり)をぶら下げて、柱・壁などが地面に対して垂直かどうかを見るための道具

変動が激しい建設業界で一貫した黒字経営を維持

 

建設業界が縮小傾向にある中でも着実な成長を遂げ、会社設立の1960年以降、64年に及ぶ黒字経営の実績を誇る鍜治田工務店。秘訣は、前述した社訓の実践による、顧客との強固な信頼関係の構築にある。

「当社へ一度仕事をご依頼いただいたお客さまには、次回以降も選んでいただけるよう心掛けています。当社の歴史は、顧客との信頼関係そのもの。当社の基本姿勢がお客さまの満足につながり、新たな顧客獲得につながっています」(鍜治田氏)

顧客との信頼構築の要となるのは、同社が長年にわたり蓄積してきた豊富な実績とデータ、そして何より専門知識・スキルを持つ人材だ。こうした経営資源が、的確な予算管理や競争力のある提案を可能にしている。

培ってきた技術力と信頼が認められ、2000年代以降、同社はさらなる飛躍を遂げた。

「鉄道会社をはじめ、エネルギーなどのインフラ系や財閥系のデベロッパーからも指名で案件をいただくようになりました。そうした大手顧客からの受注実績は、リーマン・ショック以降顕著に増え、年々拡大しています」(鍜治田氏)

 

経済危機をチャンスに変え、売り上げを大幅拡大

 

鍜治田工務店の大きなターニングポイントは、1990年代のバブル経済崩壊期だった。

「バブル経済が崩壊し、建設業界が不況に陥ったとき、これだけ多くの建設会社がある中で『鍜治田工務店は本当に必要とされているのか?』という危機感を覚えました。この危機感が、当社の方向性を大きく変える契機となったのです」(鍜治田氏)

本当に必要とされる会社になること、そして持続可能な経営を行うこと。両方を満たす経営を模索していた同社は、マンション建設に活路を見いだした。推進に当たっては、リスク管理体制の構築と、長期的視点に立った利益創出という2つの方針を掲げて取り組んだという。

マンション建設が未知の分野だからこそ、想定外の事態に備えるリスク管理は不可欠であった。また、マンション工事には、アフターメンテナンスなどの利益に直結しにくい業務も付随するが、それらを必要不可欠な投資と位置付け、ノウハウの蓄積を優先した。

建設業界では、経済危機のたびに大手から中堅、中小まで、多くの企業が業績を悪化させているが、そうした状況下でも同社は右肩上がりに業績を伸ばしてきた。事実、2001年から2011年の10年間で、売上高を2倍に増やしている。

 

【図表】鍜治田工務店の総売上高・受注工事高推移
売上高推移グラフ

 

「地道に実績と信頼を積み重ねてきたことで、1997年の金融危機、2008年のリーマン・ショックなど経済危機のたびに、それまで取引のなかった大手デベロッパーから声が掛かり、手の届かなかった受注を獲得できたことが、成長の礎となりました」(鍜治田氏)

その後、2005年の名古屋、2007年の東京営業所開設を経て受注工事高を順調に拡大し、2021年には同社初のタワーマンションが名古屋にて竣工。大型工事、難易度の高い工事など、現在もワンランク上の受注が持続している。

「幾多の危機を乗り越え、『本当に必要とされる会社』になるため常に研さんし、現状維持ではなく『できる仕事』の幅を広げてきたからこそ、生き残ることができたと考えています」(鍜治田氏)

 


三井不動産レジデンシャル・京阪電鉄不動産が事業主であるタワーマンション(大阪・天満)など、近年多数の大型物件施工に携わっている(画像出所:2024年5月24日付三井不動産レジデンシャル・京阪電鉄不動産ニュースリリース)

 

社員が活躍する組織と仕組みを整備

 

成長を続ける鍜治田工務店を支える原動力は「人」だ。

多くの建設会社が2、3カ月の基礎研修後、すぐに新入社員を現場へ配属するのに対し、同社は1年間にわたる新入社員研修を行い、マナーや知識、スキル習得に向けて丁寧な育成を実施している。

「若手社員に自信を持って現場で活躍してほしいと考え、長期的かつ丁寧な研修を実施しています」(鍜治田氏)

若手社員の早期登用にも積極的だ。現場所長の役割を担うのは一般的には40歳代以上が主流だが、同社では30歳前後の社員が抜てきされることもある。「早くから責任ある立場で経験を積むことで、困難を乗り越える強さを培い、顧客から選ばれる人材へ成長してほしい」(鍜治田氏)との考えからだ。

若手社員に加え、女性社員の活躍推進にも力を入れている。中でも、2016年に発足した女性社員だけで編成された「女性活躍推進委員会」は、制度改革や環境整備の中心的役割を果たしており、2019年には「大阪市女性活躍リーディングカンパニー」認証を取得。同年から「けんせつ小町」(日本建設業連合会)にも参画し、女性社員の活躍を推進している。

加えて、次代の経営体制を見据え、2023年には次世代幹部社員を執行役員クラスに昇格させる人事を行い、「相手の立場に立って考える」という姿勢を軸とした社訓の体得、経営感覚の醸成をはじめとする育成を進めている。

さらに同社は、2024年現在、組織力のさらなる向上にも取り組む。中期経営計画や年度方針のPDCA進捗について毎月確認しながら着実に目標達成できるよう、「PDCAサイクル」を拡張した独自の「PDCWAサイクル」を実践しているのだ。

追加された「W」は「Why(なぜ)」を意味し、評価段階で原因分析を深め、社員の思考力と問題解決能力の向上を促す。

「『なぜ』が分かると、次の行動に生かしやすいと考え、PDCWAとしました。取り組み以降、社員一人一人が自ら次の課題を決め、自分で改善する力を身に着け始めており、自主性が高まっていると感じます」(鍜治田氏)

短期的な経済価値ではなく、社会的価値を高める

 

同社は中長期ビジョン「ビジョン2030」において「売上高500億円の達成」という目標を掲げている。

「ありがたいことに、当社はタワーマンションを手掛ける建設会社として認知が広がっています。ですが、現状に満足せず、持続可能な経営の実現に向け、非住宅部門の強化や東京エリアの強化にも取り組んでいます」(鍜治田氏)

建設業界は時代とともに大きく変化してきたが、同社が一貫して守り続けてきたのは、「下げ振りの心」を基盤とする、顧客との信頼関係の構築だ。「次もカジタに」との方針は、短期的な利益よりも長期的な関係構築を重視する基本姿勢の表れである。

顧客本位の姿勢を重んじながら、社会に不可欠な存在であり続けるために変革と挑戦を続ける鍜治田工務店。激動の時代を生き抜き、持続可能な成長を追求する同社の経営から学ぶべきことは多い。

 


2021年に創業100周年の節目を迎えた鍜治田工務店の記念誌「悠」(左)、100周年ロゴ(右)
ロゴ画像出所:鍜治田工務店コーポレートサイト

 

(株)鍜治田工務店

  • 所在地:大阪府大阪市中央区伏見町3-2-6
  • 創業:1921年
  • 代表者:代表取締役社長 鍜治田 八彦
  • 売上高:456億円(2024年3月期)
  • 従業員数:357名(2024年10月現在)