単一的ウェルビーイングから集合的ウェルビーイングへ
ウェルビーイングとは、身体的・精神的・社会的に良好で、仕事もプライベートも満たされている状態を指す。これらが満たされるよう企業として環境を整えていく手法をコーポレートウェルビーイングと言う。
ここ数年、人的資本経営やDEIB(ダイバーシティー・エクイティー・インクルージョン・ビロンギング)やエンゲージメント、健康経営に注目が集まる中、全ての施策の共通目標である「幸せ」の実現に焦点を当てたウェルビーイング経営を経営戦略として取り入れる企業が増加傾向にあることを実感している。
従来は、社員一人一人が身体的・精神的・社会的に満たされるよう向き合う概念として、「単一的ウェルビーイング」を中心に考える企業が大半であった。単一的ウェルビーイングへのアプローチはどこまでいっても働く社員一個人が身体的・精神的・社会的に満たされているかどうかの追求に終始するため、組織全体(集合体)で掘り下げていく視点は弱いとされてきた。
近年では、単一的ウェルビーイングの発展形として、ある目的に対して集合したチームが互いに配慮・尊敬し合いながら、「組織としての幸せ」と向き合う概念である「集合的ウェルビーイング」への関心に、各社がシフトしていると言える。
集合的ウェルビーイングと向き合う第一ボタン(切り口)として、一例ではあるものの、次のような観点をぜひ押さえていただきたい。
❶ この組織で育みたいチーム(集合体)としての「幸せ」は明確か。
❷ この組織で「幸せ」を追求していくための価値観(基準)を共有できているか。
❸ 互いの「幸せ」に対して、敬意や配慮を持って相互貢献(相互関与)できているか。
❹ 互いの「幸せ」から気づき(教訓)を得ることはできているか。
❺ 継続的・連続的に組織単位で「幸せ」について対話を重ねるための機会はあるか。
キーワードは「つながり」であり、何かの縁で共に働く仲間と、共に時間を過ごすことで育まれる「幸せ」をどう実感できるかがポイントとなる。
我々はコロナ前まで、ほぼ無自覚に得られていた「人とのつながり」や人とのつながりを通した「安心感・充実感」といったポジティブな感覚に対して、コロナを皮切りに、「接触の選別」と否応なく向き合わされることになった。
考える隙を与えられないままに、失ってしまった「集合体の魅力」を取り戻す、あるいは「集合体の魅力」を強化していくフェーズに来ていると考えている。これらが「集合的ウェルビーイング」と向き合う本質的な意味合いであると筆者は捉えている。
また、集合的ウェルビーイングを育むためには、次のような観点と向き合うことが必要不可欠である。
❶ 心理的安全性の確保
不安やおびえなく自由闊達に発言し合える関係性・職場環境づくり
❷ 共通の価値観醸成
PMVV(パーパス・ミッション・ビジョン・バリュー)を共通言語とした価値判断基準の明文化と醸成
❸ 健全な多様性容認
互いの個性(持ち味・欠点)を尊重し合う関係づくり
❹ 感謝と称賛
是正(改善)と強化(感謝・称賛)のフィードバック
❺ つながりの醸成
所属部門・チーム特有の体験を通した共同体感覚の醸成
ウェルビーイングを育む組織機能と組織カルチャー
一般的に企業は、人事部や総務部の管掌範囲として「ウェルビーイング」を取り扱うケースが多い。専門性の観点から言えば当然である。
だが、コーポレートウェルビーイングは人的資本経営やエンゲージメントと同様に、1部門の機能にとどまる概念ではなく、経営にとっての最重要テーマと捉えるべきである。トップマネジメントレイヤーにて継続的に取り扱い、議論を重ね、向き合うべき経営テーマに昇華することが大切だ。
これを前提に、ウェルビーイングを育む組織機能として推奨したいのが、マトリクス組織の最大活用である。
従来の解釈通り、マトリクス組織の縦軸を機能や事業統制の観点で定義し、横軸は経営として向き合うべき最重要テーマ(DX、生成AI、DE&I、ウェルビーイングなど)と定義する。この際、単に部門横断の観点ではなく、部門(職種)も階層も年齢も、縦横無尽に組織を組成することがポイントとなる。
組織カルチャー(文化)とは「意識的・継続的に育む」ものであり、無自覚に浸透している空気感(風土)とはやや異なる点を押さえていただきたい。(【図表】)
【図表】組織カルチャー(文化)と風土の違い

出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
タナベコンサルティンググループは、カルチャーを「自社の存在価値や経営理解をもとに全社員で育む価値観や文化」と定義している。構成要素としては、①PMVVへの理解、②顧客に対する貢献意欲、③自社サービス・事業への信頼などが挙げられる。いずれも組織としての価値判断基準につながる本質的な要素であり、これらは「1日にして成らず」であるため、時間をかけて育む必要がある。
EXMマネジメントを通したウェルビーイング強化
EXMとはEmployee Experience Management(社員体験価値マネジメント)の略であり、入社前・在籍中・退職後に社員が「体験できる価値の総和」を総合的にマネジメントする考え方を指す。次に、入社前・在籍中・退職後それぞれの時間軸よりキーワードを示す。
❶ 入社前:採用マインドセット
専門的経験・社会価値発揮・エンゲージメント実感の観点から、いかにして「自社らしさ」を入社前の段階から体験してもらえるか。
❷ 在籍中:システム&カルチャー
自社のPMVVや人的資本戦略を踏まえた仕組み・制度の導入と、意識的・継続的に育むカルチャー(組織文化)をどう体験してもらえるか。
❸ 退職後:アルムナイ
「中途退職者=裏切り者」ではなく、自社と縁のある貴重な人材と捉え、退職後に会社・組織とのつながりをどう維持していくか。
筆者は、本当に魅力がある会社というのは「退職した人が戻りたくなる会社」であると考えている。EXMや、EXMの中でもアルムナイ(退職者の出戻り)を積極的に取り入れている企業ほど、結果的に組織としてのウェルビーイング(=組織としての幸せ)が自然と高まり、おのずと育まれていることを、日々のコンサルティング現場より実感している。
 
                      HR エグゼクティブパートナー
「誰もが幸せに働ける会社を生涯かけて追求する」をポリシーに、組織・人事に関するプロフェッショナルとして多くのコンサルティングを展開。特に、経営者へのコーチングが高い評価を得ている。クライアントのステージに合わせた人事制度設計および組織開発を通して、エンゲージメント向上と売上倍増へと導いた経験を多く持つ。
 
				 
					 
					