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【特集】

パーパスから描く未来戦略

企業活動の持続可能性が重視され、企業に「パーパス」を求める機運が高まる中、自社の存在意義やMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を再定義する企業が増えている。パーパスの実現に向けた中長期ビジョンを構築し、事業計画に落とし込んで、自社の成長を加速させるメソッドを提言する。
2023.08.08

「らしさ」と「ワクワク」が共存する長期ビジョン策定メソッド:本間 貴大

VUCA時代――。2020年のコロナショック以降、企業経営において共通言語化したワードである。先行き不透明な環境に加え、縮小均衡の国内経済に身を置く企業にとって、激動の数年だったことだろう。その状況でも持続的成長を目指す上で、必須といえる経営メソッドが長期ビジョン策定である。しかし、長期ビジョンを策定している企業は32.6%※1にとどまる。本稿では、企業経営における長期ビジョンの重要性と策定メソッドについて、実例を交えて紹介する。

 

経営の羅針盤たる 長期ビジョンの重要性

 

パーパスが経営における北極星であれば、長期ビジョンは羅針盤(コンパス)といえる。ではなぜそのコンパスが、従来のもの(中期経営計画・単年経営計画)では不都合になってきているのか。理由は2つある。

 

❶ VUCA時代への突入

 

現在は、3年先ですら自社の業界が大きく変革する可能性があり、それ以上の長期スパンで外部環境・内部環境にフォーカスを当てた経営活動が必要になってきている。

 

例を挙げると、ある領域でリーディングカンパニーである上場企業A社の外部環境を調査したところ、2030年には業界規模が半減するという厳しい現実が待ち受けることが分かった。この事実を知った上で打つ対策と、知らずに打つ対策では、まるで危機感が異なることは言うまでもない。

 

❷ ステークホルダーの要請と期待

 

長期ビジョンの存在は、あらゆるステークホルダーに対する意志の表明ともいえる。上場企業・大企業の場合、先行き不透明な状況下で自社の成長をどう考えているか、またESGの観点からもステークホルダー、とりわけ株主に強く長期ビジョンを要請される(売上規模500億円以上の場合、長期ビジョンを策定している企業は50%を超える※2)。

 

翻って非上場の中堅・中小企業においては、長期ビジョンの策定により、金融機関・取引先の信用を高めることができる。また、社員にとっては、会社の将来のビジョンや考えを知ることができ、自社で働くやりがいやメリット・期待の整理にもつながる。

 

長期ビジョンの構成要素

 

「長期ビジョンとはそもそも何か?」という問いには、「10年以上先の未来に対して、自社の在りたい姿を描いたもの」との定義で答えたい。【図表】は、長期ビジョンを掲げる上場企業を中心とする数十社を独自調査し、構成要素をまとめたものである。

 

構成要素を具現化したモデル企業が、東証プライム上場の積水化学工業である。同社は世界で最も持続可能性の高い100社「Global 100」に2018年から6年連続で選出されている。同社の「Vision 2030」は「Innovation for the Earth」をビジョンステートメント(将来の在りたい姿)とし、補完する副題として「サステナブルな社会の実現に向けて、 LIFEの基盤を支え、“未来につづく安心”を創造します」と表現している。加えてVision 2030の構成要素を体系的にまとめ、経営理念に掲げる5つのステークホルダー全てに届く全体像として展開している。

 

【図表】長期ビジョンの構成要素

出所 : タナベコンサルティング作成

 

「らしさ」と「ワクワク」を追求する長期ビジョン

 

前述した構成要素はあくまでも長期ビジョンを開示している企業事例であり、長期ビジョンは型が決まっているものではない。ただ、策定の上で大切にしてほしい2つの要素がある。それが「(自社)らしさ」と「ワクワク」である。「らしさ」とは、長期ビジョンを見ればその企業の顔が浮かんでくることである。「ワクワク」とは、長期ビジョンを見た社員だけでなく、全てのステークホルダーに自社の将来を見てみたいと思わせることである。

 

長期ビジョン策定を支援した製造業B社では、ビジョンキーワードを組み合わせて推敲し、多くの長期ビジョン案を立案・検討した。奇をてらいながらも理想の姿を表現する案などもあったが、最終的にはまさに「らしさ」と「ワクワク」を兼ね備えているかどうかが基準となり、ビジョン案が決まった。

 

「らしさ」と「ワクワク」が共存する長期ビジョン策定のメソッドを3点紹介する。

 

❶ 次世代経営リーダーが主体となったプロジェクトでの策定

 

長期ビジョン策定に当たっての絶対条件が、次世代経営リーダーの参画である。

 

理由は3つある。1つ目は、長期ビジョンゴール年度に自身が経営陣として参画している可能性がある(“自分事”として取り組める)点。2つ目は策定後、社内での長期ビジョンのエバンジェリスト(伝道者)としての活躍が見込める点。3つ目は、策定を通して事業センス・経営センスを磨く(将来の経営人材としてのレベルアップ)ことができる点である。参画した次世代経営リーダーが長期ビジョン策定を通して、新たな自社「らしさ」を伝播していくことにもつながる。

 

❷ ビジネスモデル発想による事業のリ・デザイン

 

現状の事業の強み・特性を生かしながら領域(市場・顧客・サービス)を大きく広げることができないか検討することである。実践的な着眼として、事業名の変更(事業名を変えようとする過程で既存事業スキームを見つめ直し、ビジネスモデルを変えるきっかけにつながる)や、異業種の高収益企業を分析し、自社に還元できる要素を検討することなどが挙げられる。
リ・デザインを介して「らしさ」を見つめ直し、「ワクワク」できるビジネスを具現化していくということである。

 

❸ 複数ステップを前提とした成長モデル設計

 

タナベコンサルティングは、長期ビジョンと中期経営計画は連動するものと捉えている。10年後を長期ビジョンとし、その間で中期経営計画を3回転させるという考え方である。各ステップ(中期経営計画)で自社がどのような姿になっているかを具体的に描き切ることができるか否かで、長期ビジョンの実現というゴールテープを切れるかどうかが決まる。各ステップを描く際にも「ワクワク」できるかを十分に検討してほしい。

 

長期ビジョンには決まりきった形は存在しない。どのようなコンパス(長期ビジョン)を使って北極星(パーパス)を目指すのか。それを決めるのは自社「らしさ」であり、「ワクワク」であることを強く説きたい。

 

※1、2 タナベコンサルティング「長期ビジョン・中期経営計画に関する企業アンケート調査」(2022年11月)

 

 

 

 

Profile
本間 貴大Kidai Honma
タナベコンサルティング ストラテジー&ドメイン ゼネラルパートナー
不動産コンサルティング会社にて営業兼コンサルタントとして第一線で活躍し、約1000社の小売・サービス・流通業へ不動産活用・コスト削減を提案。タナベコンサルティング入社後は、営業戦略・事業戦略コンサルティングに従事。マーケティング・新規事業開発を得意とし、事業性評価・ビジネスデューデリジェンスなどのプロジェクトも手掛ける。
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