人材採用の成否が企業存続を決める
東京商工会議所の「【緊急調査】2021年卒採用活動における中小企業の動向アンケート」(2020年5月)によると、新卒(2021年度卒業・修了予定者)を対象とした採用活動において、83.8%の企業が新型コロナウイルス感染拡大の影響が生じたと回答している。また、影響が生じたと回答した企業274社のうち、採用活動を中断・延期している企業は51.8%にも上る。
中堅・中小企業にとって、新卒の採用・育成は経営の存続に関わる重要な取り組みである。新卒採用に苦手意識を持つ経営陣も少なくない中、採用活動の縮小は競争力低下に直結しかねない。
コロナ禍の今は、中堅・中小企業にとって優秀な学生を採用できるチャンスである。2020年度の業績が低迷した影響で、採用を見送る大企業が多いからだ。例年以上に優秀な学生を採用できているところも存在する。
ここで重要なのは、採用活動の基本を見直すことである。採用活動がうまくいっていない企業の特徴に、採用テクニックばかりを磨き、採用活動の基本を怠っていることが挙げられる。ビデオコミュニケーションツールを用いた面接や、オンデマンドの説明会、学生が就職活動を行う際に利用する「就活ナビ」を活用しているにもかかわらず、新卒の学生を全く採用できていない企業は、まず採用の基礎を見直していただきたい。
【図表】プロモーションの実施内容と発信媒体
採用活動における3つの切り口
事例を1つ紹介する。福井県福井市に本社を置く辻広組は、グループ売上高60億円の建設会社である。同社は今後の事業展開を見据え、2022年卒業予定の大学・高専卒の採用に力を入れている。毎年継続的に掲載費用が発生するにもかかわらず、応募が少ない就活ナビを一切使わず、他社との差別化を図ることを目標とした。
福井県内の大学には土木系の学科が少ない。各大学の就職先実績を見ると、県内の建設会社に就職する学生の人数の推計は毎年30名未満。その少ない学生を、多くの地元企業が毎年取り合う現状がある。
同社は、大卒・高専卒向けの採用活動を、(1)採用推進組織力(全社一丸で採用活動に取り組む)、(2)採用マーケティング力(認知度の向上)、(3)採用ブランディング力(志望度の向上)という3つの切り口で強化した。
(1)採用推進組織力(全社一丸で採用活動に取り組む)
大企業は、人事部や採用担当者が配属されており、採用活動自体が通常の業務となるため活動を推進しやすい。対して中堅・中小企業は、採用活動だけに人を割く余裕がなく、推進力に乏しい。
同社は、次期後継者でもある副社長を採用活動推進リーダーに任命。また、自社の将来を担う有望な若手社員を交えたプロジェクトも立ち上げた。採用活動全体の統括はタナベ経営が担当し、企業ブランディングは地元の有名デザイナーに依頼。広告やSNS運営などのマーケティング活動は広告代理店に、YouTubeに掲載する動画の作成には、動画編集技術に明るい副社長の知人に依頼した。中堅・中小企業であっても、専門知識を持った外部人材をプロジェクトに加えれば、強力な採用推進組織をつくり上げることができる。
(2)採用マーケティング力(認知度の向上)
次に実施したのは採用マーケティングである。マーケティングの考え方を採用活動に落とし込み、「どのような学生に、どのような自社の魅力を、どこで伝えるのか」を検討した。「どのような学生」「どのような自社の魅力」の部分については、プロジェクトの若手社員とともに、自社の魅力や自社に合った学生の情報の棚卸しを行った。また、デザイナーも同席し、情報を共有することでブランディング活動にも活用している。
採用マーケティングにおいて、成果に最も差が出るのが「どこで伝えるのか」の部分である。ここを徹底できていない企業が少なくない。
同社ではまず、発信媒体をできる限り用意し、学生に認知してもらうための活動を徹底した。SNSや広告などは、ページ閲覧数を増やすために相互にページリンクを設置。広告→SNS→ホームページ→YouTubeとページの回遊ができるように工夫し、自然と同社を理解できる仕組みを構築した(【図表】)。目的を達成するための手段を多く検討し、一つずつを連携させることが重要である。
(3)採用ブランディング力(志望度の向上)
採用マーケティングと同時に力を入れ、改善してきたのが採用ブランディング力である。
前述のように、福井県内では土木系の学科に進む学生が少ない。福井県内で建設業のブランディングがうまくいっていないことが理由と考えた同社は、建設業のイメージそのものを変えていくことを目標とした。
採用推進組織のデザイナーとともに、キャッチコピーやコーポレートカラーを統一し、採用ページ、会社案内、企業看板、営業用資料のデザインなど、多くのツールをリニューアルした。
この3つの取り組みの結果、これまで接点のなかった国立大学の学生や関東の学生からの応募数が増加した。また、2021年3月時点で採用実績のなかった大学からの採用も決定している。面接予定の学生も増え続けており、一定の成功を収めたと言える。
これらは、以前から有効性が確認されている手段である。しかし、ここまで徹底して行動できている中堅・中小企業は少ない。辻広組の場合、次期後継者の副社長自らが先頭に立ち、自社の有望な若手と外部人材を多く巻き込むことで、実行に移すことができた。
中堅・中小企業は、新卒の採用人数を簡単に増やすことはできない。それゆえに、毎年確実に採用できるかどうかで企業の競争力に大きく差がつく。自社の永続発展のためにも、今一度、採用活動に向き合っていただきたい。