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FCC FORUMリポート
タナベコンサルティングが年に1度開催する「FCC FORUM(ファーストコールカンパニーフォーラム)」のポイントをレポート。
コラム 2024.10.01

技術で世界を切り拓くグローバルニッチナンバーワン戦略 伊達 清一郎:朝日インテックの戦略解説

朝日インテック

世界中の名医が期待と信頼を寄せる技術力

 

愛知県瀬戸市に本社を置く朝日インテック株式会社は、極細ステンレスワイヤーロープなどの開発・製造を行う医療機器メーカーだ。1976年の設立当初は産業機器用ステンレスロープを手掛けていたが、1991年にその技術を応用して医療機器の研究開発を開始。1994年に市場へ参入した。

 

最大の強みは、ずば抜けた技術開発力である。産業機器分野で培った4つのコアテクノロジー「伸線技術※1」「ワイヤーフォーミング技術」「トルク技術※2」「樹脂コーティング技術」を主軸に、技術的イノベーションを起こして継続的に新規事業を創出。素材から製品までグローバルでの一貫生産体制を確立している。

 

同社の転機は1995年。世界で初めて「CTO治療用のガイドワイヤー」の開発に成功し、その名を世界に知らしめた。CTOとは、血管内が閉塞へいそくしたまま放置され、硬くなった病変部のことである。当時は外科手術による治療が主流だったが、患者の身体的負担が圧倒的に少ないカテーテル治療を実現したいと、柔らかくて細長いカテーテルを思い通りに操作できるガイドワイヤーを開発。この成果が認められ、世界中の名医から期待と信頼が寄せられるグローバルニッチトップ企業となった。

 

以来30年間、新技術で事業領域を拡大し続け、2023年6月期の連結売上高は901億円、従業員数1万187名の東証プライム上場企業へと成長を遂げた。2013年6月期からの10年間、営業利益率が20%前後、CAGR(年平均成長率)は13.8%と目覚ましい業績を上げている。

 

 

他社が手を出さない無理難題に挑戦し続ける

 

フォーカスしたいポイントは、①技術開発への投資、②グローバルニッチ、③自社一貫生産である。同社の企業理念の筆頭には、「『技術の開発』はわが社の生命いのちであり新しい技術、商品の開発に挑戦する」とある。「顧客第一」でも「業績の追求」でもなく、「技術の開発」が上位に掲げられている。この順序に創業者の強い意志を感じる。同社の歩みを振り返ると、首尾一貫してこの順序に則った意思決定を行っているからである。

 

まず、M&Aの目的は全て「技術力の強化」の1点に集約される。2018年の中期経営計画で示された「Only One技術で強固なグローバルニッチNo. 1を目指す」というコンセプトとも矛盾せず、必然性がある。

 

次に、「他社が手を出さないこと」に挑戦してきた点を強調したい。日本の医療費の増大は、国の財政を根底から揺るがす深刻な課題である。中でも外科手術は患者と病院の双方に負担が大きく、医療費を圧迫する。

 

同社は、ここに「伸びる市場」を見いだし、カテーテルや内視鏡を用いた、体への負担を最小限に抑える「低侵襲治療」に役立つ製品を開発してビジネスチャンスを拡大してきた。「こういう医療機器がほしい」「こんな機能もあると助かる」という顧客(医師)の細かい要求に寄り添う姿勢は、グローバル、とりわけ米国の医療業界に一石を投じた。利益の多寡にかかわらず、開発投資を継続し、粘り強く事業に取り組んできたのである。

 

続いて、技術開発を縁の下で支えるコーポレート戦略についても言及したい。同社は、「技術の開発」「顧客第一」「業績の追求」が互いに相反せず、絶妙なバランスを保って調和している。それは、上場プロセスを通じて、グローバル展開に対応するシステムや人事制度、BCP(事業継続計画)などをしっかりと見直し、コーポレートの基盤を固めてきたからである。

 

また、2005年の東証2部上場後は、腰を据えて技術力の育成に専念。投資家から業績の向上に過度な期待をかけられることのないよう、13年後の2018年に東証1部へ上場している。このように、同社はコーポレート戦略と成長戦略を一体的に推進している。

 

最後に、同社の転機となった重要な意思決定の背景を考察してみよう。

 

まず、「海外生産」に踏み切ったきっかけは、1985年の「プラザ合意」による急激な円高だった。産業機器分野の主力製品は輸出の割合が高かったこと、取引先が欧州での調達を義務付けられ、このままだと取引を継続できなくなる状況を踏まえ、海外生産拠点としてタイ工場の新設を決めた。

 

1994年、PCI(経皮冠動脈形成術)ガイドワイヤーの開発に成功したのは、競合他社に特許を取得されたため、コアテクノロジーを駆使して別の技術を生み出した結果である。

 

2011年のグローバル生産体制の強化は、タイ工場を襲った大洪水や東日本大震災を通し、大規模災害というリスクへの意識が高まったことから実行した。そして2024年、同社が道を切り拓こうとしている「次世代スマート治療」は、コロナ禍で急速に進化したAI・IoTに支えられている。

 

こうして見ると、同社は逆境の時にこそ、あえて事業を拡大し、新しい技術を開発してきたことが分かる。以上より、朝日インテックから学ぶべきポイントを次の3点にまとめる。

 

❶ 経営理念から一貫した戦略展開と意思決定を行うこと
技術なき製品やサービスはいずれ淘汰とうたされる。戦略、ビジネスモデル、コーポレートモデル、それらは全て「技術の開発」のためにある。

 

❷ ホワイトスペースでの事業を粘り強く続けること
ホワイトスペースを見つけることは容易だが、ホワイトスペースで実際に事業を展開するのは最も難しく、他社が手を出さないことに粘り強く挑戦し続ける企業のみである。

 

❸ 強みを磨くために、守りの面も整備すること
技術を究めるにはコーポレートの強化が重要である。守りを固めれば、攻めにも一層注力できる。

 

※1 金属線を引き伸ばして細くする加工技術。高精度な線径と強度を実現し、医療用ガイドワイヤーやカテーテルの製造に不可欠
※2 カテーテルやガイドワイヤーに適切な回転力を与え、正確な操作を可能にする技術。複雑な血管内治療において重要な役割を果たす

 

PROFILE
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伊達 清一郎
Seiichirou Date
タナベコンサルティング ストラテジー&ドメイン ゼネラルパートナー
産業機械を扱う専門商社でフィールド営業や、ウェブマーケティングを活用した新規顧客開拓などを経験し、タナベコンサルティングに入社。「経営の現場で起きている事実を深掘りする」をモットーに、クライアントの課題を徹底的に考え抜くことをコンサルティングポリシーとしている。幅広い業種をクライアントに持ち、ビジネスモデルの視点から事業戦略を再構築することを得意とする。