戦争の爪あとが色濃く残る1947年に創業した三洋貿易は、カナダ製の合成ゴムや米国製の機能性化学品を総代理店として輸入し、日本の産業復興を支えてきた独立資本の商社である。誰もが知るコモディティー商材ではなく、最先端の技術によって生み出された商材の付加価値を理解し、普及に努めることで、仕入れ先との強固な信頼関係を築いてきた。
現在は、社会課題の解決に資する商材を世界中から発掘し、①ファインケミカル、②モビリティ、③サステナビリティ、④ライフサイエンスの4市場でグローバル展開している。
同社がM&Aに本腰を入れて取り組み始めたのは10年前、東証1部に上場した翌年の2014年からだ。2015年に策定した長期ビジョン「VISION2020」では、6期連続最高益更新という成果に甘んじることなく、変革と成長路線の強化を宣言。継続的成長を実現するための手段として、M&Aなどによる積極的投資を行うと打ち出した。
同ビジョンでは、創業者の玉木榮一氏から大切に受け継いできた「実体商売を通して社会に貢献する」という倫理観に照らし、三洋貿易らしいM&Aの「骨太方針」を定めた。経営企画部広報・IRグループリーダーの木村康行氏は、その概要を次のように説明する。
「まず、前提条件としては、①既存事業とのシナジーが期待できること、②海外展開の加速につながること、③将来の成長性が高いことの3つを重視しています。短期的なキャピタルゲインを狙った実体商売のない投機は行いません。
経営体制については、オーナーさまとの話し合いの中で決めるのでさまざまですが、いずれにしても当社から人材を送り込み、責任を持って事業運営のオペレーターシップを取るという点は大切にしています。そのため、50%以上のマジョリティ取得、長期保有が大原則となります。以上は、『VISION2020』から今に至るまで変えていない方針です」(木村氏)
同社の目的は、あくまでも買収した企業とともに注力する4市場で成長していくことであり、M&Aはそのための手段である。したがって、ロングリスト(買収候補先をまとめたリスト)の洗い出しも事業部が起点となる。経営企画部のM&Aグループは、会社目線での優先分野の擦り合わせや、事業部と綿密にコミュニケーションを取りながらサポート役に徹する。
M&Aの選定プロセスにおいては、「事業のみならずカルチャーフィットの見極めが成否の鍵を握る。しかし、これは決してマニュアル化できるような簡単な話ではない」。そう語るのは、代表取締役社長の新谷正伸氏だ。
「企業を買収するということは、その企業に所属する人と一緒になるということです。買収によって互いの文化を壊してしまうようなことがあってはなりません。買収はゴールではなく、スタート。その後、いかに良好な関係を築けるかが肝心です。調和するかどうかは、事前にあらゆる角度から検討します」(新谷氏)
文化や相性は目に見えないが、「デューデリジェンス(投資・買収対象の精査)」を通して自然と浮かび上がる、オーナーや経営陣の振る舞いから判断できるという。また、買収する側としても自社の方針を率直に伝え、安心してもらうことに心を尽くす。
「当社に不足しているもの、欲しいものは何か。まずはその点をしっかりと説明します。一方、わが子同然の会社を預けていただくわけですから、迎え入れた後に全員が幸せになれるよう、さまざまな観点から対話を重ねていきます」(新谷氏)
現在、同社のグループ企業は国内に12社、海外に10社。社名も人事制度も原則として変更せず、独立性を担保した連邦経営体制を採っている。また、これまでに買収した企業の社員は全員雇用している。共に事業を成長させていきたいという意向を伝えながら、同社の資本やプライム企業としての信用を後ろ盾に、存分に個性を発揮してほしいとも伝えている。
数字の面では、グループ企業が提出した5カ年の事業計画書を基に成長戦略を描く。ここで重要なのは、「実際に動くのは事業会社」という視点だ。調子が良い時も、悪い時も、淡々と事業を実行していくことを踏まえ、身の丈に合った計画を立てる。
つまり、同社が理想とするM&Aは、野球に例えるなら「三割打者」だ。年1回の投資評価モニタリングで営業利益の推移を見守りつつも、短期的な成果には一喜一憂しない。腰を据えて堅実に事業を磨き、最終的にグループ全体で利益を生み出すことを目指している。
【図表】三洋貿易の注力4市場とグループ会社
出所 : 三洋貿易ホームページよりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成