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コンサルティングメソッド
コンサルティング メソッド
タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2025.05.30

中堅企業が成長ビジョンを描くためのメソッド 土井 大輔

中堅企業経営のチェックポイント

 

2025年2月、経済産業省により「中堅企業成長ビジョン」が策定された。賃上げと投資がけん引する成⻑型経済への移⾏における中堅企業の重要性を踏まえ、中堅企業の役割や課題、官⺠で取り組むべき事項をまとめた内容である。

本ビジョンを基に、関係省庁の施策を再構成し、「中堅企業成⻑促進パッケージ」を取りまとめるとともに、今後も施策の深化を図り、「中堅企業等の成長促進に関するワーキンググループ(中堅企業等地域円卓会議)」を通じて重点⽀援企業を選定の上、施策の効果を全国津々浦々に届けていく、とされている。

中堅企業は全国に約9000社とされており、各エリアでの雇用確保や経済成長に大きく貢献している。

タナベコンサルティングのファウンダー(創業者)である田辺昇一は、1974年に「田辺昇一の経営ノウハウ~中堅企業の経営再点検~」(ダイヤモンド社)という書籍を発刊している。その内容を抜粋し、現代風にアレンジした中堅企業経営のチェックポイントを紹介する。

❶「1T4M」の原則
タナベコンサルティングが提唱する経営の原理原則に「1T4M」(【図表1】)がある。企業は「事業×経営」で成り立っており、事業と経営のバランスが重要である。事業成長を加速化させるには、成長投資や基盤固めの投資も必要となる。

 

【図表1】1T4M
【図表1】1T4M
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成

 

 

中堅企業の未来指標としては「成長性」「収益性」「安定性」「生産性」の4つの切り口で数値目標を設定することが基本である。売上高や利益率といった損益数値目標だけではなく、総資産経常利益率といった総合的な収益指標や、部門単位での1人当たり経常利益といった個人指標など、バランスの取れた未来指標の設定が求められる。

❷ ビジネスモデルの倍数戦略
次に、タナベコンサルティングが提唱している指標「ビジネスモデルの倍数戦略」を紹介する。

10:1社取引ウエート(依存率)10%以下へのリスク分散
20:ターゲット市場においてシェア20%以上のニッチトップ
40:売上総利益率(粗利益率)40%以上のブランド力
80:リピート(LTV:顧客生涯価値)率80%以上のベース業績力

中堅企業になると複数事業を有することも多く、新規事業開発の際には垂直的な立ち上げも必要である。大手顧客との取引で一気に立ち上げることもあるが、そのまま規模が拡大すると身動きが取りにくくなる。

例えば、大手メーカーのサプライヤーである中堅企業A社は、1社依存率が90%以上を占める。つまり、特定部品のシェアは高いが全部品から見るとシェアは低く、メーカーの動向に大きな影響を受ける構造であり、事業も組織風土も受け身型になってしまっている。

事業の定義は「ノウハウ×マーケット」である。ノウハウとは「詳しく聞かなくても分かること」と定義している。自社のノウハウの価値を、ターゲットとなる市場・業界・顧客に対して発揮することで事業は成り立つ。現状の自社(自事業)の位置付けを考慮した上で、1社依存率が高くなりすぎないようにバランスを保ちながら、新事業を検討・設定していただきたい。

すでに1社依存率が高い場合は、顧客を分散して依存率を下げていき、自社の優位性を確保するために、1社当たりのインストアシェア20%以上を狙っていく。事業や組織において「シェア20%」は転換点となる数値である。

❸ シェア20%以上を獲得する
前述のように、顧客の仕入額のうち、自社の販売額が20%超というのが、顧客に影響力を発揮できる基準と言える。逆の立場で考えると、自社の仕入額の20%以上を占める取引先がなくなると、自社に大きな影響があるだろう。安定供給と品質維持のために、顧客に対する価格交渉力や納期交渉力を持てる目安である。

これは事業戦略の指標にも活用できる。ある事業のマーケットの20%を獲得できれば、市場への影響力を有することができる。大きなマーケットであれば、まずはマーケットを絞ることが必要となる。

例えば、総合建設業が事業戦略としてマーケットを絞る場合は、建物→非住宅→工場→食品工場→関西エリア、といった具合である。事業や製品・サービスの「単価×件数」での売上目標だけではなく、「マーケット×シェア」での売上目標の設定と、シェア20%以上を獲得するための戦略策定を推奨する。

❹ 専門化して独自性を発揮する
新たな取引先とビジネスを進める際には、数社を比較する。細かい条件はあるだろうが、基本的には「自社が目指す姿に近づくために、どのパートナーとビジネスを進めれば成果が上がるか」が決め手となる。

顧客が課題を解決するために選ばれる企業は、その課題解決に実績があり、ブランディングもできている。つまり、成長するためには、専門的な貢献価値を持つ事業やサービスを複数持つことである。

❺ 高収益モデルの5つの条件
次に、タナベコンサルティングが提唱している「高収益モデルの5つの条件」を紹介する。

第1の条件は、オンリーワンポジションの確立である。「顧客」「何を(顧客価値)」を明確にし、徹底する一方、やらないこと、取引しない顧客の決断がポイントとなる。

第2の条件は、提供方法の独自化とブランディング活動の強化である。「同質化競争」は中堅・中小企業が低収益に陥る大きな理由である。 「他社との違い」を際立たせると同時に、 その「違い」を顧客へ知らしめる工夫が重要だ。また、粗利益率の高い事業構造をつくる必要があり、そのためには業界平均と決別する覚悟が求められる。

第3の条件は、リピート・紹介を重視したベースモデルの確立、いわゆるロイヤルカスタマーづくりである。顧客が顧客を呼ぶ善循環の仕組みを確立し、ロイヤルカスタマー数の増加に結び付ける。

第4の条件は、収益の変動と格差の解消だ。拠点格差、季節変動、事業間格差を放置したままでは、収益率は向上しない。

第5の条件は、顧客創造投資である。高収益の企業は例外なく、新たな「顧客を創る」活動に経営資源を重点配分している。顧客創造投資は商品開発にとどまることなく、市場開発、人材開発、システム(仕組み) 開発など多岐にわたる。「未来への投資」が企業の持続的高収益を可能にする。

【図表2】は未来指標の例である。これらの指標を参考に、ぜひ自社オリジナルの未来指標を設定していただきたい。

 

【図表2】未来指標の例
【図表2】未来指標の例
※ 各事業固定費もしくは人件費の80%以上をベースサービスの粗利益でカバーする
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成

中堅企業飛躍の条件

 

中堅企業の定義は売上規模ではなく、組織規模である。中堅企業は組織経営であり、組織経営の要点は中長期ビジョンや経営方針を軸とした善循環を仕組み化することである。つまり、中堅企業には組織(部門)の壁がある。方針が変われば組織を変えて、1人当たりの付加価値を集中して高める必要がある。

ビジョン・方針は、基本的に現状の延長ではなく、現状から飛躍するための成長戦略である。そのためには、新たな取り組みとして「何をやるか」と同時に、「誰がやるか」を決めなければ進まない。

企業は生まれも育ちも違う人々の集団であり、基本的にメンバーの価値観はそれぞれ異なる。特に、中堅企業規模になると年齢や性別だけでなく、国籍や働き方がさまざまなメンバーがいる。だからこそ、理念→中長期ビジョン→中期経営計画→事業戦略→組織戦略→年度方針がつながっており、全社に浸透していることが必要である。

中長期ビジョンは現在と乖離かいりがあることが健全である。だからこそ、ビジョンは将来の組織図案とセットにして発信することが必要であり、メンバー(従業員)を含めたステークホルダーへのメッセージとして有効である。

また、飛躍するためには、生産性を高めなくてはならない。新たな取り組みを推進するため、メンバー(従業員)が前向きに取り組めるようにコミュニケーションを活性化し、生産性の低い業務をなくすことで、全体の生産性を高めていく必要がある。

生産性の向上には、大きく4つのアプローチがある。

1つ目は「評価・制度を変更するアプローチ」であり、評価制度や働き方改革などが該当する。成果を上げればインセンティブが出るというように、評価と結び付けることも有効だ。

2つ目は「業務・オペレーションを変更するアプローチ」である。前例主義で継続している業務や方法を見直すだけでなく、業務の前工程・後工程を上流から下流までのつながりで見直す必要がある。入力やチェック業務などの非生産性業務を減らすために、業務フローや個人の役割を変更したり、デジタルツールで効率化したりすることなどが含まれる。

3つ目は「管理・マネジメントを変更するアプローチ」である。会議運営や会議資料、社内の意思決定フロー・承認などが含まれる。上司と部下の関係が生産性に影響することは認識していても、それを個人の対応改善に任せていては解決しない。会社のマネジメントルールとして見直すことが必要である。

4つ目が「組織体制を変更するアプローチ」である。創業当時は単一事業の規模を拡大するために、営業のエリア展開や工場の増設など、量を増やしていくことで人員も増加する。しかし、収益構造を強化するためには、新規事業の立ち上げなどで、複数事業を展開することが必要になるケースが多い。

各営業拠点の特徴や風土が色濃く、拠点長が“一国一城の主”になっている場合は、全社ビジョンを伝えるだけでは推進が難しいため、「エリア別×事業推進機能」のマトリクス組織にするなどの組織再編が必要となる。組織の新設や名称変更、部門の役割や管掌役員の変更なども含まれる。

4つ目に関しては経営判断が必要である。ビジョンや経営計画の推進が遅れている会社の共通点は、1~3に対しては取り組んでいるが、4つ目の組織体制改革に対して経営判断ができていないことである。

とは言っても、ビジョンや経営計画を達成するためには、組織や人材のレベルとのバランスも重要である。前述のように、ビジョンや経営計画を公表する際には、将来の組織案(イメージ)をセットで発信することにより、メンバー(従業員)を含めたステークホルダーに理解されやすくする必要があるだろう。

近年は、事業成長だけではなく事業再編の意思を示すために、M&Aや分社化などの手段も駆使し、グループ経営体制へ移行することが増えている。



中堅企業のコンサルティング経験が豊富なコンサルティングチームメンバー (左から、河村周平、名倉克明、土井大輔、巻野隆宏、藤巻桂太)
中堅企業のコンサルティング経験が豊富なコンサルティングチームメンバー
(左から、河村周平、名倉克明、土井大輔、巻野隆宏、藤巻桂太)

 

中堅企業経営者の課題と責任

 

本稿の冒頭に紹介した書籍で、田辺昇一は「中堅企業は中小企業と大企業の中間にあって、青年企業である。その中堅企業躍進の秘密は、組織に喜んで参加する人があったこと、その組織に参加したいと望むだけの吸引力を組織自身が持っていること、組織に参加する人が増えるほど、組織の血液が濃度を増し、相乗効果を発揮し、熱っぽいムードができること」だと書いている。つまり、グループ企業としての“求心力”と“遠心力”のバランスである。

中堅企業には、事業・部門・エリア拠点が複数あることが多い。その場合、組織を支える一人一人が自律性高く、責任と柔軟性を持って事業を推進することが理想であろう。その際の成功の鍵が、パーパスや経営理念の浸透なのである。パーパス経営・理念経営は中堅企業経営者の重要な課題であり、責任であると言える。

田辺昇一が同書で提唱した「魅力ある会社の条件」は次の通りである。

❶ 魅力ある経営者
❷ 会社の将来性
❸ 社会的に価値のある仕事
❹ 実力が正しく認められること
❺ 若い人に任せること
❻ 国際感覚
❼ 労働条件
❽ 経営に参画できる
❾ 魅力ある所属上長
➓ 会社の知名度


発刊から50年以上経過した現在でも通用する内容である。最近相談が増えている統合報告書の作成支援なども、自社の魅力を可視化し、広く、正しく伝えたいというニーズの高まりによるものだろう。従業員の定着率、採用数・質の向上、M&A成功率、企業価値の向上など、非常に幅広い効果が期待できる。有形資産だけでなく、無形資産への投資も、ぜひ行っていただきたい。

本稿に続くコンサルティングメソッド2~5では、中堅企業のコンサルティング経験豊富なコンサルタントが、事例を踏まえて業種別(製造、建設、物流、小売・サービス業)の中堅企業経営メソッドを紹介する。

PROFILE
著者画像
土井 大輔
Daisuke Doi
タナベコンサルティング 上席執行役員
システム機器商社を経てタナベコンサルティングに入社。これまで物流業、建設業、製造業、卸売業、人材派遣業、Sier、廃棄物処理業など130社以上の企業を支援。2016年より物流経営研究会を立ち上げ、物流業のサステナブルモデルを開発。荷主側の経営課題を把握した上での物流会社の事業戦略構築を得意とする。熱意あふれるクライアントファーストの姿勢によるコンサルティング展開で多くのファンを持つ。全国理美容製造者協会やトラック協会(単県)など荷主側・物流事業者側での講演実績も多数。著書『物流業 4つのサステナブル・ビジネスモデル』(ダイヤモンド社)。