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【企業事例】優れた経営戦略を実践する企業の成功ストーリーを紹介します。
モデル企業 2020.02.28

世界の食卓を変える可能性を秘めた新食材。規格外野菜を利用した厚さ0.1mmのシート:アイル

材料は規格外の野菜と寒天のみ。保存料や着色料を一切加えず、野菜ペーストを海苔のようなシート状に加工した新食材が、世界から注目を集めている。

    ペーストにした野菜をのりのようにシート状に乾燥させて作る。素材はニンジン、ダイコン、カボチャ、トマト、ホウレンソウの5種類    
捨てられる野菜をシートにして丸ごと食べる 「もったいない」から生まれた新食材
  サイズは約20cm四方の焼きのりほど。向こう側が透けて見えるくらい薄いカラフルなシートに、野菜のうま味が詰まっている。生春巻きに使うライスペーパーのような固さで、そのまま食べることもでき、原材料は野菜と寒天だけ。しかも、大きさや形が規格外で流通に乗らない野菜、つまり捨てられてしまう野菜を有効利用している。   「賞味期限は2年で、保存料や着色料は使用していません。野菜を丸ごと使っているので、食物繊維を含め、野菜の栄養素がそのまま詰まっています」   そう説明するのは、「VEGHEET(ベジート)」を開発した、アイル代表取締役の早田圭介氏だ。   厚さわずか0.1mmのベジートは、食材を巻いたり、食べられる器にしたりと、食卓を鮮やかに彩る新食材として注目を集めている。また、野菜嫌いの子どもにも好評で、固い野菜を咀嚼することが難しい高齢者からも反響があるという。   ベジートの販売開始は2018年3月。農林水産省の「フード・アクション・ニッポンアワード2017」で全国1万点の中から受賞10産品に選ばれたことがきっかけとなり、流通大手のイトーヨーカ堂が取り扱いを始めた。   生みの親である早田氏が、ベジートの原型である野菜シートと出合ったのは1998年。そこから世に出るまで20年の歳月を要した。   現在は大手コンビニエンスストアとの共同開発や、外食チェーンとのメニュー開発が進む中、エンドユーザーにとってもっと身近な存在になるよう、サイズを小さくした新商品の開発のほか、さまざまな仕掛けを考案中だと早田氏は語る。   「今年は東京オリンピック・パラリンピックイヤー。欧州や米国の人々、またアスリートにも多い菜食主義者向けのアプローチも考えています。今年はベジートを大きく飛躍させたいですね」(早田氏)   早田氏が野村證券を退職し、地元の長崎県平戸市に戻ったのは1993年。病気を患った食品卸売業を営む父親を手伝うためだった。大都会・大阪から、わずか人口3万人の平戸へ。この小さな町で商売を続けるにはどうするべきか。早田氏はマーケティングを徹底して行うことに決めた。   まだインターネットが普及していなかった当時、早田氏は足で情報を稼いだ。50km圏内の自治体の役所などを回り、人口の年齢分布や産業構造といった情報を粘り強く集めた。   半年かけて調査を行った結果、平戸には18~25歳の若年層が少ないことや、近隣の福岡で就職して35歳あたりでUターンするも再就職先がないといった事実が分かった。そして、農林業や水産業のような第1次産業と比較して、製造業が圧倒的に弱いという課題も浮かび上がった。早田氏は当時を振り返ってこう語る。   「地元に雇用をつくり、“外貨”を獲得しなければと危機感を感じました。町を存続させる手段は、製造業を強くすることだと確信しました」   早田氏はさらなる調査のため、全国各地を回ることに。そこで1998年、熊本県ののりメーカーと運命的な出会いを果たした。   「工場の片隅で、のり製造機を使って野菜シートを作るのを見た時、鳥肌が立つほど衝撃を受けました。のりのシーズンは10月から3月。『のり製造機が稼働しない、オフシーズンの半年間に野菜シートを作りたい!』とすぐに思いました」(早田氏)   早田氏は、材料となる野菜の仕入れと販売の協力を申し出た。そして、仕入れのために全国の農家を回る中、収穫後のニンジン畑が廃棄ニンジンでオレンジ色に染まる光景に衝撃を受けた。         食材を巻いたり、包んだり。素材そのものの自然な味と色で食卓を演出できる    
地域の人がハッピーになれるビジネスが真の仕事
  「そのとき初めて、規格外の野菜が大量に廃棄されている事実を知ったのです。味は一緒なのに、なんともったいないと愕然としました」(早田氏)   早田氏は複数の企業に声を掛け、協業して材料の仕入れと販売を行った。規格外野菜を買い取れば、メーカーには原材料を安定共有でき、生産者にとっては新しい収入源となる。フードロス問題の解決の一助にもなる。しかし、のりメーカーとタッグを組んだ野菜シートは、健康食品としては受け入れられたものの、リピート購入につながることはなかった。   早田氏は、2006年にアイルを設立してベジートを生み出すまでに、さまざまな仕事を経験した。地域に貢献するには、まず町を知らなくてはならないと考えたからだ。平戸で食品製造業を生み出したいという思いを抱きつつ、新聞記者や学習塾の経営など、あらゆる職種で地域貢献に携わった。それらの経験が、のちに大きく生きることとなる。   野菜シート事業は決して順風満帆ではなかった。2004年にはのりメーカーと共同で中国・上海に工場を建設するも、のりメーカーが倒産(民事再生法申請)。莫大な借金とともに野菜シート事業を一手に引き受けることになった早田氏は、専門書を読んで独学し、大学の研究者と共同研究も行うなど、一心に研究を続けた。   転機は2008年、日本商工会議所青年部が主催する「ビジネスプランコンテスト」でのグランプリ受賞だった。2009年には平戸に工場を設置し、生産機械の開発を自ら行った。2010年には米ニューヨークの展示会に出展。3日間で2700人がベジートを試食し、大きな反響を得た。早田氏のビジネス観が変化したのもこの時期だ。   「借金にまみれてほぼ独力でやってきましたが、ビジネスにおいて個人の欲ってキリがないことに気付いたのです。そこで、儲もうけ主義は一切捨て、地域の人たちが全てハッピーになれるような真の仕事をしようと心に決めました」(早田氏)   しかし、ファンドの進出により、同時に手掛けていた地域のバス事業を手放すこととなり、再び借金を背負うことに。その時に救いの手を差し伸べてくれたのが、かつて経営していた学習塾の教え子だった。また、M&A(合併・買収)で再生した元のりメーカーから、加工工場として使ってほしいとの申し出もあった。   「地域でネットワークを広げたおかげで、ありがたいことに助けられることが多いですね。また、いろいろな提案もいただいています」と早田氏。「環境・地域・人にやさしい」というベジートの理念に共感した投資家も増えていった。    
災害食や介護食にも応用 海外進出第1弾はフランス
  アイルは2015年にベジートの製法特許を取得し、2016年に「第11回ニッポン新事業創出大賞」(主催・日本ニュービジネス協議会連合会)の最優秀賞を受賞。そして2018年3月、ベジートは満を持して一般販売に至った。   早田氏は発売に当たり、新聞記者時代のネットワークを生かして中央誌やニュース番組、経済誌などへPR。経験に基づいたメディア戦略は見事に当たり、まず『日経ビジネス』(日経BP)に取り上げられ、その後「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」(ともにテレビ東京)と人気のテレビ経済番組で紹介された。それに合わせて放映翌日に東京エリア限定のテスト販売を試みると、反響は想定を超え、欠品が相次いだ。   現在、欧州を中心に海外で販路を拡大するため、音声翻訳機を片手に1人で海外を飛び回る早田氏。2019年7月にはNHKの海外向け国際放送「NHKワールド-JAPAN」の特集で取り上げられ、世界150カ国にベジートが紹介された。番組を見た英国の視聴者から問い合わせが来て、すぐビジネスの話につながったという。   アイルの営業担当者は早田氏だけだが、商社の兼松をはじめ、主に売上高1兆円超の企業と連携して販路を拡大。生産拠点も全国のJA(農業協同組合)にアウトソーシングする体制をとっている。   また、ベジートは福岡工業大学で嚥下困難食としての研究が進められている。高栄養かつ低カロリーで小麦などのアレルギー成分も入っていないため、離乳食や介護食への応用が期待される。さらに、賞味期限を5年に延ばす研究も行っており、その軽さと形状、栄養面から、災害食として福岡市や自衛隊にPR中だ。   2020年の春には、東京都内のコンビニ300店舗でテスト販売を経て全国に展開する予定。また岐阜での第2工場竣工に加え、海外進出の第1弾として食に関心が強いフランスでのビジネスも待ち受けている。   学習塾講師の経験を生かし、全国の小学・中学・高等学校でビジネスについての講義も行う早田氏は、「今後の課題は、ベジートの認知度を上げることだ」と語る。   「人口3万人の小さな町からも、世界中の人々を幸せにする商品を生み出せる。この可能性を伝えていきたい」(早田氏)   野菜シートが世界中の食卓に並ぶ日まで、シート食品のパイオニア・アイルの挑戦は続く。     人口3万人の小さな町からも、 世界中の人々を幸せにする商品を生み出せます アイル 代表取締役CEO 早田 圭介氏      
Column

素人集団をプロの開発者へ

アイルの社員数は26名。「30名までなら目が行き届く。社員数を2倍にするなら、僕をもう1人つくり出さなければ」と早田氏は笑う。   研究開発型企業を目指す同社の工場では、24時間3交代制で8名ずつ、計24名が勤務している。開発と生産は兼務で、シート・レシピ・マシン・システム開発の4分野、1チーム6名体制で研究開発を進めている。   シート開発チームは、昆布だしなど25の新アイテムを提案し、商品化に向けて現在進行中だ。レシピ開発チームは、ベジートを使った料理の作り方を200案ほど考案し、レシピサイト「クックパッド」に掲載。使い方を提案することで売り上げや認知度の向上に貢献した。   「田舎の小さな工場のスタッフでも、世界を動かすほど活躍できることを体感してほしかった。素人集団をプロの開発者へ成長させる人づくりを、これからも行っていきます」(早田氏)      
 

PROFILE

  • ㈱アイル
  • 所在地:長崎県平戸市田平町小手田免419-1
  • 設立:2006年
  • 代表者:代表取締役CEO 早田 圭介
  • 売上高:8400万円(2019年3月期)
  • 従業員数:26名(2019年12月現在)