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コンサルティングメソッド
コンサルティング メソッド
タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2023.08.02

パーパスが導く長期ビジョン・未来戦略 村上 幸一

 

パーパス・MVVが注目される背景

 

近年、パーパスやMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)が注目されている。タナベコンサルティングにも、新たな経営コンセプトとなったこのテーマについてのコンサルティングや研修の依頼が非常に増えている。

 

日本語に直訳するとより分かりやすい。パーパスの直訳は「目的・意義」であり、経営の文脈においては「企業の存在目的・存在意義」となる。同様に、ミッションは「企業の使命」、ビジョンは「企業の未来構想」、バリューは「企業、社員共通の価値基準・価値観」という日本語に該当する(【図表1】)。つまり、多くの会社にすでに存在している経営理念や社是、社訓などと同義となる。実はここに、パーパス・MVVが新たに再定義されるニーズがある。

 

【図表1】パーパスとMVVの関係性

パーパスとMVVの関係性

出所:タナベコンサルティング作成

 

欧米と比較して、伝統的にビジネスにも義を重んじてきた日本の企業の場合、これらを表現するものが多種多様に存在する。例えば、企業理念、経営理念、事業理念、綱領、経営原則、経営指針、経営姿勢、社是、社訓、行動指針、行動原則、憲章など、少し思い浮かべただけでもこれだけ多様に存在する。

 

各社によって、テーマと内容もバラバラである。理念に存在価値を記載している企業もあれば、綱領にそれらの情報を明示している企業もある。そのため、パーパス・MVVというデファクトスタンダード化しつつあるコンセプトに、既存の企業理念や経営方針を編集し直すことで、よりステークホルダーに分かりやすく伝えることができる。

 

もう1つのニーズが、そのステークホルダーへのメッセージ性である。最近の経営環境において重要なキーワードとして、「サステナビリティ」と「人的資本」、さらに上場企業においては「コーポレートガバナンス・コード(CGC)」が挙げられる。

 

サステナビリティに関しては、SDGs・ESG・CSRなどが企業経営において必要不可欠の取り組みテーマとなっており、収益性だけでなく社会性も広く深く求められている。その観点においても、パーパス・MVVはそれらを包含した企業の存在価値、社会への貢献価値を明言することが必要不可欠となっている。

 

そして、もう1つの視点が人的資本経営だ。「企業にとって、人材こそが最も重要な経営資源である」とは昔から言われている原理原則の考え方であるが、少子高齢化で生産年齢人口が減り続ける日本において、その重要度は高まっている。

 

また、豊かな日本で過度な競争にさらされずに育ってきた日本の若年層は、働く目的として、お金をより多く稼ぐという貪欲な経済性より、“世のため人のため”に貢献する社会性に重きを置く傾向もある。

 

このことから、企業の発信するパーパス・MVVは、多様性へのコミットメントも含め、人的資本経営を実践するための大切な旗印となる。そして、上場企業はこれらをより詳細・明確に、あるいは定量的に公表する義務を負っている。 

 

パーパスが導き出す長期ビジョンと事業ドメイン

 

企業経営はパーパスを出発点とし、パーパスに向かう。パーパスという経営目的を果たすため、長期的に在るべき姿が未来ビジョンであり、そのビジョン実現のために事業戦略を策定し、ビジネスモデルを設計して磨き上げていく。つまり、パーパスは未来ビジョンやビジネスモデル、それを推進する中期経営計画、年度計画などと連鎖させることによって初めて具現化していく。

 

パーパスが長期ビジョンと結び付き、未来戦略として体系的にデザインされているモデル企業、および秀逸なビジネスモデルでパーパスを実装している事例を次に紹介したい。

 

事例1:ソニー
2019年に新たに制定されたソニーのパーパス(存在意義)は、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」であり、自社を「テクノロジーで裏打ちされたクリエイティブエンターテインメントカンパニー」と位置付けている。

 

祖業でもあるエレクトロニクスのテクノロジーをベースとしながら、音楽・ゲーム・映画などのコンテンツビジネスに注力し、ユーザーに感動を提供。そして、M&Aも含めその分野に集中投資し、成長を続けている。パーパスを起点にビジョンを描き、事業戦略として実践しているモデル事例である。

 

また、このパーパスは、同社(旧東京通信工業)の設立趣意書の有名な一文「真面目ナル技術者ノ技能ヲ最高度ニ発揮セシムベキ自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」と根底でつながっているところも「らしさ」を感じさせる。

 

事例2:花王
ライフケア・ヘルス&ビューティケア・ハイジーン&リビングケア・化粧品・ケミカルの5つの事業ドメインを主体とする花王は、消費者の暮らしに密接に関わっている。そのため、パーパス(花王が社会に存在する意義)として「豊かな共生世界の実現」、2021~2025年度中期経営計画のビジョン(K25ビジョン)として「未来のいのちを守る」を掲げ、ビジネスモデルのイノベーションに挑戦している。

 

また、コーポレートスローガンを「きれいを こころに 未来に」という表現にアップデートし、全ての事業に共通する価値観として制定している。「きれい」は「地球をきれいに保つこと、危害をきれいに消し去り生命を守ること」であり、同社の製品群はこの価値に基づき、貢献している。

 

そして、パーパス・ドリブン経営をより具体的に実践していくため、ブランドごとにパーパスやミッションを定め、マネジメントとモニタリングを行っている。

 

事例3:トラスコ中山
東証プライム上場のトラスコ中山は、機械工具などの専門商社であり、日本のものづくりを支えるプロツールカンパニーである。パーパスという言葉では表現していないが、コーポレートメッセージの「がんばれ!! 日本のモノづくり®」が、それに該当するであろう。

 

同社は、製造現場で使用されるプロツールの豊富な在庫量と独自の物流網により、「最速」「最短」「最良」で顧客に配送できるビジネスモデルを構築している。

 

通常であれば、ほとんど注文がない商品(不動在庫)は、キャッシュフローと物流の両方において非効率となるため自社で在庫せず、メーカー注文にする。しかし、その入手しにくい製品1つのために顧客がものづくりに支障をきたすのはパーパスに合わないとして、可能な限り多くの在庫を仕入れておく戦略を推進し、「ロングテールを極める」とコミットしている。

 

さらに、在庫効率を図るKPI(重要業績評価指標)は、在庫回転率や在庫回転日数であるのが定石だが、同社はそれを「顧客視点ではない」として用いず、「在庫ヒット率」という独自のKPIを重視している。

 

在庫ヒット率とは、顧客から注文があった際、自社の在庫から出荷する割合のことである。「プロツールの供給を通して日本の製造業のお役に立つ」というパーパス(志)が、ロングテールというビジネスモデルで具現化され、それを在庫ヒット率というKPIで推進している、一気通貫のパーパス実践経営モデルである。

 

事例4:大成建設
「地図に残る仕事。®」で有名な大成建設は、このコーポレートメッセージによって、建設業に詳しくない一般の人々の間でも高い知名度を有しており、ブランディングに成功している。

 

同社はグループ理念を「人がいきいきとする環境を創造する」と定めており、これを「グループとして追求し続ける存在目的(目指す姿)」と表現しているため、グループ理念がパーパスに該当するといえよう。このパーパスの下、中期経営計画「TAISEI VISION 2030」を策定し、建設・開発・エンジニアリング・エネルギー・環境の5つの事業ドメインでの成長を公表している。

 

これらの事業ドメインで戦略を推進することがパーパスの実践であり、それは各事業のイニシャルを取って、「CDE3(シーディーイーキューブ)」と名付けられ、中期経営計画にまで落とし込まれている。つまり、パーパスから長期ビジョン、中期経営計画まで戦略ストーリーが連動した、筋の通ったモデル事例となっている。

 

また、「地図に残る仕事。®」に関しては、同社のホームページ上で特設サイトが設けられており、そこでさまざまな情報発信がなされ、パーパスやビジョンとともに同社のブランディングに寄与している。

 

事例5:キーエンス
キーエンスは、2023年3月期連結売上高9224億円、売上高営業利益率54.1%、平均年収2183万円と圧倒的な数値を誇るモンスター企業だ。同社のパーパス(存在意義)は、「全ては付加価値の創造のために」である。

 

世の中にないもの、普通に手に入らないもの、唯一無二のものこそが、価格競争に巻き込まれない高付加価値商品である。それにこだわる同社新商品の約70%は世界初、業界初の商品だという。

 

新商品を生み出す源泉は、ビジネスモデルとバリューにある。代理店を介さないダイレクトセールスによって同社の社員が現場の潜在的な課題にまで踏み込み、商品の企画・開発に生かす。そして、常に問題意識を持ち、問題点を鋭敏に察知する洞察力と主体性。これらが高次元でつながることによって、世界初の高付加価値商品が生み出される。

 

「付加価値の創造」というパーパスを、ユニークなビジネスモデルと研ぎ澄まされた組織文化によって推進し、先述の数値に見る通り、超高付加価値経営を実現している超優良モデルである。

 

PROFILE
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村上 幸一
Kouichi Murakami
タナベコンサルティング 取締役 ベンチャーキャピタルにおいて投資先企業の戦略立案、マーケティング、フィージビリティ・スタディなど多角的な業務を経験後、タナベコンサルティングに入社。豊富な経験をもとに、マーケティングを軸とした経営戦略の立案、ビジネスモデルの再設計、組織風土改革など、攻守のバランスを重視したコンサルティングを数多く手掛けている。高収益を誇る優秀企業の事例をもとにクライアントを指導し、絶大な信頼を得ている。