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コラム
イベント開催リポート
タナベコンサルティンググループ主催のウェビナーやフォーラムの開催リポートです。
コラム 2024.10.16

「企て」としての中期経営計画 学研ホールディングス

タナベコンサルティングは2024年9月5日、「未来戦略フォーラム2024」を開催。激変するグローバル経済下で変化に挑む中長期戦略をテーマに、学研ホールディングス、三井化学の取り組みと、タナベコンサルティングによる講演をリアルタイムで配信した。
※登壇者の所属・役職などは開催当時のものです。

 

株式会社学研ホールディングス 執行役員 経営戦略室長 丸山 洋 氏

株式会社学研ホールディングス 執行役員 経営戦略室長
丸山 洋 氏

事業会社を経て、外資系会社にて経営コンサルティングやM&Aアドバイザリー業務に従事。学研ホールディングスによる認知症ケア事業最大手のグループインに際して当社アドバイザーを務めた後に入社。責任者として続く中期経営計画の策定および推進を担う。2021年より現職。

 

学研グループの歩み

 

「学研」といえば、学習雑誌の「学習」と「科学」を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。

 

「学習」と「科学」は1979年のピーク時に合計発行部数670万部を達成した。『週刊少年ジャンプ』(集英社)ですら当時の発行部数は300万部、1995年の歴代最高発行部数でも635万部であり、それらを上回るこの記録がいかに驚異的か、お分かりいただけるであろう。

 

1946年に「初等六年の学習」で世に出た学研グループの歩みは紆余曲折うよきょくせつと言える。戦後復興期から高度成長期まで日本の経済成長と人口増加に合わせて事業を拡大し、バブルの崩壊とともに凋落ちょうらく。売上高は現在の半分以下にまで落ちた。そこから15年が経ち、やっとピーク時に近い売り上げに回復している。

 

2023年9月期にはグループ全体で1600億円超の売上高を計上し、2万8000名を超える従業員が働いている。教育事業と福祉事業で半々という収益構成だ。祖業である出版業は5分の1以下になり、代わりに教育サービスや医療福祉事業、子育て支援事業でV字の成長をけん引してきた。

 

学研ホールディングスの売上高構成比
出所:学研ホールディングス講演資料

 

 

社会課題と向き合い、挑戦し続ける学研の企業DNA

 

学研グループは、戦後復興期の児童教育を民間の力で支えたいという思いから始まっている。子どもや保護者が抱える学びへの不安や、公教育の課題と向き合い、価値を提供してきた。社会課題の解決と対峙し、事業の挑戦と失敗を繰り返した歴史でもある。

 

高度成長期には、多様なメディアや当時の最新テクノロジーを使った事業展開を進め、OHP(オーバーヘッドプロジェクター)やオールカラーの図鑑・百科事典など、日本初の商品・サービスを数多く発信してきた。1980年代以降は、メディアだけでなく「学研教室」を通じた教育サービスを展開。2000年代になると、少子高齢化が問題視される中、年金受給だけでも安心して老後が生活できるようにとサービス付き高齢者向け住宅を開発。この事業も国内初と自負している。

 

このように、学研グループは創業以来、教育・学習と福祉を通じた社会課題の解決に挑戦してきた。

 

そして今、経済力や地域性からくる教育格差、教育・医療・福祉現場における人材不足、超高齢化、AIに代表されるデジタルとの距離や、グローバル化といった社会課題にどう立ち向かうか。総合教育・福祉のソリューション企業としての矜持(きょうじ)を持って、これらの社会課題の解決へ向けて取り組む所存である。

 

学研グループは、さまざまな手段で乳幼児の好奇心を育み、子どもの学びの環境を整え、大人の知的生産性を高め、シニアが心身ともに健やかに暮らせる生活を支援してきた。一つずつの事業を紡ぎ、点ではなくライフステージという導線でつながりたいと考えている。

 

 

新規事業開発と積極的M&Aで成長加速

 

学研の今、そして将来につながるストーリーを「経営」「戦略」という視点から再整理したい。

 

2008年、学研は高齢者福祉の市場開拓を進める一方で、大きな経営危機を迎えた。過去の挑戦と失敗には華々しい側面がある一方、財務面から見れば最大1000億円以上もあった純資産の、実に4分の3を食いつぶすものだった。

 

構造的にも疲労が表れ、アクティビスト(物言う株主)から変革提案を受けることにもなり、当時の経営陣は他社の傘下に入ることも含めてさまざまなオプションを検討したが、最終的には自力で企業再生に取り組むことを決断。その後、学習研究社を持ち株会社制に移行。それぞれの事業による構造改革期を経て、自社で地盤を固めた後に積極的なM&Aを行うことで成長に転じた。当社はこのM&Aを「グループイン戦略」と呼んでいる。

 

2010年代は各地の有力な学習塾にグループインしてもらい、教育サービス事業の多地域展開を加速。出版領域では不採算事業を整理した。一方、医療看護のeラーニングやオンライン英会話、社会人教育や海外での教育展開を見越した事業など、教育領域の構造変革を進めてきた。

 

並行して、高齢者福祉事業「学研ココファン」では、大型の拠点開発と同時に、同業をグループインして規模の拡大を加速。さらに認知症グループホーム国内シェアトップのメディカル・ケア・サービスをグループインすることで教育と医療福祉の両輪が大きく回り始めることになる。

 

新規事業開発と積極的なM&Aによる事業構造の転換を推進
新規事業開発と積極的なM&Aによる事業構造の転換を推進  学研ホールディングス
出所:学研ホールディングス講演資料

 

 

現在100社を超える事業会社の半分以上は、この期間にグループインした会社だが、背景にはM&A戦略のストーリーがある。

 

まずは当社が洞察する社会課題、顧客との対話を通じて捉えた市場ニーズを踏まえ、自ら事業開発を行う。一定の足場ができたら、企業規模や事業領域を拡大する打ち手として、M&Aによるグループインを進める。0から1を創り、1から10に、そしてグループインを重ねて10から100、1000へ大きく成長をさせるという戦略展開が、学研の企業DNAを生かした得意技となった。

 

創業者・古岡秀人が生み出した雑誌を種に、教育と医療福祉の領域へと枝葉を広げ、大樹となる。これが「学研ツリー」ともいうべき成長戦略のストーリーである。長期、中期戦略においてもこの成長の道筋を守り続けていくことを軸としている。

 

「学研ツリー」ともいうべき成長戦略のストーリー 学研ホールディングス
出所:学研ホールディングス講演資料

 

 

組織マネジメントの課題と中期経営計画のテーマ

 

当社のグループ企業数は今や100社を超える。教育系出版から始まった会社は、多様な事業分野を持つコングロマリット(複合企業)となった。一方で、急拡大によるひずみも生じ、組織経営においては以下の課題を抱えることとなった。

 

・コングロマリット化と重心の変化
・経営資源の分散、投資の小粒化
・社員数の拡大と多様化

 

また、外部環境においては以下の課題も顕著であった。

 

・コロナ禍による「新常態」への適応
・DXへの対応
・国内市場の成熟と事業の国内偏重

 

これらの課題に対するグループの指針が必要となり、中期経営計画として取り組むべき3つのテーマを定めた。

 

1.事業ポートフォリオの最適化
⇒事業の選択と集中、あるいは各社ではなく事業群としてその在り方を描く。

 

2.オープンイノベーション
⇒事業開発など早い段階から、これまで以上に多様な事業と協創を行う。

 

3.グローバル展開
⇒世界各地への市場参入を加速させ、新世界を開拓する。

 

 

「中期経営計画」は誰に向けたものか

 

「中期経営計画は必要か」という議論は話題になったが、「誰に」向けたものかという視点で整理すると、ステークホルダーとの約束事として必須のメッセージと言える。さらに、それを組織にまで浸透させることで、その運営を方向付けるガイドラインとして機能させることができる。そう考え、グループ各社の方針や従業員一人一人の判断、組織としての行動指針になる中期経営計画づくりを試みた。

 

まずは現在の制約事項にとらわれず、将来に向けた必須対応課題を考え、バックキャストとフォアキャストの双方の視点から、より確かな戦略を立てた。同時に、戦略的な目標値として売上高、グローバル事業やデジタル事業の売上比率などのストレッチゴールを設定。そのために必要な投資額と投資効率性を内部目標に掲げた。

 

次に、目標に向かって各事業会社がどういった方向に進むべきか、事業ポートフォリオとして筋道を示した。社会的価値の高い「学研らしい」事業がお客さまに受け入れられているかという「市場性」と、生産性高くお客さまに付加価値を出しているかという「収益性」の2軸で評価し、5年後のグループとしての事業構成の最適化を可視化した。

 

 

さまざまな知見が組織内で融合できる組織へ再編

 

前述の実行体制を整えるべく、組織構造にもメスを入れた。それまで数十の事業体を4つのセグメントで経営管理していたが、「教育分野」「医療福祉分野」の2つの事業分野で運営体制を再編成し、より広い視野を持って戦略策定することにした。

 

さらに、横軸には中長期で取り組む「デジタル・グローバル・幼児教育・認知症ケア(未病・予防)・エリア(地域戦略)」という5つのプロジェクトを定め、両方の事業分野を横断させる体制とした。

 

さまざまな知見が組織内で融合できる組織へ再編 学研ホールディングス
出所:学研ホールディングス講演資料

 

かなり成熟度が求められる経営スタイルだが、さまざまな知見が組織内で融合し、縦横の接点になるところであえてコンフリクト(意見の相違や対立)を発生させ、解消していく力を持つことで、組織として成長の垣根を乗り越えたい意図がある。

 

さらに、既存組織ではなし得ないチャレンジについて、グローバル領域に関してはグループインした国際開発のコンサル会社であるアイ・シー・ネットが推進。デジタル化推進に関しては、Ed-Tech事業を手掛けるGakken LEAPを新たに立ち上げた。

 

この組織構造をうまく回すため、意思決定のプロセスも見直した。各事業責任者に権限移譲を進めつつ、報告フォーマットの整備や、経営会議の運営効率化など、意思決定スピードを上げ、試行錯誤をこれまでより速く回すOODAループを導入している。

 

 

次なる挑戦へ。社会とビジネスの双方にインパクトを

 

2023年、グループ各社の経営層が中心となり、マテリアリティと社会的価値創造プロセスの見直しを行った。通常のプロセスでは、事業活動から経営資本の変化があり、それが社会的価値につながるという構図になるが、 学研の場合は、教育・福祉事業活動を通じて社会的価値をダイレクトに発揮し、社会課題を解決することで経営資本を増大させるプロセスが特長と言える。この価値創造の循環を増大すべく、どこに社会課題があるのかを常に問いかけながら事業を進めていく。

 

さらに、複雑化する社会課題の解決に向け、異能の集団からなる多様性を強みにしたいと考えている。

 

現在、グループ全体の従業員数は2万8000名、男女比率は35対65となっているが、多種多様な事業の視点を持ち、既定の組織や考えにとらわれず新規事業を起こす起業家や、アイ・シー・ネットやGakken LEAPのメンバーのように、社内では育ちにくい高度な専門家もいる。

 

性別・国籍・年齢など分かりやすい多様性だけではなく、その人材がどういった特性やキャリアを持ち、どういった方向で活躍するのかをうまく組み合わせながら、さまざまな考え方を持つ人材が融和することで強みを発揮できる組織を目指す。

 

また、CVCなどの活動を通じて、国内外のイノベーターと手を組み、よりスピーディーに、より大きな社会課題を解決していきたいと考えている。

 

人の可能性をどこまでも追求する会社を志し、「今日いくつ挑戦したか」を毎日自らに問いかけながら成長を続けていきたい。そういった思いを「学研グループの羅針盤」としてまとめ、社員だけではなく、社外の仲間たちと共有している。

 

学研グループの羅針盤
出所:学研ホールディングス講演資料

 

策定された中期経営計画が絶対的なものとならないよう、近未来への挑戦を示し、ストレッチ目標を掲げることで、組織として常に考え、活動の指針としていくことが大事だと考えている。

 

※コーポレートベンチャーキャピタルの略。事業会社が自己資金でファンドを組成し、未上場の新興企業(ベンチャー企業)に出資や支援を行う活動組織。