しかし、データの収集・蓄積は一朝一夕にできるものではない。
「テクノロジーは、導入がゴールではありません。DXの効果を発揮するには、業務に合わせてどう使いこなせば良いのか、どのように組み合わせて使えば良いのか、積極的に試行錯誤して実用的なものに仕上げていくけん引役が必要です。DXビジョンに描かれている未来は、今ある現実からは遠くかけ離れています。それでも、『どうしたら未来に近づけるか』と好奇心・挑戦心を燃やして日々の業務を改善し、小さな成功体験を積み重ねていく『人財』をどれだけ増やせるか。それが問われています」(増田氏)
増田氏は、「キャズム理論」(【図表】)に照らして、「新しいモノやテクノロジーに敏感な『イノベーター』や、その世界観に共感して行動する『アーリーアダプター』の母数を増やし、ノウハウの獲得スピードを上げることが重要だ」と指摘する。
【図表】キャズム理論
出所 : ジェフリー・ムーア著『キャズム Ver.2』(翔泳社、2014年10月)より
タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
「費用対効果が明らかになると、キャズム(溝)を乗り越え、コストパフォーマンスを重視する『アーリーマジョリティ』に広がり始めます。そうなれば、みんなが使うなら使うというスタンスの『レイトマジョリティ』も後に続くはずです。そのような考えのもと、あらゆる手段を使って組織風土改革に取り組んでいるところです」(増田氏)
西松DXビジョンにおいて特筆すべきは、増田氏を含むDX戦略室メンバーの大半が、デジタルやICTの専門家ではないという点だ。DX戦略室が社長直轄の組織として設置されたのは2022年6月。現在は約半数を占める外部人財も入れて50人規模の体制となっており、DX企画部・デジタル技術革新部・ICTシステム部に分かれてさまざまなプロジェクトを推進しているが、その一人一人が専門的なDXの知識やスキルを兼ね備えているわけではない。
増田氏は、「どのような人財も好奇心や挑戦心を持っています。DX人財育成は引き出し方次第。大切なのは組織風土改革です」と前を向く。
同社では、2023年に社内アカデミー「西松社会人大学」に全社員対象のDX学部を設立し、DXやICTのリテラシー、各種業務アプリの活用法といった基礎レベルから、DXプロジェクトをけん引するための知識やスキルなどを習得できる教育プログラムをスタート。基礎レベルの受講は若年層の昇格の要件としている。
多岐にわたるDX推進施策が功を奏し、2023年度の社員アンケートでは、DXリテラシーやデジタル変革マインドが想定以上に高いことが確認できた。一方で、年配層と若年層の間でデジタル技術活用度の差が浮き彫りになった。背景を分析すると、DX戦略の理解が十分ではない年配層はデジタル技術を取り入れない傾向があることが判明したという。
「DXに対して慎重になる理由として考えられるのは、テクノロジーの信頼性への懸念です。建設現場は一つとして同じものがなく、日々の天候にも左右されるため、経験に基づいた複合的な状況判断が求められます。『たとえ数パーセントでもデジタルテクノロジーが判断を誤る可能性があるなら使うべきではない』。経験豊富な人ほど、その意識は強いのではないかと思います」(増田氏)
人と機械、どちらが状況判断を下した方が信頼性を担保できるのか。DXビジョンのさらなる浸透に向けて、その点の立証も重要なポイントになる。
また、「教育やインセンティブを充実させるだけでは改革が進まない」と課題を感じた同社は、理解のある現場と担当者を指名して各種ツールを用いた実証実験を必須とし、DXの効果を測定している。さらに、社内外に継続的にDX関連情報を発信し、DXビジョンに社会性を持たせることによって、浸透を図っているという。
「働き方改革のゴールは、社員一人一人の能力の最大化です。これだけ価値観が多様化した今、全社員がメリットを享受できるような施策を打ち出すことは難しいでしょう。しかし、自分にはメリットがなくても他の社員が喜ぶような施策を前向きに受容していけば、会社全体としては働き方の選択肢が増えることになります」(増田氏)
西松建設では、2024年4月に策定した「DX行動指針」に沿って一人一人が自律的にDXを推進し、「自分トランスフォーメーション」によってデジタルを活用した働き方にシフトしていく方針だ。
西松建設 DX戦略室 DX企画部長 増田 友徳氏
西松建設(株)
- 所在地 : 東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズビジネスタワー
- 創業 : 1874年
- 代表者 : 代表取締役社長 細川 雅一
- 売上高 : 4016億3300万円(連結、2024年3月期)
- 従業員数 : 3301名(連結、2024年3月期)