TCG REVIEW logo

100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【メソッド】

21世紀のラグジュアリー論 イノベーションの新しい地平

ミラノ在住のビジネスプランナー安西洋之氏による連載。テクノロジーだけではなく、歴史や文学、地理、哲学、倫理が主導する21世紀の「新しいラグジュアリー」について考察しています。
メソッド2019.10.31

Vol.1 ラグジュアリーを狙う意義

2025年の6つのトレンド予測

 ベイン・アンド・カンパニーが発表した2025年の市場予測に移ろう。先述した現状分析の延長にあるため、ポイントがダブるところもある。

1. 中国人のシェアが45%

中国人の購買比率が45%に達すると予想されている。半分は中国内で、残り半分は海外での購買である。中国経済が鈍化している中、この数字の確度は問われるものの、いずれにせよラグジュアリーの命運が中国人の手に握られていることは否定しようがない。

2.オンラインショッピングの浸透

2025年には市場売り上げの25%がオンラインになると予想されている。実店舗との配分はより大きなテーマになる。

3. 実店舗のタッチポイント化

実店舗の機能の変化と消費者行動の統合的フォローが問題になる。実店舗がタッチポイント化するのは避けられず、この変化した消費者行動を、データとしてどれだけフォローできるかが問われる。他社との提携という視点も必要だろう。

4. 顧客の若年化

2025年にはZ世代とY世代(ミレニアム世代)が市場の55%を占めるようになるとみられる。若年層の増加は市場に活気を呼ぶが、ラグジュアリーの持つ意味(例えば、大人の成熟した文化)にどのような影響を与えるかはまだ分からない。

5. 宗教や文化がトレンドを左右

宗教や民族の文化、未成年者のサブカルチャーが消費トレンドを左右するようになる。欧州の一部の国の若年層にあって、イスラム教徒の人口がキリスト教徒のそれに迫る勢いであることや、アジア市場の文化特徴などが、これまでにラグジュアリーをラグジュアリーたらしめていた要素へ変化をもたらすことは確実になりつつある。

6. 二つの成長モデル

ビジネス領域の線引きと融合のため、例えば、あるカテゴリーの専門家としてビジネスを育てるか、ライフスタイルを扱うとして商品カテゴリーを跨ぐかなど、選択が迫られるだろう。中堅・中小企業は前者を選ぶべきかどうか、一律には言い難いかもしれない。

 

マスマーケティングを「逆張り」することの有効性

迅速に動くのがトレンドである。そのトレンドに対応することで利益の源泉をつくる。しかし、ラグジュアリーはもともと長期的に通用する定番としてビジネスをするのが特色だ。トレンドへの対応が「規模が大きくなり過ぎた」ラグジュアリーを維持するためのものであるとするならば、本連載でラグジュアリーを再定義する際に検討する項目として挙げるべきかもしれない。 

今回紹介したトレンドを読めば気が付くが、どれもどこの業界であれ直面している課題である。ここから言えるのは、このトレンドに乗らないのがラグジュアリーの道であるとも指摘できる。というのも、ラグジュアリーには「マスマーケティングの逆張りで生きる」というもう一つの指針があるからだ。

大勢の人に売らないことが大切であるから、フェラーリもロールスロイスも年間生産台数を絞り、顧客を納車まで長い期間待たせる方針をとる。特別な感覚を抱かせることが鍵となるので、価格は原価計算だけの上には成り立たせず、普通の人が驚くような値段を付け、それも定期的に上昇させていく。ラグジュアリーの広報戦略は、売れるためでなく、ある程度の人たちに知ってもらうためである。ある程度の人が知らないと、ラグジュアリー商品を持つ人のプライドをくすぐれない。

従って、もう一度、小規模な家族経営のラグジュアリーが当初持っていた基本路線の有効度を、本連載では検討していきたい。もちろん、そうした家族経営の企業が、フランスの大手コングロマリットによる買収で傘下に入っているケースも多い。LVMH(エルヴェエムアッシュ モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)は、そのトップにいる企業グループだ。よって、ラグジュアリーがテーマになったとき、どうしても特定の企業グループの活動だけが大きく取り上げられやすい。だからこそ、本連載では、「それ以外」にも多くの力を注ぎたい。

また米国企業がとるプレミアム戦略が、ラグジュアリー戦略と混同されることも多い。しかし、プレミアム戦略は量を狙うため、量を絞るラグジュアリーとは違う。だが、そうした混同の事例も無視するのではなく、「なぜ混同されやすいことをするのか」、あるいは「意図的に混同されることを狙っているのか」との観点から検討すべきことは多い。

いずれにせよ、あるデータによれば、世界のラグジュアリー商品の売り上げの55%は、フランスとイタリアの企業から生まれているという。それらは主に機能製品ではなく、技術が優先されないライフスタイル製品である。ドイツの高級車は、この範疇に入ってこない。そして、この二つの国には、コルベール委員会(仏)とアルタガンマ財団(伊)という組織がそれぞれある。高級ブランド企業の集まりである。

とするならば、これらの組織の活動やそれぞれの共通点や異なる点を探っていけば、生身のラグジュアリーが見えてくるかもしれない。そうして、日本企業が入るべき入り口が視界に入ってくるはずだ。中堅・中小企業が狙うに値する面白い領域であると私は踏んでいる。

※ ベイン・アンド・カンパニーのプレスリリース
https://www.bain.com/about/mediacenter/press-releases/2018/fall-luxurygoods-market-study/

 

 

1 2
Profile
安西 洋之Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。
21世紀のラグジュアリー論 イノベーションの新しい地平一覧へメソッド一覧へ

関連記事Related article

TCG REVIEW logo