【第4回の趣旨】
今期の食品価値創造研究会では、「食品業界の『E・A・T』を極め、新たな顧客価値を創造する」をテーマに、従来の常識・手法・商習慣に捉われることなく、食の“E・A・T”視点で先進企業から学びを得ることにより、食品業界の新しい時流をつかみ、新たな顧客価値を創造することを目指している。
第4回のテーマは「時代に合わせて変える”機能”と”幅” 流行に合わせて何をどれだけ変化させるのか?」である。古都奈良に古くから根差す企業は、不易の付加価値を持ちながら、流行に合わせて、企業として存続するためにも変化をしている。しかし、企業によってその変化の機能(内容・方向性)と変化の幅(度合い)は異なる。それぞれの企業がどのような考えでどのような変化をしてきたかを学ぶ。
開催日時:2025年8月21日(奈良開催)
はじめに
1869年(明治2年)創業の「株式会社森奈良漬店」は、奈良漬け一筋で150年以上の歴史を誇る老舗企業である。奈良公園の東大寺境内に店舗を構え、観光客からも高い支持を得ている。初代から受け継がれる製法は、塩と酒粕のみを使用し、甘味料や添加物を一切加えないという徹底したこだわりがある。
現在、5代目を務める森麻理子社長は、「日本の食を支えてきた発酵の知恵を紐解き続ける」をコンセプトに、奈良漬けの新たな可能性を模索している。伝統的な製法を守りながらも、現代の食文化に合わせたレシピ提案や企業とのタイアップ、さらには海外市場への挑戦など、幅広い活動を展開している。
今回の講義では、奈良漬けの基本から製造工程、そしてブランディング戦略に至るまで、森社長の深い知見と情熱を伺うことができた。
なす、きゅうり、すいか、すもも、しょうが、ひょうたん、隼人瓜
セロリ、金時にんじん、大根など多くの種類がある奈良漬け
奈良漬けの魅力と時間が育む味わい
奈良漬けは、野菜を塩漬けにした後、何度も酒粕を漬け替えながら熟成させる、日本の伝統的な発酵食品である。その歴史は奈良時代にまで遡り、長い年月をかけて受け継がれてきた。森奈良漬店では、国内産の野菜・果実・塩・酒粕のみを使用し、甘味料や添加物を一切加えないクラシックな製法を採用している。素材ごとに漬ける時間や酒粕の配分を調整し、野菜の持つ味を最大限に引き出すのが特徴である。
森奈良漬店の奈良漬け製造は、大きく2つの工程に分かれる。
1.酒粕づくり
奈良漬けに適した酒粕を作るため、白い酒粕を熟成させ「土用粕」を練り上げる。全国各地の銘柄の酒粕をブレンドする独自の工程が特徴。
2.野菜の漬け込み
野菜を塩漬け後、段階的に酒粕を付け替えながら1~2年かけて熟成。冷蔵・冷凍を使わず自然の力で旨味を凝縮させる伝統製法が、森奈良漬店の味の秘訣である。
製造の様子
ブランディング戦略と持続可能な新規商品開発
森奈良漬店は、初代から受け継ぐ「声なくして人を呼ぶ」という哲学を大切にしている。この哲学は、過度な広告や宣伝に頼るのではなく、奈良漬けの味そのもので勝負し、来店されたお客様一人一人の声を大切にすることで、お客様に喜んでいただくことを目指す、というブランディングの視点から生まれたものである。
この哲学は現在も受け継がれており、森奈良漬店は高い品質を追求した奈良漬けをDtoCモデルで直接お客様に届けることにこだわりを持ち、自社ECサイトを活用した販売戦略も行っている。2020年のコロナ禍では奈良公園の観光客激減などにより、大きな影響を受けることになったが、同時期から運用を開始した自社ECサイトが経営を支える柱となった。
また、「古き良き」をそのまま残すのではなく、独自の切り口で、ニュースタイルの食文化を醸すべく、新しい商品開発にも注力している。その一環として、形が不揃いな素材を活用し、少しずつさまざまな素材を組み合わせるフレキシブル対応を実現した「奈良漬PARIPORI」など、持続可能な商品開発にも取り組んでいる。
東大寺境内にある店舗
世界と次世代に向けた森奈良漬店の挑戦
森奈良漬店では奈良漬けを世界へ発信する取り組みも実施している。「SAKE PICKLES」として世界に発信し、2022年にはパリの展示会で「クラフトサケ」とのペアリングを提案。「OMOTENASHI Selection」アワードの受賞も果たした。これらの取り組みにより、奈良漬けの新たな価値が創造されつつある。その一例として、ヨーロッパでは奈良漬けをクラッシュして大豆アレルギー対応のドレッシングとして活用するなど、日本の発酵文化を広げる動きが着実に進んでいる。
森奈良漬店の取り組みは、単なる商品開発にとどまらない。奈良漬けという伝統食品の背景や物語を大切にしながら、現代の食文化やグローバル市場に適応する新たな価値を創造している。日本の発酵文化を次世代に継承し、さらに世界へと広げる森奈良漬店の挑戦は、これからも続いていく。伝統と革新が交差する「食品」の世界には、まだまだ多くの発見が待っている。
OMOTENASHI Selectionを受賞した森奈良漬店の商品
