TOKYO PRO Market上場でブランド価値向上を加速
特定投資家だけが参加できるプロ向け市場の特徴と、上場に向けたステップを解説する。
形式基準がなく、柔軟なガバナンス設計が特徴
TOKYO PRO Market(以降、TPM)とは、東京証券取引所(以降、東証)が運営する株式市場の一つである。その大きな特徴は、“プロ向け市場”であることだ。東証が運営するプライム市場、スタンダード市場、グロース市場のような一般市場は、個人・法人を問わずに誰もが投資家として参加し、株式の買い付けができる。
一方、TPMにおいて買い付けが可能なのは、一定の基準を満たした特定投資家(金融機関などの適格機関投資家や国、日本銀行)などのプロ投資家に限定される。上場基準も一般市場とは大きく異なり、TPMへの上場には株主数・流通株式数・利益額などの形式基準は設けられていない。
さらに、上場申請から承認までの期間、上場前の監査期間も短縮。内部統制報告書や四半期開示(決算短信)も任意という柔軟な設計だ。(【図表1】)
【図表1】TOKYO PRO Marketの特徴
出所 : 日本取引所グループ「概要 (TOKYO PRO Market)」よりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
このような特徴を持ったTPMは、上場基準を満たすための準備期間と経費、さらに上場維持のための内部統制監査などにかかる継続的な労務・コスト負担を大幅に軽減されるため、他市場に比べ上場しやすいと言える。
そのため、TPM上場企業数は増加を続け、日本取引所グループの公表データによるとTPMへの上場会社数は139社を数える(2025年4月30日時点)。
TPM上場のための5つの要件
TPMは、一般市場とは異なり、形式基準(数値基準)はなく、J-Adviser制度を導入している。J-Adviserが調査・確認する上場適格性要件は、「市場の評価を害さない」「公正かつ忠実な事業」「コーポレート・ガバナンス体制および内部管理体制の整備」「企業内容、リスク情報などの適切な開示」「反社会的勢力の排除」の5つである。
❶ 市場の評価を害さない
申請会社には、東証の市場評価を害さず、東証にふさわしい会社であることが求められる。J-Adviserによって「法律体系・会計体系・税制などを理解しているか」「予算統制(年次/半期/月次など)が整備されているか」「上場予定日から12カ月間の運転資金が十分であるか」が調査・確認される。
❷ 公正かつ忠実な事業
申請会社が、事業を公正かつ忠実に遂行していることが要件となる。J-Adviserは「関連当事者取引や経営者が主体的に関与する取引の状況を把握し、けん制する仕組みを有しているか」「代表取締役社長および役員の資質面に問題がないか」を調査・確認する。
❸ コーポレート・ガバナンス体制および内部管理体制の整備
申請会社のコーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制が、企業の規模や成熟度などに応じて整備されており、適切に機能していることが要件となる。
J-Adviserにより「社内規程が整備され、適切に運用されているか」「事業運営および内部管理に必要な人員が確保されているか」「法令順守のための社内体制が整備され、適切に運用されているか」が調査・確認される。
❹ 企業内容、リスク情報などの適切な開示
申請会社が、企業内容やリスク情報などの開示を適切に行い、この特例に基づく開示義務を履行できる体制を整備していることが要件になる。J-Adviserにより「上場後の開示体制が整備され、開示規則・開示義務に対して十分な理解があるか」「内部者取引および情報伝達・取引推奨行為防止のための体制が整備されているか」の調査・確認が実施される。
❺ 反社会的勢力の排除
反社会的勢力との関係を有しないこと、その他公益または投資者保護の観点から東証が必要と認める事項が要件となる。
J-Adviserによって「反社会的勢力との関係を有していないか」「反社会的勢力排除のための社内体制が整備されているか」「設立以降からの株主の異動状況を把握しているか」の調査・確認が行われる。
TOKYO PRO Market上場で成長加速
TPMへの上場手続きは【図表2】の流れで実施される。
【図表2】TPM上場への流れと期間
出所 : 東京証券取引所「2024上場ガイドブック(TOKYO PRO Market編)」よりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
❶J-Adviser契約の締結
申請会社はJ-Adviserの中から1社を選定し、J-Adviser契約を締結する。上場実現に向けた重要なパートナーなので、本音で話し合えるような信頼できるJ-Adviserの選定が必要である。
J-Adviserは申請会社の基礎情報の確認や経営者へのヒアリングを通して、業績やビジネスモデル、組織体制やコンプライアンス状況、反社会的勢力との関係などを詳細にチェック。それを基に上場に向けた課題やプロセス、スケジュールなどを記載した実施計画書を提示し、J-Adviser契約を締結する。
❷ 上場準備
実施計画書に基づいて、申請会社は内部管理体制、ガバナンス・コンプライアンス体制、予算・業績管理体制、決算開示体制といった上場会社に必要とされる体制の整備と運用に取り組む。
また、監査法人による監査を受ける。上場申請には最低1年間の監査が必要になるので、早めに監査法人を選択して契約を締結すべきである。
上場直前期の決算が確定したタイミングでJ-Adviserが上場の準備状況を確認。上場までに解決すべき課題とスケジュールを共有する重点審査討論会を行う。
❸ 上場審査
上場準備プロセスで申請会社の構築した各種体制が実際に機能していること(上場適格性)をJ-Adviserが確認する。上場企業として公表する決算短信・発行者情報も作成する。
TPMでは自社株の取り扱いを流動性プロバイダー(証券会社)に委託するため、申告会社は流動性プロバイダーを1社以上選定する。正式な契約の締結は上場意向表明後に行う。
上場審査の結果に基づいて担当のJ-QS(J-Adviser業務に関する十分な経験と高い知見を有すると東証が認定した資格保有者)が、上場適格性と、上場意向表明のタイミングに関する最終協議(上場適格性検討会)を行う。
❹ 上場申請
J-Adviserが東証へ「上場意向表明書」を提出。それを基に東証は担当J-QSとの面談を複数回行い、上場審査が適切に実施されたことを確認する。担当J-QS面談完了後、東証へ「有価証券新規上場申請書」を提出。受理されたタイミングで上場予定が公になる。上場申請から原則10営業日後に東証が上場を承認。ファイナンスを実施しない場合も、株式等振替制度への対応等から、対外公表から上場まで1カ月程度を要する。上場日には東証において上場セレモニーが行われ、上場承認通知書や記念品が授与される。
J-Adviserは上場の重要なパートナー
TPMの上場企業にはJ-Adviser契約の維持が求められ、担当のJ-Adviserから指導・助言を受けながら上場会社としての義務を適切に果たさねばならない。J-Adviserは上場後も上場適格性が維持されているかを継続的にモニタリングする。
上場を維持するポイントになるのは「決算短信」「発行者情報/特定証券情報」「主要株主の異動、代表者の交代」「増資、設備投資」「業績予想の修正」を適時適切に開示することである。決算短信や発行者情報などは半期単位で行うが、一般市場を見据えて4半期単位で開示することも可能だ。開示された情報は「TDnet(適時開示情報伝達システム)」と呼ばれる国内の金融商品取引所などが共同利用する記録・配信システムを通じて多数の報道機関に伝達される。
TPM上場を目指す企業の最も重要なパートナーになるのが、J-Adviserである。東証は、企業に対する経営指導の経験が豊富で株式上場に関する深い知見を有する“上場のプロフェッショナル”と認めた企業に対してJ-Adviserの資格を付与し、上場申請会社の審査・モニタリングを委託。
J-Adviserは必要に応じて弁護士や会計士などの外部専門家との協力体制を構築し、申請会社の上場適格性の調査・確認を実施するとともに、上場申請から上場に至る一連の事務手続きをサポートしていく役割を担う。(【図表3】)
【図表3】J-Adviser制度
出所 : 東京証券取引所「2024上場ガイドブック(TOKYO PRO Market編)」より
タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
企業は、上場後も資金調達や企業のIR活動をサポートしてもらうことになるため、信頼できるJ-Adviserの選定が必要だ。タナベコンサルティンググループは2025年5月J-Adviser、そしてFukuoka PRO Market(福岡証券取引所)への上場を支援するF-Adviser認証を取得している。
TPMに上場すると、一般市場と同様に「東証上場企業」というブランド力を獲得でき、「信用力・知名度」や「組織力」、「従業員の士気」は飛躍的に向上する。また、上場の形式基準がないので、業績の落ち込みや株式市況の悪化などによって上場が延期されることはない。
さらに、流通株式数の基準もないので、保有株式を手放すことなく従来のオーナーシップを維持したままでの上場も可能である。上場前の監査期間が1年なので、上場コストが軽減できるメリットも大きい。
一方、デメリットとして挙げられるのは、株式の流動性が低いことである。TPMではプロ投資家しか株式の買い付けができないので、一般市場に比べると買い手が少なく活発な株式取引は期待できず、流動性は低くなってしまう。
これらのメリットとデメリットを考察すると、TPMへの上場に向いているのは「企業ブランドの信用力・知名度を上げて金融機関や自治体との付き合いを深めたり、優秀な人材の採用につなげたりしたい」「企業の成長を加速させ、グロース市場やスタンダード市場など一般市場の上場基準を満たした後に市場変更したい」と考える企業である。
スピーディーかつ低コストで上場可能なTPMは、スタートアップや中小企業が中堅企業へと成長を加速させるための絶好のエントリーマーケットである。自社のブランド価値向上を見据えた上での選択しとしてぜひ検討いただきたい。