部門間のつながりが希薄になり、マンパワーを生かしきれない企業が多い昨今、打楽器を使って組織を活性化させる研修プログラムが注目されている。
音楽の世界から企業の人材育成の世界に「越境」し、新鮮な学びを提供している研修プログラムがある。ビートオブサクセスが手掛ける、「トレーニングビート®」だ。参加者全員が輪(サークル)になり、ドラムやパーカッションなど打楽器のリズムを一緒に楽しむアクティビティー(活動)研修である。
コンセプトは「5分で一体感を生み、80分で強いチームをつくる」。ビート(拍子)を刻むことで、言葉なしに短時間で心の距離を縮められる効果がある。チームビルディングやリーダーシップ研修、新人研修の他、新規プロジェクト発足時のキックオフや、M&A(企業の合併・買収)後のチーム組成時などにも活用されているという。
トレーニングビート®のプログラムの基盤は、米国発祥のメソッド「ドラムサークル」。ファシリテーターの進行により、輪になった参加者たちが打楽器でアンサンブル(重奏)を即興で作る参加型の音楽レクリエーションである。米国では企業研修として活用されており、英国やオーストラリア、シンガポールなどの国々でも普及している。
このドラムサークルに、組織行動学領域(心理学・社会学・社会心理学・人類学・政治科学など)のエッセンスを加え、企業研修プログラムとして発展させたのがトレーニングビート®だ。日立金属や大林組、大丸松坂屋百貨店、日経BP社、ヤマハ、アステラス製薬のほか、国内大手企業や外資系企業を中心に100社以上が実施している。
このプログラムの総合監修を務めるのは、ビートオブサクセスのトレーニングビート®ヘッドトレーナーであり、音楽業界で40年にわたって活躍するミュージシャン兼プロデューサーの橋田“ペッカー”正人氏(以降、ペッカー氏)である。
日本パーカッション界の草分け的存在で、レコーディングした楽曲は2万5000曲超。日本初のサルサバンド「オルケスタ・デル・ソル」のリーダーと言えば、ご存じの方もいるだろう。数々のバンドを結成してきた経験から身に付けたチームビルディングやリーダーシップ、コミュニケーションのノウハウがプログラムに生かされている。
「ドラムサークルは日本でも10年ほど前から、教育現場や医療福祉分野、国際交流や世代間交流といった各種コミュニティーなどを中心に広まってきました。ビジネス分野での実績はなかったのですが、『ドラムサークルは企業におけるチームビルディングやメンタルヘルスケアの観点からも効果的だ』と考え、法人向けの研修プログラムを開発したのです」(ペッカー氏)
トレーニングビート®のプログラムの一つ「ドラムサークル」では、ファシリテーターを中心に全員が輪になり、アフリカンドラムやシェイカー(小さな卵型のマラカスのような楽器)をそれぞれが持ち、一定のテンポで音を出す。みんなのリズムがそろうとすぐに一体感が得られ、参加者は自然と笑顔になる。
最大のメリットは、短時間で高い効果が得られること。難しいルールはなく、練習も必要ないため、楽器や音楽が苦手な人も気軽に、簡単に参加できる。
「ホワイトボードに『一体感の醸成』と書かれても心は動きませんが、リズムは心と体に直接響くもの。すぐに一体感が生まれます。みんなと一緒にやるとなんだかうれしい、安心するというのは、人間が生まれながらに持っている感覚で、古代から伝わるギフトです。リズムは人の本能や情動などの中枢がある大脳の古皮質に訴えかけますから、あっという間に一体感が生まれるのです。加えて、自分がやっていることが全体に影響を与えているという気付きももたらします」とペッカー氏は説明する。
全員が輪になることにも重要な意味がある。横並びだと必ず端になる人がいるが、円を描けば全員が一つにつながる。これには、上下や優劣の意識をなくし、心理的障壁を取り去る作用がある。
そうした体験を共有して一体感が生まれると、“関係性の質”が向上する。瞬時にチーム力を高められるのは、そのためだ。
ちなみに、トレーニングビート®は数人から数百人、数千人まで、参加人数に制限はない。場所も小さな部屋から屋外まで、どこでもできるのも特徴である。大きな音が出せない会場でも、それに適したプログラムが用意されている。
例えば、音が小さいシェイカーを使う「シェイカーテイク&パス」というプログラムは、輪になった人々が各自シェイカーを持ち、右隣に渡していく。至って簡単だが、スピードを上げるにつれ、落としてしまう人も出てくる。そこで、どうすれば落とさないようにできるか、落とした場合にどう対処すべきかといった意見をみんなで出し合う。
これは生産ラインやサプライチェーンマネジメントを疑似体験するためのアクティビティーであり、課題設定や課題解決についての気付きを得ることができる。また、シェイカーを途切れなく渡すため休んだり考えたりしている暇がなく、瞬時に対応する力も鍛えられるという。
また、高さの違う小さい音が出る塩化ビニール管(ブームワッカー)を使って、音のアンサンブルを楽しむアクティビティーを行うこともできる。
「どのプログラムでも重要なのは、さまざまな人が参加すること。年齢や性別、役職や学歴も関係なく、誰もが意見を言ってよい場をつくることです。発言しにくい人も発言でき、普段は聞けない人の意見が聞ける。打楽器をたたくことやシェイカーを渡すことではなく、意見を出し合える平等で風通しの良い環境をつくることが目的です」(ペッカー氏)