本稿では、ビジョン実行を加速させる「STS」(ビジョンを浸透・実現へ導くメソッドとは【図表2】)のSTEP07〜10について解説する。
【図表2】ビジョン実装を加速させる「STS(Step to Success)」
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
小さな成果を積み重ねる
どれだけ素晴らしいビジョンや方針、中期経営計画を策定しても、実行しなければ「絵に描いた餅」で終わってしまう。ビジョン・方針の実現は、全社員による日頃の業務、実践から生まれるものであり、さらにはその取り組みを継続させなければならない。
社員の実行力を継続させる上で重要となるのが、社員の成功体験の創出と、社内発信(インナーブランディング)による「遠心力」の醸成である。
❶ 社員の成功体験の創出
社員の成功体験の創出については、まず、大きなビジョンや目標を組織単位で分割し、個人目標に落とし込むことだ。
自社の売り上げや社員数が増えるにつれて、自社のビジョンや方針などは、経営層と社員の解釈に差が生まれる傾向にある。策定したビジョンや方針をそのまま個人の目標に落とし込むのではなく、例えば、支店→事業部→部門→課→チーム→個人など、組織単位のレベルまで分解していき、個人のビジョン・目標に落とし込む。
そして、個人レベルに落とし込んだ目標を、さらに時間軸で分割する。例えば、1年単位の目標を半期→四半期→月→週に分割する。1週間でできることは限られるが、その小さな積み重ねが大きな目標達成につながる。さらに、設定した時間軸で成果の振り返りを行い、改善のサイクルを習慣化させていく。
しかし、全ての行動が良い結果につながるとは限らない。成果を振り返り、改善・対策を行う上で重要なのは、上司が社員をフォローすることである。手法は状況に応じて変わるが、助言だけでなく上司自ら動くことも必要だ。
❷ 社内発信(インナーブランディング)による「遠心力」の醸成
個人の成功体験を社内で発信し、他チームや他部署に広く周知する。成功体験を共有することで共感が生まれ、共感の連鎖が組織の一体感を生み出す。
経営層、経営幹部が持つ「求心力」で全社発信されたビジョンや方針はある程度浸透するが、求心力のみでは限界がある。ビジョンや方針を正しく理解し、社員だからこそできる実行・実現する遠心力を高めることで、実現はさらに加速する。
ビジョン・方針推進と整合した組織のデザイン
「組織は戦略に従う」(アルフレッド・D・チャンドラーJr.)という経営の原理原則があるように、ビジョン・方針推進には戦略に合わせた組織デザイン(設計)が重要である。組織は、機能管理によるマネジメント重視型の「管理型組織」と、理念・ミッション・戦略に応じた機能別戦略を推進する「戦略型組織」に分類される。
管理型組織は、過去や現在のマネジメント(管理)に向いているが、中長期的な視点でのビジョンや方針の推進という点では、戦略型組織に劣る。戦略実行に必要な機能や組織は何か、その組織の役割は何かをあらためて定義し、必要な戦略型組織をデザインする必要がある。(【図表】)
【図表】戦略型組織に必要な機能の例
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
【図表】の機能は期限付きの社内プロジェクトや、役職者による兼務体制でスタートすることが多い。だが、ビジョン・方針実現に向けた経営姿勢を示すためにも、兼任ではなく専任の人材を配置し、組織化することが重要である。また、社長直下の組織として社内的な位置付けを確立することで、より効果的に機能する。
成果を評価する仕組みづくり
組織の取り組みは、すぐに結果につながらないことが多い。成果を出すためのポイントは前述の通りだが、次に重要なのは、成果を評価する仕組みづくりである。ビジョン推進に貢献した人が評価される制度があるか、ということだ。まずは、現状の評価制度(人事制度)の検証が必須となる。
タナベコンサルティングが実施した「人材採用・育成・制度に関する企業アンケート調査」(2023年9月)によると、人事制度上の課題について、「評価制度」と回答した企業が54.8%と2022年度調査に引き続き最も多く、続いて「経営戦略との連動」(37.8%)という結果になった。また、「制度運用」と回答した企業は、2022年度調査時点の13.2%から24%と増加率が最も高い。多くの企業が、評価制度の運用、戦略との連動という点において課題を抱いていることが分かる。
気を緩めず継続する
ビジョン・方針の実現に向けた最後のステップは、取り組みの継続である。このステップの課題として、「マンネリ化」「形骸化」がある。
マンネリ化は、「小さな成果に満足してさらなる成果を求めない」「やっていることが当たり前になり改善しようとしないこと」。また、形骸化は「表面上の取り組みに終始している」「手段と目的が逆転している(手段で満足している)」などが挙げられる。
マンネリ化・形骸化を防ぐには、社内でのビジョンの掲示、ビジョンブックの配布、ビジョンムービー放送などの視覚的な取り組みだけでなく、ビジョンを自分事化するための浸透研修や、ビジョンを軸とした評価の仕組みづくりなど、自社と社員のさまざまな接点を増やすことが重要である。
また、「自らを陳腐化させる意識」を絶やさないことも必要だ。事業・サービス・商品においては、自らの手で自らを陳腐化させることも必要になる。そうでなければ、顧客・市場から選ばれず、ライバルに淘汰されてしまうからだ。ビジョン実装においても、当たり前を当たり前にせず、常に変化・成長していく意識で、実装に向けた取り組みを継続しなければならない。
策定したビジョンを実現するためには、社員のビジョン実践による成功体験、戦略に沿った組織デザイン、成果を正しく評価する仕組みづくり、そして取り組みの継続が必要である。
企業規模や状況に応じて課題や手法は異なるが、ワンステップずつ取り組みを進めることで、ビジョンの浸透・実装における「良い社風」が生まれるであろう。
上場総合建設会社にて注文住宅営業、リフォーム営業、広報企画に従事後、タナベコンサルティング入社。ハウスメーカーや建設会社の中期経営計画策定、長期ビジョン策定などの事業戦略立案、IT化構想確立支援や業務標準化支援などの業務改善、企業内大学(アカデミー)設立の支援を担当。「絵にかいた餅に終わらせない実務に直結するコンサルティング」をモットーにクライアントの課題に真摯に向き合っている。