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コラム
イベント開催リポート
タナベコンサルティンググループ主催のウェビナーやフォーラムの開催リポートです。
コラム 2024.10.02

ものづくりの力で世界を幸せに~中小製造業を輝かせる事業承継 由紀ホールディングス/由紀精密

タナベコンサルティングは2024年7月26日、「第4回ホールディングスグループ経営フォーラム」を開催。真の中堅企業に進化するスケールアップ型ホールディングスを重点テーマに、ポートフォリオを常にアップデートし続け、遠心力を効かせることに成功した2社の取り組みと、タナベコンサルティングによる講演をリアルタイムで配信した。
※登壇者の所属・役職などは開催当時のものです。また、本記事の図表・写真の出所は、全て由紀ホールディングス講演資料です。

 

 

由紀ホールディングス株式会社/由紀精密株式会社
代表取締役
大坪 正人氏
東京大学大学院を修了後、ものづくりベンチャーを経て2006年祖父が創業した由紀精密に入社。研究開発型町工場として航空宇宙業界へ進出する。2017年、要素技術を持つ中小企業を支援する由紀ホールディングス株式会社を創業。長い年月で培った日本の尖った要素技術を先端産業へ生かす技術承継に取り組む。

 

 

生家は家族経営の小さなネジ工場

私は、祖父が創業した町工場・由紀精密(神奈川県茅ヶ崎市)の3代目として生まれ、幼い頃から自宅の隣の工場でネジ選別の手伝いをしながら幼少期を過ごした。

従業員20名ほどの家族経営で公衆電話に使われるネジや電気部品の細かいパーツなどを製造していたが、時代の流れもあり売上が減少。当時、3Dのものづくりを推進するコンサルティング会社に勤めていたが、経営が厳しくなった家業を手伝うため、2006年に由紀精密に入社した。自社部品が取引先から「高品質」と評価されていることを知り、品質勝負の航空宇宙業界にチャレンジしていくことを決意した。

 

航空宇宙業界への進出を実現

2008年に航空宇宙展に出展するなど意欲的に行動した結果、最終的に旅客機の部品製造を受注することに成功。最初は一部品からのスタートだったが、現在はさまざまな種類の旅客機部品を量産できるまでに成長した。

そこから宇宙事業にもチャレンジするべく展示会などに出展。小型衛星の開発・製造などを手掛けるアクセルスペース(東京都中央区)から、初めて衛星の部品加工と機械設計の依頼を受けた。宇宙関連部品の案件が成功したことでネットワークが広がり、さまざまな衛星の機構部品の依頼が増え、今では担当した10基以上の小型衛星が軌道上を飛んでいる。

多摩美術大学と東京大学が共同で取り組んでいる「ARTSAT:衛星芸術プロジェクト」という企画では、設計の段階から貢献し、2014年に「はやぶさ2」を搭載したH2Aロケットの打ち上げに成功。機械の設計から製造、検査、打ち上げまでの一連のプロセスに併走し、地球から数千万km離れたところまで飛ぶような衛星の製造にも携わる体験は、当社の大きな力となった。

 


「はやぶさ2」を搭載したH2Aロケットの打ち上げに成功
 

最近は、宇宙で使用するさまざまなコンポーネントを設計・製造する依頼が増えている。JAXA(宇宙航空研究開発機構)や東京薬科大学と連携して宇宙空間で生命を探す「たんぽぽ計画」に参加しており、宇宙のちりを集める装置を設計・製造して国際宇宙ステーションへ運んだ。

また、JAXAが小型回収カプセルを開発し、国際宇宙ステーションでの実験を経てそのカプセルを月に降ろすことに成功した。当社はその制御装置や分離機構の製造に携わり、チタンの3次元プリンター+切削加工で作ったノズルなどがカプセルに搭載されている。

 


JAXAが開発した小型回収カプセル。由紀精密が製造した部品(姿勢制御スラスタ)が使われている
 

当社について、イノベーションが得意なグループであると紹介いただいたが、こういったホールディングス内のコラボレーションだけではなく、由紀精密の時代から外部企業とコラボレーションをしながら多くの製品を製造してきた。

例えば、ベンチャー企業のアストロスケール(東京都墨田区)とは最初に資本業務提携し、「スペーススイーパーズ」というチームを組んで、宇宙ごみ(スペースデブリ)除去技術の開発を行っている。アストロスケールは、最終上場時には1000億円を超えるような時価総額になったことから、世の中からのデブリ除去の期待がうかがえる。

 

世界を視野に技術を注ぎ新たな製品を開発

当社は、自社製品のクオリティーを世界に示すことでマーケットを広げるべく、機構が複雑なことで知られる「Tourbillon(トゥールビヨン)」という機械式時計を造るプロジェクトをスタート。世界的に認められた独立時計師の浅岡肇氏、工具メーカーOSGとコラボレーションし、2014年に「Project Tourbillon」を披露した。パーツは全部で140点ほどあり、1cmにも満たない部品を0.2mmの工具で削り出している。

 


機械式時計「トゥールビヨン」の部品。マッチの先端よりもかなり小さい
 

ジャパン・メイド・トゥールビヨンとも言える「Project Tourbillon」は、スイスで開催された世界最大の時計・宝飾見本市「バーゼルワールド」に出展し、海外から多くの注目を浴びた。800万円で販売されたこの時計は、オークションでは3500万円ほどで落札された。自社のケイパビリティーをアピールできたことで、今では10社以上の時計メーカーに部品を供給している。

また、医療系商社からの受託依頼で、脊椎インプラントのシステムを5年かけて開発。得意とする精密機械加工を用いて、高品質で強度が高く、複雑でもコストがかかりすぎないよう設計した。

さらに、当社は精密機械加工、設計の技術を注いだ世界最高峰のアナログレコードプレーヤー「AP-01」を開発。オーディオ専門誌「Analog」主催の「アナロググランプリ2024」でゴールドアワードを受賞するなど、専門家から高い評価をいただいた。独・ミュンヘンで開催されている展示会にも出展し、現在は生産数の8割を輸出している。

 


アナログレコードプレーヤー「AP-01」
 

 

得意とする精密加工の技術とホールディングス化で技術を磨き展開する

2006年当時、1億円強だった由紀精密の売上高は、リーマン・ショックで少し落ち込んだものの、さまざまなコラボレーションで製品化や新規分野の開拓を行いながら、2018年には当時の5倍ほどに拡大した。2020年のコロナ禍で大きく落ち込みはしたが、2024年現在はピークに向けて回復している。

 

 


 

自社の強みを他分野に展開することに向けて必要なことの1つは、精密加工の技術を深く理解して先端産業に応用していくという本質的な部分。もう1つは、小さな会社では足りない機能を、ホールディングスで共有してプラットフォーム化すること。航空宇宙の分野に参画して、約10年をかけて転換できそうだった頃にコロナ禍に襲われ、航空部品の受注がゼロになった。並行していた宇宙分野ほかが好調なため、由紀精密は生き残れている。

由紀精密は精密加工を軸足に事業を広げ、さまざまなコラボレーションを通してマーケットをつくってきた。会社設立時から掲げている「ものづくりの力で世界を幸せに」という事業コンセプトは、「世の中を幸せにできるようなものをつくっていきたい」という思いと同時に、「お客さまに幸せになってもらいたい。従業員も幸せにしたい」ことを意味している。

 

由紀精密で実践してきた手法を持ってものづくり企業へと展開

2024年7月現在は、マシニングを中心とした精密切削加工の仙北谷、金型に使われる超硬合金という硬い材料を扱う国産合金など、約10社をホールディングス化している。1つひとつは小さな会社だが、人材採用や広報、システム、海外の営業戦略、技術開発にはスペシャリストを配置。その能力は1社だけでなく、グループ会社全体で戦略的に共有している。

ポイントとなるのはネットワークを外に作っていくこと。下図の右部分(ベタ色の部分)は由紀ホールディングスの100%持ち株会社で、左下のアストロスケール、アクセルスペースなどとは業務提携、アライアンスを組んでいる。グループ内外に広くネットワークを持ち、ものづくりのコラボレーション、イノベーションを起こしていく方針である。

 

 

 

 

イノベーションを起こすためのM&Aのポリシーとして、グループ化した企業のブランドは継続させる。中小企業は長年にわたって経営しており、ブランドが確立している。その社名やブランド名で知られているし、オーナーの自負がある。そこは守りながら、ホールディングスの力を使ってさらにイノベーションを起こしていく。

経営はやる気がある人には続投してもらい、場合により専門家としてホールディングスから経営者にも入ってもらう方針。グループインした会社は破壊して作り変えるのではなく、良いところを尊重し生かす必要がある。

マーケットを変えたり、イノベーションを起こして技術を向上させたりすることで、次の事業を展開する。単体では難しい積極的なイノベーションの投資をグループの力で行っていくことが重要である。例えば、年間売上高1億円の会社が単体で1億円の投資するのは無謀だが、グループ全体の売上高が100億円あれば、特定の会社の特定の技術にグループ全体として投資することができる。

 

2023年から2030年に行う3つの大きなチャレンジ

 

私は、2006年に由紀精密に常務取締役として就任後、2017年までの約10年間で売上高6億円の企業へ、また2017年に由紀ホールディングスを設立した後は事業承継のためのM&Aを行い、2018年にグループ化によって売上高50億円の企業になった。さらに、グループ化のシナジー、各社を伸ばす方針への転換や事業会社の業種分野の好調により、2022年に93億円まで売上高を拡大した。

 

 

 

 

成長曲線に乗った事業会社はさらなる設備や人への投資環境が必要と判断し、より規模の大きいグループへ譲渡した。それにより、現在は、宇宙、核融合、超電導技術などの研究開発を柱とした製造業にフォーカスしている。

チャレンジ1:日本で一番多くの小型衛星を作っている会社に
チャレンジ2:世界最細の超電導ワイヤーで世界のマーケットを狙う。
チャレンジ3:核融合への挑戦

 

 

ものづくりの力で世界を幸せに

2018年のグループ化からさまざまな開発をスタートして、その内容がメディアに取り上げられた。曲げることが難しく扱いづらい素材を細く伸ばすことに成功した超電導線は、世界で注目を浴びている。超電導線だけではなく、精密加工や素材の応用開発、設計技術にまで当社の強みが生かせると考えている。

健全なM&Aでの成長が大切だが、実際は資金面など大きな問題が多々ある。中小企業庁が中小企業のグループ化を支援する動きがあり、私は専門家ではないが、由紀ホールディングスの代表として経済産業省の施策委員会に参加、ヒアリングを受けるなどの協力をしている。このようなグループ化の手法の一つとして、先端的な事例を実行して成功したらまねてもらい、事例を生かしてより改良してもらう。その役割を進んで請け負いたいと考えている。

今後、日本は労働人口が減少してマーケットも縮小していく。それ自体は極めて残念なことだが、その状況下で日本の製造業として存在感を示し、利益を出す必要があり、そのためには中小製造業が各々の技術を磨き、力を合わせることが重要だ。