タナベコンサルティングの観光・地域活性化収益モデル研究会は、個(企業)から地域(地域活性化)へ展開し、収益モデルを創造することをメインテーマに設定。「持続可能な社会」と「自社の持続的な成長」を両立するために必要なことを先進事例から学んでいる。
第5回には、地域一体となってビジネスモデルを構築し、成長を続けているゲスト企業2社を招き、顧客体験価値を最大化する手法や、ブランディングの確立についての取り組みなどをご講演いただいた。
2024年10月25日(和歌山開催)
はじめに
和歌山県田辺市にある熊野本宮大社は、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の中心であり、全国に4700社以上ある熊野神社の総本宮である。熊野は川や滝、森林など豊かな自然に囲まれ、古くから神々が宿る聖地として崇められてきた。「巡礼」を起源とした日本の観光の起源とも言われている。
その豊かな自然と歴史的な背景から、熊野三山と熊野古道は2004年にユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録された。
熊野本宮大社の社殿
世界遺産をつなぐ「2つの道の巡礼者」
世界遺産は2024年8月現在、1223件登録されている。その中で巡礼路が世界遺産として認定されているのは、スペイン・ガリシア州にある「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」と「紀伊山地の霊場と参詣道」のみであり、両者は姉妹道提携を結んでいる。
この2カ所の巡礼を達成すると、「二つの道の巡礼者」として、本宮大社で太鼓の儀式やピンバッジなどの特典が用意されている。達成条件は、サンティアゴの巡礼路100km以上、熊野古道7~70kmを徒歩で巡礼することだ。
2015年に始まった「二つの道の巡礼者」は、現在約8000人が達成しており、近年ではヨーロッパだけでなくアジア圏からも多くの観光客が参加している。国境や宗教の壁を越えて世界遺産が提携することにより、双方の観光客誘致に成功しているのである。
「何もしない」ことも体験
熊野古道の巡礼では、さまざまな体験をすることができる。その1つに、杉の間伐材を利用した「森のベッド」がある。森のベッドに寝そべって自然の空気を感じながら、何も考えず、木々の間から空を見上げるのである。熊野は自然崇拝を起源とし、「よみがえりの地」としても親しまれており、森のベッドに寝そべることで、体と心を安らげて「よみがえり」に近い体験ができるという。
また、熊野古道沿いには「子安地蔵」「腰痛地蔵」「歯痛地蔵」などの地蔵がたたずんでいる。民間医療のない時代、人々はこれらの地蔵にお参りして祈願した歴史がある。各所にスタンプラリーを設け、楽しみながら巡礼するスタイルは、特に外国人観光客に人気がある。
体験を創出するために何かを用意するのではなく、既にあるものを魅力的に発信することで、観光客に楽しんでもらえる仕掛けとなっている。
熊野古道の人気コース「発心門王子~熊野本宮大社」にある「道休禅門地蔵」
地域で守る世界遺産
熊野古道には多くの巡礼者が訪れるため、地域・企業・行政が一体となって保全活動を行っている。参詣道の維持・修復活動をボランティアとして行う「道普請ウォーク」は、専門家の指導の下、参加者が土を運び、雨で土が流れないよう横木を入れて踏み固めるなど、全て手作業で行われている。重機を入れての土木工事ができないため、総延長350kmに及ぶ道を手作業で保全するのである。和歌山県は、CSR活動や研修の一環として参加するよう企業に呼び掛けるなど、積極的に取り組んでいる。
世界遺産としての価値を損なわないよう厳しく管理されている遺産が多い中、熊野古道は地域を巻き込んだ保全活動を行っている。地域の人々が関わる機会を増やすことにより、地域で愛され、守られ、次の世代に伝えていくことを重視しているのである。
熊野本宮大社旧社地「大斎原」の大鳥居(高さ約34m、幅約42m)
※本記事の画像は全て熊野本宮観光協会のご提供です。
熊野本宮語り部の会 会長