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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2024.02.01

Vol.99 商品の在り方を定義する:toy-spice!

toy-spice! 「POSTCARD TOY」

1枚のポストカードからおもちゃを作り出す工程が、子どもの心や親子のコミュニケーションを育む。雑誌の付録や、鉄道会社のイベントのノベルティー制作なども手掛けている

 

 

源は開発者自らの中に

 

「ありそうでなかった商品」が世に出た時、その商品がヒットする確率は高まります。当たり前の話ですけれど、少なからぬ消費者が「何、それ?」と思わず注目するからですね。

では、そうした「ありそうでなかった商品」を生み出す源はどこにあるのかと考えてみますと、それは開発者自らの中だと私は考えています。グループインタビューを仕掛けるなどして消費者からヒントをつかもうとしても難しい。なぜか。ありそうでない商品であればあるほど、当然、消費者には思い付きもしない存在だからです。そうであるからこそ、商品が登場した瞬間に「何、それ?」となるわけです。

ということは、商品の開発者は自身の中に浮かんだ、ふとした疑問なり違和感なりを大事にすべきですね。それらが新商品を形にするきっかけとなるケースを私はこれまでいくつも見てきました。

今回お伝えする商品もまさにそうです。仕事の中で浮かんだ疑問を放っておかず、それと真正面から向き合って商品づくりにこぎ着けています。さらには、商品開発を進めようとする過程で直面したハードルをも上手に乗り越えたところが面白くも感じられました。どんな話なのか。順番に説明していきたいと思います。

 

 

小さな工作キット

まずは今回の商品がどんなものかお話ししますね。

商品名は「POSTCARD TOY」。はがきサイズの台紙がベースの工作キットです。開発・販売するのは東京都町田市のtoy-spice! で、値段は220円(税込み)からと手頃な設定。はがきサイズなのは、手に取る消費者に「『このサイズなら簡単に工作できるかも』と思ってもらえるから」と、代表の友近剛氏は言います。余談ですが、このはがきサイズの台紙に切手を貼れば、誰かにそのまま郵送もできます。送った相手に遊んでもらうことも可能という話です。

第1号商品を登場させたのは2008年。そこからラインアップを増やしていき、現在ではキットの種類は魚、動物、車などおよそ50もあると聞きました。先に触れたように紙でできていて、工作に使うのはハサミ。カッターは不要な設定にしているそう。あとは、のりかテープが必要になる程度です。完成させたら動かして遊べるものばかりで、例えば写真上段の「ストローとんぼ」は、コツさえつかめばきれいに飛ばせるといった具合。

工作キットはすでに市場にたくさん存在しますけれど、紙素材でできていてサイズは小さく、また、作るのが簡単そうな印象を最初から与えていて、しかも完成させたら動かして遊べるという性質を全て考えてみると、これは「ありそうでなかった商品」と表現できるのではないでしょうか。だからこそ、登場から15年ほどたっても売れ続けるロングセラーとなり、その間ラインアップをどんどん広げていけたのでしょう。

さあ、本題はここからです。友近氏はどのような経緯でこの工作キットを開発し、販売しているのか。

友近氏は大学卒業後に就職した企業で、1990年代後半から子ども向けのデジタルコンテンツの企画に携わっていたそうです。幼児向けテレビ番組の携帯サイトの運営が仕事の1つでした。そうした業務を続ける中で、友近氏の頭にある疑問が浮かんだといいます。それは「そもそも、おもちゃって何だ?」でした。単純な疑問ですけれど、真剣に考えてもなかなか答えにはたどり着けなさそうな、実に深い疑問ともいえます。友近氏は仕事の傍ら、おもちゃ作りのプロに話を直接聞きに行くなど、空き時間を活用して実地で学びました。

 

 

おもちゃを作りたい

「学ぶ場で一緒になったのは、保育士さんをはじめ子どもに直接関わる職業の人ばかりで、デジタル系の人間は私だけでした」と、友近氏は振り返ります。

こうして、おもちゃについて学びを深めていくうち、友近氏は自身でおもちゃを作りたいという思いに駆られていきました。

「学ぶ経験を通して、それまで携わっていた幼児用の携帯サイト制作にもより力が入りました。それと同時に、今まであまり知らなかったおもちゃの世界を知れば知るほど、自分で開発したい気持ちが高まっていったのも事実でした」と友近氏は言います。そしてついに、勤務先からの独立を決断したのです。

退職後も、引き続き子ども向け番組のポータルサイトの仕事を続けつつ、念願だったおもちゃ作りにも着手しました。ここで1つ、友近氏に聞きたいことがあります。友近氏はデジタルコンテンツ制作を専門としてきました。だったらおもちゃ開発でもデジタル系を志向して良いはずなのに、アナログである紙の工作キットを開発しています。これはなぜ?

「『遊びって自分でも作れるんだ』とか、『こういう構造で動くんだ』とか、そういった部分を子どもが考えるきっかけになるようなおもちゃを完成させたい。そう考えた結果、デジタル系ではなく、POSTCARD TOYが思い浮かんだのです」(友近氏)

なるほど。それが「おもちゃって何だ?」に対する、友近氏が導いた答えだったと捉えることができますね。その答えを取っかかりに商品を開発したという話です。

 

 

木ではなく紙の理由

「ただし…」と友近氏は言葉を続けます。「紙ではなく、木製のおもちゃを作りたいという思いが、最初の頃には正直あったんです」。ではどうして、実際には木ではなく紙を選んだのでしょうか。

「独立していきなり木製のおもちゃを開発するのは、かなりハードルが高く、難しいと気付きました」(友近氏)

ああ、そこにはシビアな判断があったのですね。「そうです。紙を素材にするのであれば、パソコンで型を起こして台紙に落とし込むことで、起業して間もない私でも商品化への道は開けると考えたのです」(友近氏)

結果的には、この判断がいくつもの意味で奏功したのだろうと私は感じました。紙の方が相対的に商品化しやすいだけでなく、紙だからこそ「簡単に作れそう」と消費者に印象付けられる側面があったと思われるからです。そう捉えると、良い決断だったと理解できますね。

このPOSTCARD TOY、先ほどお話したように50ほどのラインアップがありますが、それぞれを開発する上で大事にしていることが友近氏にはあるそうです。

「パパやママが子どもと一緒に頑張れば、ちゃんと作る気になれる難易度です」(友近氏)

ああ、これは絶妙な線を突いています。簡単過ぎても難し過ぎても、次のキットに手が伸びませんからね。これもまた、ロングセラーになっている大きな要素かもしれません。

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。
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