同センターの取り組みの一つに、トヨタグループとの連携で行う「機械学習実践道場」と呼ばれる研修プログラムがある。この研修は2017年から毎年行われており、トヨタグループのエンジニアをビッグデータ分析の指導者候補として育成している。2019年度はトヨタグループ16社から117名のエンジニアが参加し、毎月1回、合計8回の講義や指導会を通して学んだ。
「この研修プログラムは、実際の業務の現場で抱える課題をテーマにし、データ分析や機械学習手法の使い方について具体的な指導を行っています。毎年、約100名の参加者が学んでおり、前年の受講者が翌年には指導の補佐をするなど、トヨタグループの中でデータサイエンティストが着実に育っています」(竹村氏)
その他にも、同学は数多くの企業や官公庁との連携プロジェクトを推進している。信用調査会社の帝国データバンクと共同で「DEML(Data Engineering and Machine Learning)センター」と呼ばれる組織を立ち上げ、同社が保有する膨大なデータと滋賀大学のデータサイエンスの知見を組み合わせて、実践的なデータの抽出や予測モデリング開発などに当たっている。
「また、タイムパーキング事業を展開するパーク24グループとは、時間貸駐車場の利用実績データや各種データを用いて、混雑状況や需要の変化を予測する数理統計モデルの開発を推進。この研究を基に、駐車場の特徴や時間帯に応じた適切なサービスの提供を目指している。
データサイエンスを用いた試みに力を入れているのは大企業ばかりではない。例えば、滋賀県を中心に近畿・北陸・東海地方で総合スーパーマーケットを展開する平和堂と滋賀大学は連携協力協定を締結。この協定により、学生は同社が保有する販売データを用いた実践的な演習を経験できるようになり、同社はその分析を基に新たな価値を創出する機会を得た。
「中小製造業では、製造ラインや工作機械にセンサーを取り付けてデータを収集・分析することで、これまで熟練工に頼っていたものづくりを自動化するなどの動きも加速しています」(竹村氏)
ただ、中堅・中小企業は社員数が限られているため、大企業のように新たにデータサイエンス部門を創設し、そこに権限委譲を与え、DXを推進するといったことがしにくい。そのためデータサイエンスの活用は、社外の専門事業者に依頼することになりがちだ。しかし、それでは時代の変化に対応できないと、竹村氏は警鐘を鳴らす。
「確かに中堅・中小企業は、限られた人的・資金的な経営資源の中でデータサイエンティストを育成しなければならず、難しい側面はあります。しかし、ずっと外注に頼っていると企業文化は変わりません。データサイエンティストを自社に在籍させることによって他職種の社員の意識が変化し、デジタルデータを活用した仕組みの構築や自社全体の競争力強化に結び付くはずです。
そのためには、担当者に任せきりにせず、経営者自らがデータサイエンスを理解して、トップダウンでDXを推進することも大切でしょう。本学では多くの企業の課題に耳を傾けて協力体制を築きながら人材育成を支援していますので、ぜひご相談いただきたいですね」(竹村氏)
現場に眠るデータ資産を飛躍のばねに変えるには、「データをどうビジネスの成果につなげるか」という視点を持つデータサイエンティストの育成が欠かせない。
PROFILE
- 滋賀大学 データサイエンス学部長 教授
竹村 彰通(たけむら あきみち)氏 - 1952年、東京生まれ。ピアニストを目指し、東京芸術大学へ進学。その後、東京大学経済学部、同大学院経済学研究科修士課程を経て、米スタンフォード大学統計学大学院修了。1997年、東京大学院経済学研究科教授。2001年、東京大学大学院情報理工学系研究科教授。2015年、滋賀大学データサイエンス教育研究推進室長に就任し、学部の創設に尽力。現在、データサイエンス学部長、データサイエンス研究科長。2011年~2013年まで日本統計学会会長を務めた。著書に『現代数理統計学』(創文社)、竹内啓との共編『数理統計学の理論と応用』(東京大学出版会)などがある。