人事処遇制度とは社員の処遇を決定するための制度全般を指す。広義には、労務管理(雇用契約・就業規則・給与管理・勤怠管理など)を含めた処遇に関する仕組みを指し、狭義には、①等級制度、②評価制度、③賃金制度を指すケースが多い。ここでは、狭義の人事処遇制度に絞って言及していきたい。
ジョブ型の人事処遇制度
⑴ジョブ型への誤った認識
近年の人事処遇制度の潮流として、まずは「ジョブ型」について取り上げたい。ここでいう「ジョブ型」とは、社員一人一人が担う職務を明確にし、仕事に人をつける制度を指す。長らく日本の企業で運用されてきた年功序列の思想や「就社」を前提とした、人に仕事をつける「メンバーシップ型」とは異なる制度である。
「ジョブ型」は欧米ではスタンダードな制度であり、日本国内においても2020年1月に経済団体連合会(経団連)が公表した「経営労働政策特別委員会報告」をきっかけに注目を浴びたことは記憶に新しい。ここで読者の皆様には、「ジョブ型」という言葉が一人歩きしてしまっている可能性について押さえていただきたい。誤った認識を持ったまま「ジョブ型」の人事処遇制度の導入に踏み切った企業も多く、思うような成果を得られなかったというケースも散見されている。
この理由はシンプルであり、これまでの慣習も労働法も違う欧米のジョブ型を見よう見まねで導入したとしても、自社の置かれた状況や組織カルチャーにフィットしないからである。はやりを取り入れるだけでは、期待する効果は得られないのだ。
⑵日本版ジョブ型
では、われわれが目指すべきジョブ型とは何か。筆者が考えるコンセプトは「日本版ジョブ型」――日本の従来のメンバーシップ型とジョブ型を組み合わせたものである。日本が長らく育んできたメンバーシップ型を前提として、自社が次に目指すべきビジョンや組織の成長段階を踏まえてジョブ型を組み合わせる手法である。日本版ジョブ型は「ステージ(階層)」と「コース(職種)」を軸にフレーム設計することを推奨している。
ステージを軸とした日本版ジョブ型では、一般職のステージはメンバーシップ型(人事処遇制度でいう職能資格制度)を前提に制度を設計し、管理職のステージは、ジョブ型(人事処遇制度でいう職務等級制度・役割等級制度)と、階層ごとに使い分ける。
コース(職種)を軸とした日本版ジョブ型では、営業、製造、事務などの職種をメンバーシップ型(人事処遇制度でいう職能資格制度)、DX、マーケティング、ブランディング、経営財務、法務などをジョブ型(人事処遇制度でいう職務等級制度・役割等級制度)と、コースごとに使い分ける方法である。(【図表1】)
また、管理職やエキスパートコースに対する処遇の反映については、ジョブスケール(担当職務範囲や仕事の難易度)に応じて変動する仕組みを推奨している。これらを前提に、メンバーシップ型とジョブ型をそれぞれどの程度採用するかは、自社の状況に合わせて検討するとよいだろう。
【図表1】日本版ジョブ型(ステージ軸・コース軸)
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
エンゲージメントを踏まえた人事処遇制度
人事処遇制度の潮流として次に紹介したいのが、「エンゲージメントを踏まえた人事処遇制度」である。エンゲージメントは「組織」と「個人」のつながりの中で育まれる「自発的な関係性」と定義できる。ここでは、狭義の人事処遇制度における評価制度(エンゲージメント評価)と賃金制度(エンゲージメント報酬)について言及していきたい。
⑴エンゲージメント評価
評価といえば、一般的には定量的な結果や能力、情意などの指標が用いられるほか、行動を評価するコンピテンシー評価などが代表的である。(【図表2】)
【図表2】一般的な評価指標
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
筆者は【図表2】の評価指標に加えて、エンゲージメント評価の導入を推奨している。エンゲージメント評価とは、組織エンゲージメントを高めるための役割発揮や仕事エンゲージメントを高めるための実践行動を明確に定義して評価する手法を指す。タナベコンサルティングでは、エンゲージメントを「カルチャー+組織エンゲージメント+仕事エンゲージメント」と定義している。カルチャーは経営理念の下に育まれる価値観や文化、組織エンゲージメントは企業と社員の信頼関係、仕事エンゲージメントは社員が日々の仕事に抱く充実感を指す。タナベコンサルティングではこれらを軸にエンゲージメント評価を行うことを推奨している。
【図表3】エンゲージメント評価
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
エンゲージメントの向上と会社の成長には相関関係がある。これは長年のコンサルティングを通しても感じられるところであり、両者をつなぐ組織・人材の成長にエンゲージメントの視点を取り入れることがエンゲージメント評価の主な狙いである。
⑵エンゲージメント報酬
エンゲージメント報酬は、組織エンゲージメントや仕事エンゲージメントの向上につながる報酬の総称を指す。まずはそれぞれの特徴についても押さえたい。(【図表4】)
【図表4】組織エンゲージメントと仕事エンゲージメント
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
組織エンゲージメントは、心理的安全性や組織カルチャーといった目に見えづらい要素と、制度やシステムといった目に見えやすい要素で構成される。組織エンゲージメントの向上につながる報酬としては、心理的安全性を高める施策を実施した組織やチームに支給する手当(金銭的報酬)や、組織エンゲージメントを高める施策に付ける予算(非金銭的報酬)などが該当する。
仕事エンゲージメントは、活力、熱量、没頭といった内発的に湧き上がる要素で構成される。仕事エンゲージメントの向上につながる報酬としては、自発的なキャリア形成を目的とした越境学習に対する手当(金銭的報酬)や、業務時間の何割かを自己学習に使える制度(非金銭的報酬)などが該当する。
エンゲージメント報酬を取り入れるに当たっては、エンゲージメントマトリックスの観点から検討するのがよいだろう(【図表5】)。4象限で分けたどれか一つに注力するのではなく、すべての領域を充実させることに意味がある。組織エンゲージメント・仕事エンゲージメントの観点と金銭的・非金銭的報酬の観点を組み合わせて、自社に最適な報酬・施策を導入していただきたい。
【図表5】エンゲージメントマトリックス
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
OKRを踏まえた人事処遇制度
人事処遇制度の潮流としてもう一つ紹介したいのが、「OKRを取り入れた人事処遇制度」である。OKRはObjectives and Key Resultsの略であり、達成評価(Objectives)と主要な成果(Key Results)を設定し、組織・チーム・個人が同じベクトルで重要経営課題に取り組んでいくための目標管理手法である。筆者が考えるOKRの本質は「能動的に目標と向き合う風土づくり」であり、「目標管理と評価制度の完全分離運用」が目指すべき姿であると捉えている。
多くの企業では目標管理と評価制度が連動しており、評価されることを前提に目標を設定しているため、評価者のマネジメントレベルや被評価者の啓発意欲に目標管理が左右されやすい構造となっている。
OKRは、目標に対する標準的な達成度を60%~70%に設定して運用することを推奨している。この意図は、チャレンジングな目標と向き合う文化の醸成にある。筆者がマネジメントしている事業部においては、能動的に目標と向き合うための風土形成の取り組みとして、各メンバーが2週間に1度OKRを設定し、それぞれの立場や状況を踏まえたチャレンジングな目標と向き合っている(【図表6】)。もちろん、評価とは一切連動しない仕組みだ。能動的に目標と向き合う風土が整っているため、評価と連動しないことに対する不都合は一切ない。ただし、結果的に自身の目標と能動的に向き合ったメンバーの評価が高くなる傾向にあることは押さえておきたい。
【図表6】HRコンサルティング事業部におけるOKRの例
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
本稿で紹介した施策は人事処遇制度のトレンドのほんの一例に過ぎないが、企業が置かれている状況や組織の状況によっては効果を発揮するものもあるだろう。
「誰もが幸せに働ける会社を生涯かけて追求する」をポリシーに、組織・人事に関するプロフェッショナルとして多くのコンサルティングを展開。特に、経営者へのコーチングが高い評価を得ている。クライアントのステージに合わせた人事制度設計および組織開発を通して、エンゲージメント向上と売上倍増へと導いた実績多数。