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コラム
トップマネジメント変革
経営者は、持続的成長を実現するため「変化を経営するリーダー」でなければなりません。トップ自らが変化を起こす主役であるための着眼点について提言します。
コラム 2025.03.28

Vol.5全天候シミュレーション

本連載では「チームコンサルティングバリュー クライアントを成功へ導く18のブランド」(ダイヤモンド社、2023年)から抜粋したメソッドをご紹介します。Vol.5では、経営戦略に不可欠な「全天候シミュレーション」について提言します。

 

貢献価値を追求し持続的な成長を目指す

 

「未来を正確に予測することなど誰もできない」。人は明日の天気ですら一〇〇パーセント正確な予測はできないのである。あなたが今日食べる夕食のメニューですら、思い通りになるか疑わしいのが現実だ。半年後、一年後、さらには三年後に成果が出る戦略を決断するとなると、難しくなるのは当然だ。

 

プロイセン(現ドイツ)の軍略家で兵法の研究書『戦争論』の著者として知られるクラウゼヴィッツは、戦略立案に際して「実際には、きわめて多様で、細かい規定をあらかじめ明示することはできない。従って戦略は、戦場に出かけ、細かいことは現地で決め、全計画を不断に修正する必要がある」(加藤秀治郎編訳『『戦争論』クラウゼヴィッツ語録』日経ビジネス人文庫)と述べている。すなわち、三現(現品・現場・現実)主義に基づいた現状認識により、修正を加えていく必要性を指摘しているのだ。

 

したがって、戦略には「思考の幅」が求められる。戦略の実行計画を立てるうえでは、天気と同様に「晴れ」「曇り」「雨」という全天候三コースでシミュレーションをする必要がある。晴れコースは期待通りに戦略を実現できるシナリオ、曇りコースは軌道修正をしながら一定程度の成果を実現できるシナリオ、雨コースはうまくいかず撤退まで視野に入れたシナリオである。

 

数値基準としては、晴れコースが「増収増益」、曇りコースが「減収増益」、雨コースが「減収減益」である。そして、すべてのコースには財務諸表を含む中期経営計画が絶対条件となる。

 

バランスシート(貸借対照表)で戦略を表現し、シミュレーションできないと真の戦略はつくれない。戦略とは経営資源の再配分であり、それには投資と回収判断がつきまとう。いずれにしても大切なことは、どのような天気になっても準備だけはしておくこと。「最悪に備えよ」「備えあれば憂いなし」「Lay by something for a rainy day(雨の日のために何かを貯えておけ)」である。「全天候」とはそういう意味なのである。

 

全天候シミュレーションで戦略をつくるのには二つの理由がある。一つ目は、戦略には成果としての「数値」が必ず伴うということだ。会社や組織の戦略における成果はキャッシュフローに表れる。キャッシュフローやROA(総資産利益率)、ROE(自己資本利益率)の改善がなければ戦略とはいい難い。したがって、戦略には中期経営計画という数値計画との整合性が不可欠だ。そうでなければ戦略の成果も測定できない。数値が伴わない戦略は戦略のまねごと、いわば「戦略ごっこ」である。そして二つ目は、「悲観的に準備して楽観的に行動する」という経営の行動原則を実践できることだ。経営環境は晴ればかりではないし、また雨ばかりでもない。戦略が三コースあれば、「もしこうなったらどうなるか」という疑問に答えることができる。

 

シミュレーション上で、打てる手をすべて考え、問題を可能な限りつぶしておくことで戦略の成功確率は上がる。

 

「経営は大局着眼、小局着手」。トップマネジメントには、「望遠鏡と顕微鏡」という両方の目線が必要だ。後者の顕微鏡は、足元や目の前の事実を整理・分析し、本質を導き出す「帰納的アプローチ」である。一方、前者の望遠鏡は、未来の〝ありたい姿〟に近づくため、「今(これから)どうあるべきか」を導く「演えん繹えき的アプローチ」のことを指す。

 

ややもすると、戦略を策定する過程では「目的」と「手段」が入れ替わってしまうことがある。「策士策に溺れる」に陥らないためにも、「そもそも何のための戦略なのか」という目的を見失ってはいけない。ぶれない戦略が必要なのである。

 

したがって、トップマネジメントには「目的の五乗」という思考法が必要だ。すなわち、何のために、何のために、何のために……と目的を五回以上繰り返し、戦略や変革の真の意味を問うことである。目的の五乗を突き詰めると、必ずといってよいほど「わが社の存在価値」や「未来の貢献価値(パーパス)」に突き当たる。すなわち、あなたの組織は何のために存在しているのか、何をもって社会に貢献するのか、などの問いに対する答えである。

 

貢献価値は「社会的役割」を果たすことにある。社会的役割は、世の中が求めているものと自らの持ち味との接点にある。自らの得意とする分野であっても、世の中が求めているものでなければ貢献価値はない。もし、わが社がなくなれば、世の中はどんな点で困るか。ここに企業の原点がある。この定義を説明すると、「経営はそんなきれいごとでは済まない」と反論する人もいる。だが、数多くの企業再生を手掛けた私自身の臨床経験からいえば、生き残る会社と死んでいく会社の違いは貢献価値にある。

 

消費者、得意先、仕入れ先、社員、さらには社会から必要とされる会社は残り、必要とされない会社や替えが利くような会社は消えていく。トップマネジメントは、組織の未来の貢献価値にまで戦略目的を問うことのできる人でなければならない。

 

そこで、〝ありたい姿〟から逆算していくバックキャスティング思考がカギを握る。しかし、日本のトップマネジメントはこれが不得手だ。なぜなら「悪いことを口にすればその通りになる」(言こと霊だま思想)、「悪いことを考えれば悪いことが起きる」と思い込む経営者が多いからだ。そのため戦略の計画フェーズにおいて、雨コースや曇りコースを初めから除外し、全天候シミュレーションを怠るケースが多い。

 

中国の戦国時代末の思想家、荀子はいう。「勝に急して敗を忘るるなかれ」。勝とうとするあまり、敗れることを忘れてはならない。敗れることも頭に入れておき、敗れないように万全のBプラン、Cプランを準備しておきたいものだ。

 

私は経営コンサルタントとして、過去三〇〇社以上の企業再生に携わり、その再生を実現してきた稀有な経験を持つが(『甦る経営』ダイヤモンド社)、その際、クライアントの社長に「一度、会社を倒産させてみましょう」といって、そのシミュレーションを提言してみることもあった。すなわち「雨コース」である。どうなるかがイメージできた社長は、雨にならない手を真剣に打つようになる。

 

もちろん、これらすべてのプランを組織や社員に発信する必要はない。経営企画部やCFО(最高財務責任者)、財務部とともにシミュレーションし、打つ手を整理しておくことである。

 

これこそが、悲観的に準備して楽観的に行動できるトップマネジメントの仕事なのである。