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コラム
人材マネジメントの流儀
企業が「今」取り組むべき人材マネジメント施策のポイントについて、タナベコンサルティング HR コンサルティング事業部メンバーが徹底解説。実際の企業の取り組み事例を交え、採用から育成、活躍、定着と制度構築まで網羅し、人事の極意に迫ります。
コラム 2024.12.03

Vol.12 戦略的な人材採用の組み立て方 立入 俊介

 

人材獲得のためのさまざまな情報やサービスがあふれる中、自社の採用活動をどのように進めるべきか迷う企業も多いだろう。そんなとき立ち返るべきは自社の掲げる成長戦略であり、成功するのは戦略と一貫した採用活動である。タナベコンサルティングのHRコンサルティング事業部による連載「人材マネジメントの流儀」、第12回は戦略的な採用活動について解説する。

 

戦略的な人材採用の重要性

世の中には、多種多様な企業向けの採用支援サービスが存在する。こうした業界は参入障壁が低いため、新しいサービスが日々リリースされ続けており、乱立する状態になっている。企業は採用においてどのサービスを利用するかにフォーカスしがちで、その選択が採用戦略だと勘違いしている企業も少なくない。しかし、利用するサービスを選ぶだけでは人材を獲得できなかったり、採用できたとしても求める人材像とのギャップが大きかったりと、採用活動としては失敗することになる。たまたま求める人材が採れたとしても、次も同水準の結果が出せるとは限らない。失敗の原因も究明できないまま、不安定で手探りな採用を続けることになってしまうのだ。

そうならないためには、「いかに戦略的に採用活動を実行するか」がポイントになる。求める人材を毎年安定的に確保できる企業は、自社の成長戦略とつながりのある採用戦略を持っているものだ。採用を成功させるためには、成長戦略に沿って自社の採用目的を整理し、戦略的に採用を考え、実践していく必要がある。

 

採用戦略の構築と体制づくりのポイント

(1)採用活動の準備
戦略的な採用活動を考えるための情報整理として、まずはこれまでの採用活動の振り返りから始める。どのような人材に対し、どんなメッセージを発信したのか。それによって確保できた人数・質・定着率など、少なくとも過去3年分の取り組みを整理したい。

次に、全社戦略の再確認である。ビジョン・成長戦略を踏まえ、あらためて求める人材像を明文化していく。その具体的手法として、人材ポートフォリオ分析を推奨する。人材ポートフォリオ分析とは、社員一人一人の特性や実績を整理し、どのような人材がどこに配置されているのかを見る手法である。

基本的な人材ポートフォリオは、業務特性(定型・非定型)と実施形態(組織・個人)の2軸で4象限に分類する。その他にも要員計画を立てるために雇用形態で分類したり、戦略を推進する人的資本を整理・分析するために市場での競争優位性と企業内での独自性の2軸で分類したりするなど、さまざまな形がある。

例えば、全社の成長戦略を実現するために必要な人材ポートフォリオと現状を比較することで、今の組織に不足する人材を特定することができる。事業領域や事業所、グループ体制であれば子会社など、組織単位ごとに確認すると把握しやすい。

分析を通じて不足する人材が特定できても、すぐに採用を考えるのではなく、まずは既存社員の育成や配置転換でカバーすることを優先すべきである。売手市場の環境下ではすぐに人材が確保できないかもしれず、社風や自社への理解がある既存社員の方が定着しやすいためである。既存社員では不足を補うのが難しいと判断したとき、初めて外部人材の採用という選択肢が浮上する。

外部人材を採用すると決めたら、中期的な要員計画を立て、どのような人材をどれだけ確保するか検討する。この段階での成功のポイントは、求める人材像の解像度をいかに上げるかである。「積極的でコミュニケーション力の高い人材」などといった漫然としたレベルではなく、経験値・素養・求める行動パターン・性格・価値観・資格・働く企業に求めることなどさまざまな観点から可能な限り具体化し、ターゲット人材のペルソナを設定したい。

 

(2)戦略・計画の構築
次に、求める人材を確保するための戦略・計画を構築していく。ターゲット人材が企業に求める「魅力」を、価値観や得られる経験、雇用条件などの観点から想定する。それに対し、自社がPRできるポイント(自社の魅力)と重なる部分が採用戦略の軸となる。(【図表1】)

 

 

【図表1】採用戦略の軸イメージ

出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成

 

 

自社の魅力が言語化できていない場合は、まずは既存社員にインタビューをするとよい。自社で働いている理由が必ずあり、ヒントを見つけることができるだろう。タナベコンサルティングでは自社の魅力を探すポイントとして、「経営理念」「事業内容」「製品・サービス」「成長性」「安定性」「社風」「待遇・福利厚生」「教育・キャリアステップ」「働き方」「社員」の10の観点を提唱している。こうしたフレームを通じて自社を見直してみるのもよいだろう。

採用の軸を見つけたら、これを起点に採用フローと応募者とのコミュニケーションを設計する。採用フローにおいては、求める人材かどうかを見極める方法を洗い出し、採用の各段階に設定していく。提出書類、面談・面接、グループワーク(ディスカッション)、既存社員との対話、適性試験など、それぞれのフェーズで見極めることと、その基準を決める。ポイントは、一度に全てを見極めようとしないことである。各段階で何を見るのか決め、一つずつ確実に押さえる。

また、そうした判断基準を、選考に当たる社員に共有しておく必要がある。これを怠ると選考の基準がそろわず、それぞれが思うままに選考してしまう。事前のすり合わせが非常に重要なのだ。

加えて、中小企業の場合は応募者の見極めだけでなく、動機付けも行う「ジャッジ&フォロー」の目線に立つべきである。大手企業と比べ、応募者が選考前に得られる企業情報は限られる。そのため、選考の過程で自社に関する情報を補いながら、応募者の志望意欲を上げていく必要がある。応募者一人一人への丁寧な対応が他社との差別化にもつながっていく。

 

(3)採用を行う体制づくり
こうした採用戦略を実現するために重要なのが、採用を行う体制づくりである。前述した通り、採用は全社的な取り組みである。全社員がそう認識した上で、選考の過程で誰がどのような手法で候補者を見極めるのか、どのような情報を発信していくのかを決め、それぞれの役割に徹することが重要である。(【図表2】)

 

 

【図表2】選考段階ごとの情報発信と役割分担の例

出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成

 

 

また、応募者の特性に合わせて、誰が接点を持つのかを丁寧に決めていきたい。応募者の特性、価値観、知りたいこと、適性試験の結果などを踏まえ、可能な限り応募者と価値観の近い社員を選ぶのがよい。

実際には、現場で活躍する社員を採用活動に動員したがらない部門長や、それに遠慮してしまう採用担当を頻繁に見かけるが、そのような場合は経営層から各部門長に対し、採用は全社で取り組むべきものだという認識を明確に発信するべきである。

採用に全社を巻き込む仕組みとして、採用活動の中心となる社員に対して任命式をする会社や、採用活動への貢献にインセンティブを設定する会社もある。このように明確なメッセージを発信することで、全部署が取り組むべきだと認識でき、連携もスムーズになる。

採用のプロジェクトチームを立ち上げるのも有効だ。その場合は、チームの役割と責任範囲を明確にし、どこまでの権限を持つのか明確にすべきである。例えば、採用における広報ツールの候補選定レベルなのか、実際に選考に関わるのかでは責任の重みや準備時間が異なる。この点は経営者が明確にした上で、チームを組成すべきである。

 

採用チャネルの種類と特徴

策定した戦略を実装するに当たり、採用チャネル選びは重要である。採用チャネルとは、採用候補者にアプローチするための手段であり、「メディア」、「人材紹介」、「ダイレクトリクルーティング」の大きく3つがある。

従来は求人サイトに情報を掲載して応募者を待つ方法(メディア)が主流であったが、昨今は人手不足を背景に掲載企業が増えたことで応募者の目に触れる機会が減り、投資対効果が薄くなっている。そんな中、急激に拡大しているのがダイレクトリクルーティングである。求職者からの応募を待つのではなく、自社に合った人材に自らアプローチする採用方法であり、これをうまく活用して成功する企業も増えている。

ダイレクトリクルーティングの代表的な手法を3つ、以下に整理する。

 

(1)リファラル採用
この方法は、既存社員に友人や知人を紹介してもらい、活躍が見込めそうな採用候補者を集める方法である。主には経験豊富な中途人材を確保する際に検討できる選択肢である。

ポイントは、自社の求める人物像をどれだけ明確に既存社員に伝えられるかである。既存社員が採用基準を満たす人材を紹介してくれるかどうかが、ある意味一次選考の役割を果たすからだ。自社の採用基準と紹介する側としての責任を丁寧に説明し、正しい理解を得られるよう取り組む必要がある。

 

(2)人材データベースからの採用
人材紹介会社などが持つ求職者のデータベースを活用して、求める人材に直接アプローチする手法である。未経験者・経験者を問わずダイレクトに仕掛けができるため、攻めの採用手法としてイメージしやすい。候補者一人一人に直接メッセージを送るので採用担当者の工数はかかるが、有効な手段となりやすく、同種のサービスが続々とリリースされている。

活用のポイントは、自社が求める人材像とデータベースに登録されている人材の方向性がマッチしているかどうかの見極めである。魚のいない池で釣りをしても意味がないように、データベースに求める人材が登録されていなければ採用にはつながらない。また、自社が求める人材を抽出できる検索機能があるかという点でも慎重に検討したい。

 

(3)SNS採用
3つ目は、SNSを活用した手法である。ソーシャルリクルーティングとも呼ばれ、企業の魅力を定期的に発信することで潜在層にもアプローチできるのが特徴だ。X(旧Twitter)やInstagramなどのSNSに投稿して企業の魅力を伝えていくため、中長期的な視点での施策となるが、リアルな情報をより広く届けることができる。

ポイントは、求める人材の興味を引くメッセージをいかに提示できるかである。SNSはサービスごとにユーザーの属性が異なるので、それに合わせて発信メッセージを変えたり、タイミングに合わせて伝え方を変えたり、細かくメンテナンスする必要がある。また、情報の鮮度を保ちつつ、継続して長期的に発信することも重要である。

これらの採用手法はごく一部であり、どれか1つに絞る必要もない。複数の手段を並行で活用しながら効果検証を行い、自社の採用戦略と掛け合わせて独自のノウハウを構築するのがよいだろう。

 

独自の採用ノウハウの確立方法

独自のノウハウを確立するためには、入社者へのヒアリングを行うとよい。他に迷った会社はあるか、どのフェーズで入社しようと判断したか、どの発信内容に共感したのか、最終的に自社を選んだ理由は何かなどを確認していく。それらを選考段階での実践(失敗も含む)とともに記録に残し、マニュアル化することで独自のノウハウは確立される。

また、そのノウハウに名前をつけるとインナーブランディングになり、社内の採用活動に対する参画意識を高めることができる。例えば、経営者が候補者と焼き肉を食べながら人柄を見極める「焼き肉採用」、選考フローに麻雀を取り入れる「麻雀採用」、説明会や社員インタビューで得た会社情報を演劇で表現する「演劇採用」などがある。

これらの独自の採用方法はユニークさが話題を呼び、それぞれの企業の認知度を高めた。しかし、奇をてらった方法を取ればよいということではない。あくまで自社が求める人材にアプローチし、引き付けるために思案を重ねた結果、話題を呼んだと捉えるべきだ。

PROFILE
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立入 俊介
Syunsuke Tachiiri
タナベコンサルティング HR チーフマネジャー

総合人材サービス会社にて新卒採用・人材育成支援に従事し、プレイングマネージャーとして組織マネジメントを経験。社内の組織改革を手掛けたのち、タナベコンサルティングへ入社。「社員が生き生きと働き、周囲に薦めたくなる組織づくり」を信条とし、採用領域での知見を生かして顧客の理念・ビジョン・企業風土・採用競争力・制度設計・グループ人事まで、多面的かつ戦略的な人事コンサルティングを行っている。